Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    近衛 無花果

    非恋愛の男女CPと夢メインに
    基本はpixivに載せていない短めのものや書きかけのもの、進捗の報告などをメインに載せていきます
    pixiv→ https://www.pixiv.net/users/14664306

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    近衛 無花果

    ☆quiet follow

    お題:残り香 ミス晶♀
    世界にあなたの残り香を
    #まほ晶男女CPウィークリー

    #魔法使いの約束
    theWizardsPromise
    #まほやく
    mahayanaMahaparinirvanaSutra
    #ミスラ
    mithra
    #女賢者
    women

    この世界にあなたの残り香を ──賢者は役目を終えると世界から忘れ去られる。それでも、何も残らないわけではないのだ。
     ──私には一体何がのこせるだろうか。

      ◆

     晶がミスラを寝かしつけるという行為は毎夜行われるものではない。晶がひどく疲れていたり、ミスラが帰ってこなかったり、いつやると決まっているわけでもない。週に何度かミスラと晶のタイミングが良い時─もしくはミスラが我慢の限界に達した時─に突発的に行われる儀式のようなものだ。
     初めのうちは恥ずかしさもあって手を握って寝かしつけていたが、そう何日も夜遅くまで付き合っていては晶の身がもたず、ひと月もする頃には同じベッドで共に寝るようになった。
     そうなったあたりから、不思議なことに、他の魔法使いたちがミスラと晶が共に寝ていたことを敏感に感じ取るようになった。朝起こしにくるヒースクリフは別として、カインとハイタッチをする際には「今日もお疲れ様」と言われるし、フィガロなんかは「妬けちゃうな」なんて茶化してくる始末だ。
    「どうしてすぐにばれてしまうんでしょう?」
     これまた今朝晶を揶揄ってきたシャイロックに半ば愚痴のようにこぼすと、彼は悪戯に微笑んだ。
    「おや、もしや、お気づきでないのですか? 分かっていて尋ねていらっしゃるなら、意地悪な方、と何も知らぬ振りで嫉妬して差し上げますが」
    「まさか」
    「ふふ、でしょうね」
     晶の前に機嫌を取るように並べられた菓子を優しく撫でるように視線を動かして、やがてその視線は晶を這い、首元でぴたりと止まった。
    「香りです」
     誤魔化すことなく告げられた言葉に、晶は思わずすんと鼻を鳴らした。
    「二人で寝ているせいで汗臭い……と?」
     それは一大事だ。肩のあたりに鼻を寄せるが自分の匂いというものはわからないものだ。朝にシャワーでも浴びなければまずいのではと思った矢先、晶のへんてこな思考をシャイロックが食い止めた。
    「そうではなく、彼の香りがするんです」
    「ミスラの? 魔力の名残とかそういう『香り』ですか?」
    「いいえ。その言葉通りの香りです。彼が使っている香水でしょう。人工的で甘美な香りは目立ちますから」
     そう言われて、晶の鼻が今度は記憶の中の匂いを嗅いだ。馥郁とした彼の香が脳の片隅で弾けた。
    「……たしかにいい香りがしていたような気がします。あれ、香水だったんですね。気にしたことなかったな……。あまりそういうものに頓着しなさそうなのに意外ですね」
    「そうでしょうか。呪術を得意とする魔法使いであれば香りというものを重視することもあるでしょうし、ああ見えて格好には拘る人ですよ。とはいえ、痕跡を残すことを嫌う魔法使いもいますから一概には言えませんが。賢者様のおそば近くで眠るとなって然しもの北の魔法使いも気を遣ったのではありませんか?」
    「それこそまさかですよ。ミスラが気を遣うなんて無理な話で──」
    「何が無理なんですか?」
     わっと驚く間も無く、目の前に現れた強烈な気配に晶は目を見開いて僅かに身体を退けた。
    「何が無理なんですか? 俺にできないことなんてありませんけど。俺の悪口ですか?」
     晶が答えないとみて、もう一度ミスラが疑問を口にした。
    「噂をすれば、ですね。賢者様が無自覚にあなたの香りを振り撒いていたので教えて差し上げていたんです」
    「はあ、香り」
     一拍遅れて、ミスラの鼻がひくと動いた。犬が探し物をするように腕の辺りをひとつ嗅いで、それからゆっくり顔を顰めた。
    「もしかして臭かったですか? それならそうと早めに言ってくださいよ。そんなことであなたの気が逸れてしまったら上手く俺を寝かせられないでしょう。困ります」
    「いえ、いえ! そうではなく、その、意外だなって。でもすごくいい香りだと思います。心が和みますしリラックスできて……言われるまで気づかないくらい自然に受け入れていたくらいですから」
    「はあ、そうですか。ならどうでもいいです」
     当然といったふうに満足げに頷いて、ふいと視線を逸らした。結局気遣いなのか、それとも見栄なのか、はたまた偶然なのか分からず仕舞いだが聞くわけにもいくまい。そんな勇気は晶にはなかった。
