いつも通りの聖なる夜に がたり。窓が無遠慮に開き、肌を刺す冷たい風が部屋の中に雪崩れ込んだ。窓からの侵入者が顔を覗かせると部屋の中に積まれていたプレゼントの山も雪崩を起こして崩れていく。
「メリー……メリー、なんでしたっけ」
「メリークリスマスですよ。こんばんは、ミスラ」
「メリー、くりすます。賢者様」
真っ赤な衣服に身を包み、サンタになり切った--と本人が思っているだけの--ミスラは投げやりで舌足らずな挨拶を交わし、土足で晶の部屋に踏み入った。
嗚呼、と晶が嘆く。じとりと睨んで不満を露わにした。
ミスラは晶を見て、それから自分の足元を見て、それを何回か繰り返したのち、足に手を伸ばして靴を脱ぎ捨てた。それならばよしと晶は表情を緩めて、聖なる施しの魔法使いを歓迎した。
「ミスラもプレゼントをくれるんですか?」
「ええ、まあ。魔法舎中を配って回ってました。あなたで最後ですね」
最後というには相応しくないほど重そうな大きな袋が床に置かれる。それと同時にまたひとつ雪崩が起きた。
ドミノ倒しのように蠢くプレゼントの山をミスラは鬱陶しく見やった。
「こんなに貰ったんですか? 間違えて倉庫部屋に来てしまったのかと思いましたよ」
「あはは。ちょっと多過ぎですよね」
自分で言っておいて照れ臭くなる。晶がはにかむと、逆にミスラはつまらない顔をした。
「ふーん、よかったですね。全部魔法使いからですか?」
「いいえ、大臣とかお城の人とか。それに他国の諸侯の方々もわざわざ贈ってくださったみたいで……。開けるだけでクリスマスが終わってしまいそうです。確認したらアーサーに回収してもらおうかな」
「魔法で処分しておいて差し上げましょうか」
「それはちょっと……。本当にどうにもならなくなったらお願いします」
少し大仰すぎるがいくつになってもプレゼントというものは嬉しいもので、無碍にする気は起きない。お返しはできずともその気持ちくらいはちゃんと受け取っておきたい。そう思いつつも、さすがに手に余る数だろう。
晶の社交辞令のお願いに、ミスラはしっかりと頷いた。そして、ミスラは興味の失せたプレゼントを自らの脚で端に寄せて、ようやく白い袋を開いた。
とにかく、その袋がじゃらじゃらとうるさい。晶に嫌な予感が走る。
「じゃあ、はい。呪具とかお守りとか、有り合わせですが貴方に配ったら終わりなので全部あげます。もう要らないので」
晶の懸念などお構いなしに、いくつかの贈り物を無造作に取り出して床に並べていく。確かにそれは使い古されたいわくのありそうな品ばかりだった。
「ありがとうございます。どれどれ……」
プレゼントに手を伸ばそうとして、ふとミスラの手が止まらないことに気づく。晶が品物に目を通す前に、次々に床のスペースが埋められていくではないか。十、いや二十、止まることを知らないミスラの贈り物に晶は慌てて声を上げた。
「えっ、ちょっと、こんなに? いったいいくつあるんですか?」
「ええ? さあ、知りません。でもここに置いてあるプレゼントの数よりは多いですよ」
ミスラが周りを見渡して散乱したプレゼントを大雑把に数えていく。
困りますという晶の声も耳に入らず袋を漁り、やがて急に立ち上がった。
「いや少し足りないか……」
晶にとっては絶望のひと声だった。
「待っていてください。今追加のプレゼントを持ってきます」
「こ、困りますよ。もう充分です」
「全然充分じゃないですよ。俺が賢者様に一番プレゼントを贈った人として名乗りをあげなくては」
慌ててミスラを止めようとするが後の祭りだ。こうと決めた時のミスラは、とにかく面倒くさい。最後には賢者の言葉には耳を傾けてことなきを得るものの、そこに至るまでが途方もなく重労働なのだ。
特に、良い案だと思って何かをする時のミスラの行動力は凄まじい。そして大抵、それらは全く良い案などではないのだが、ミスラが気づくことはない。
窓に足をかけ、厄災の光のもとでミスラは挑発的に瞳を輝かせ、口元を吊り上げた。
「まったく、聞いてないですよ。あなたって結構わるい子じゃないですか。プレゼントなんて、よくて魔法舎の大人たちから貰うくらいだと思っていたのに、意外といい子だったんですね。俺の前では結構わるい子かなって思ったんですけど。まあいいです。では出直してきます。寝ないで待っていてくださいね」
開きっぱなしの窓からミスラの姿が消える。律儀に設定を守る割に、窓は閉めていかないんだと晶の思考は斜め上に飛んでいく。
残された大きな袋が支えを失って倒れ込み、腹の中身を次々に吐き出した。魔物の頭蓋、銀のナイフ、薬草に薬瓶。ゴロゴロと転がって、部屋中に散乱するプレゼントにぶつかってはまた転がって。
荒れに荒れた部屋に悲壮感が漂う。この魔法舎には聖夜であっても平穏など訪れない。
--ああ、サンタさん。どうか私に平穏をください。我儘は言わないので。
届くはずのない贈り物を夢見て、そんなにわるい子じゃなかったはずだけどなと、晶は乾いた笑いを溢すばかりだった。