第五話
空中を飛び交う選手達の魔法が激しくぶつかり合う。炎の渦は水の壁に阻まれ、砂を巻き上げた竜巻は同じく吹きすさぶ風によって相殺される。目の前では互いに一歩も譲らない、互角とも言える試合が繰り広げられていた。
レオナはそれを国賓席から観戦する。視線は自然と一人の選手を追っていく。狼の耳と尻尾を持った選手が火の玉を潜り抜け味方チームにパスを出していた。
レオナの兄であり、夕焼けの草原の国王ファレナは、そんなレオナにこっそり耳打ちする。
「どうだ?やはり生で見る試合は面白いだろう?」
「……」
空を舞うディスクが敵チームの手に渡る。狼はすかさず後を追いかけ、得意の風魔法で進行の妨害にかかった。
「今日はあれだけ誘っても絶対に観に来なかったお前が来るって言うものだから驚いたよ」
「……たまにはいいだろう」
ディスクが再び夕焼けの草原チームの手に戻る。手にしたのはジャックだ。
試合は時が経つにつれて激しさを増していく。観客席にも砂が混じったハリケーンが押し寄せるが、張り巡らされていた防衛魔法によってかき消された。
久方ぶりに観るマジフトの試合。レオナはそれに感動よりも先に懐かしさの方を覚えていた。
ファレナが言うように、レオナは一度としてマジフトの大会を直接観戦しにくることはしていなかった。けれど決してマジフト自体を観ていなかったのではない。いつもテレビ中継やネットの記事、時にはラギーとの会話の中でその情報は追っていた。
ジャックが空を自在に飛び回り、相手チームを翻弄する。まさかその試合を直接自分の目で見る日が来ようとは、レオナは服の中に忍ばせていた瓶をこっそりと握りしめる。これも全てジャックとの約束のためだ。
目を伏せ、あの夜のことを思い出していたレオナの耳に、突如会場から沸き上がった悲鳴が届いた。歓声とはまた違う声色に嫌な予感がする。
視線を空へ戻すと、そこにあったのは運悪く相手チームの魔法を正面から受けてしまったジャックが、箒から投げ出された瞬間だった。慌てて味方チームが追いかけ手を伸ばすが、二人の指先はかすかに触れただけですぐに離れてしまう。
「ジャック!!」
レオナは思わず立ち上がり、ジャックの名前を叫んだ。
空中に投げ出された体は、そのまま重力に従い地面へと落ちていく。レオナにはその光景がまるでスローモーションのように、ゆっくりと見えていた。
落ちていくジャックに、会場の悲鳴はよりいっそう強くなる。
結局味方チームの助けは間に合わず、ジャックは落下の衝撃で地面を転がり続け、砂ぼこりを巻き上げていった。会場中の全ての視線がジャックに向けられる。
しばらくジャックが転がった後を漂っていた砂ぼこりがはれた時、ようやくレオナはジャックの姿を視界に収めることができた。
ここからは明らかにおかしいと思えるような怪我は見えなかったが、ジャックは倒れたまま立ち上がらない。すぐさま審判が駆け寄り、担架を持ってくるように指示を飛ばし始めた。
その光景を上から見下ろしていたレオナは、突然息が苦しくなるのを感じ、その場から走り出した。後ろからファレナの驚いた声が聞こえてきたが、止まるどころか振り返ることすらできなかった。
階段を駆け下りて、ジャックが運び込まれた選手達の入場口に急ぐ。途中で会場のスタッフに止められそうになるが、急いで関係者用のパスを見せ、足を先へ先へと進めていった。
そして観客からは見ることのできない入場口のすぐ側、そこで担架に乗せられたジャックを発見する。側には数人のスタッフとスポーツトレーナーの姿があった。
「ジャックの容体は!?」
「あなたは……」
「今はそんなことどうでもいいだろう!容体はどうなのかを聞いているんだ!」
ぐったりと力なく倒れているジャックを目の前に、語気が強くなるのを止められない。トレーナーは眉間に皺を寄せ、苦し気に口を開く。
「正直なところ詳しくは分かりません。こちらの呼びかけにも反応がなく、すぐに医者に見せなければ最悪手遅れになる可能性もあります……」
「医者……」
一刻も早く容体を確認しなければ。ここにいたところで結果は悪いようにしか進まない。
レオナは一瞬だけ考えを巡らせ、すぐにトレーナーの腕を掴み、口を開いた。
「こいつは王宮に連れていく」
「は?」
展開についていけていないスタッフたちを置いて、レオナは自分の携帯を取り出して電話をし始めた。
「至急見てもらいたい奴がいる。夕焼けの草原チームのジャック・ハウルだ。どうやら頭を強く打ったようで意識がない。……あぁ。分かった。すまないが頼む」
必要な要件だけを手短に済ませ、レオナは携帯を閉じ、再びスタッフに向き直る。
「こいつを会場の外へ。面倒は俺が見るから、お前らは会場の混乱を抑えろ。お前は監督にジャックの面倒はレオナ・キングスカラーが見ると伝えてくれ」
「は、はいっ」
レオナの名前を聞き、ようやくレオナが誰であるかを認識したスタッフは慌ててそれぞれの持ち場に戻っていく。残るは担架を運ぶための最小限の人員と、未だ意識を取り戻す様子が見られないジャックだけだ。
「ジャック……」
精悍な横顔が砂で汚れている。レオナは慎重に運ばれていくジャックの側に寄り添い、会場の外に向かって歩き出した。早く、早く来てくれ。レオナは一刻も早く、医療チームが到着することを願った。