     周りの魔法使いに共寝を気づかれなかったことが一度もないあたり偶然で片付く話でもない。かと言って、気遣いなんて、それこそ奇跡みたいなものだろう。
     晶は知らずのうちに何も変わらない素振りでいながらミスラとの関わりを漂わせて生活していたわけだ。
    「はあ、なんだか癪だなあ」
     そんな呟きに、シャイロックが消えそうな声でなぜと問うた。
    「だって私ばかりミスラに香りを移されて、皆から『昨夜もか』って気づかれてしまうんですよ。やめてほしいわけではないんです。でもなんか、悔しいかも……」
     滑稽というほど憐れではないが、些か間抜けではある。秘めた想いをしたためた文を、みなの前に貼り出されたような恥ずかしさ。原因となった彼の方はそれこそばれようがばれまいがお構いなく、呑気に平気そうに生活しているのもまた拍車をかける。
    「ふふ、可愛らしい悩み事ですね。それでは賢者様も何か香りを纏ってみてはいかがです?」
    「……私がですか?」
     恐る恐る返すとシャイロックは花のように笑った。そういったものには一等詳しいためかいつもより僅かに声が上調子だ。
    「ええ。そうすればミスラの残り香も薄れますし、逆にミスラに芳香を残すこともできますよ」
    「たしかに、いいですね。こちらの世界のコロンも気になりますし。魔法の世界の香りって、その言葉だけでわくわくしますね」
    「ええ。きっとお気に召しますよ。どうです、試しにヒースクリフにでも頼んでみては? 彼なら上等なものを用意できるでしょうし、何より控えめなあなたからの頼み事ならきっと喜びますよ」
     とろりととろけるように瞼が弧を描いて、楽しげな様子である。
    「香りを纏うのも、朝の身支度の一つです」
    「そうですね、じゃあ──」
    「……ヒースクリフって、あの東の魔法使いですよね?」
     ミスラが不機嫌そうに、シャイロックの言葉を捉えて晶に問いかけた。
    「あの人、どうにかならないんですか?」
    「ど、どうにかって?」
     突然線路から外れて横に逸れた話題に晶は目を白黒させた。じゃあヒースに話してみようかななんて、そんなことを言ってお洒落の話にでも花を咲かせようとしていたのに、ミスラの不機嫌な声は場の流れに急ブレーキをかけて予定を狂わせた。
    「起こしにくるのをやめさせてくださいよ。騒がしくて騒がしくて、目が覚めてしまいます。俺の方が先に賢者様を使っているというのに……」
    「仕方がないのではありませんか。賢者様には仕事がありますからいつまでも寝ているわけにはまいりませんし、なれないことも多いでしょう」
    「はあ、香りとかバレるとか、そんなことよりこっちを気にかけてほしいですよ。まったく。いいですね、眠れる人は呑気で」
    「すみません。でもヒースクリフには私からお願いしているところもありますし、実際彼に助けられているわけですから──」
    「で、香のことですが」
    「は、はい」
     ヒースに悪いからと弁明しようとして、その言葉をぶつりと遮られ、晶は驚いて緊張した面持ちで返事をした。気まぐれにもほどがある。会話があっちこっちに散らかるって、思いついたことを話していくせいで先が読めない。
    「他人に頼むくらいなら俺を頼ればいいじゃないですか。言ったでしょう、俺に無理なことなんてないと」
     はあと、今度は晶が曖昧な返事を返す番だった。
     ミスラの手によって目の前の菓子が消える。シャイロックがあついため息をつく間に、代わりに液体の入った大瓶が現れて晶の前に鎮座した。その液体は何色ともとれるような不思議な色合いで、ひどく目を惹くものだった。
    「これ、あなたにあげますよ。俺が使っているものです」
     まあ、あなたと寝るときだけでしたが今日からは毎日使いますよ、そう言いながらミスラはぴんと爪で瓶を弾いた。微かな振動がガラスを震わせ、空を伝い、晶の心に届く。
    「俺の香りでバレるんでしょう? それならいつも俺の匂いがするようにしたらいいんじゃないですか」
     当然の摂理を話すように、この世の理を説くように、ミスラの言葉には迷いがない。晶の心臓がどくりと強く波打った。
     誰も気づかないうちに、ミスラの匂いが晶に移って、晶の匂いがミスラに移る。彼の提案は純粋で曇りがないというのに、くらくらと毒のように晶を誘う。
     ミスラに視線を奪われて身動きが取れなくなる。視界の端で、シャイロックが顔を逸らすものだから、余計にいけないことをしている気分になる。
     ──それに
     ミスラが黙って深く考え込んで、言葉を探して目線をうろつかせて、どう伝えようかと苛立たしげに頭を掻いた。
    「あなたがいつか異界に帰って、誰もがあなたを忘れてしまったとしても、俺に会えば皆あなたを思い出すでしょう?」
     闘いのさなかに忘れてしまった誰かを思い出し、お茶を囲んでは芳しい誰かを夢に見る。名前も姿形も声も、全てを忘れても。
     ──言葉や思想と同じように、この世界にあなたの残り香を。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💯❤❤💖💖💖💖💖🙏💖💖💖🌋💖☺💖💖💖💖😭🙏❤❤❤😭💖💖💖😭❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works