誘導尋問 いつものようにシャディクの部屋で一緒に宿題をしていると、
「ね、ミオリネ。水星ちゃんから聞いたけど、エランのこと『カッコいい』って言ったんだってね」
まるで明日の天気を訊ねるときのようなあっさりした口ぶりでシャディクが言った。
「は?」
(エランを? カッコいいって言った? わたしが?)
これっぽっちも心当たりがない。計算していた手を止めて、わたしは答える。
「言ってないわよ、そんなこと」
「おや、おかしいな」
シャープペンシルをくるりと回して、シャディクは意味ありげに目を細めた。
「先週、水星ちゃんと一緒にエランの練習試合を見にいったんだろ」
「ええ」
わたしは頷く。
確かに先週、ひとりで行くのは恥ずかしいから……とスレッタにお願いされて、あの子に連れられてテニス部の練習試合を見にいったけど――
「でも、試合を見ながらカッコいいってきゃーきゃーはしゃいでいたのは、わたしじゃなくてスレッタよ」
うん、それも知ってるよ、と、シャディクが言葉を継ぐ。
今日の放課後、シャディクが二年の教室までわたしを迎えにきてくれたとき、わたしは委員会の集まりがあったため、その場にいなかった。教室でわたしを待っているあいだシャディクはスレッタと世間話をしていた。その中で例の試合観戦の話題が出たらしい。
「水星ちゃん、『火の玉みたいなサービスエースを決めたエランさんがすごくカッコよくて、見とれちゃいました』って話していたな。観戦中に水星ちゃんが『エランさん、カッコいいです!』って言ったら、ミオリネも同意していた、とも聞いたよ」
「っ!」
頭の中で、あのときのスレッタとのやりとりが鮮やかによみがえった。
(え、うそ、あのとき惰性で言った『そうねー』がそういうことになっちゃったの?)
誤解もいいところだ。わたしはぶんぶんかぶりを振った。
「ち、違うわ! あれはそういうんじゃなくて、わたしがカッコいいって思ってるのは……」
あんたよ、と言いかけて、ハッとする。ほんの一瞬だけれど、シャディクの口もとがふっと弛んだのを、わたしは見逃さなかった。シャディクの腹のうちが読めて、わたしは咄嗟に口をつぐむ。
(わたしに『カッコいい』っ言わせたくて、わざとやってるんだ!)
耳の後ろがかあっと熱くなる。
「思ってるのは?」
わたしがシャディクの思惑に気づいたことも、わたしがスレッタの言葉に惰性で答えたことも、わたしが『誰を』カッコいいと思っているかということも、シャディクはとっくに見透かしているのだろう。にもかかわらず、途切れてしまった言葉の続きを促すような、いかにもそれ以上の他意はありませんって口調が腹立たしい。めちゃくちゃ腹立たしいのにめちゃくちゃ可愛くて、指先でやわらかいところをつねられたみたいに胸が痛くなる。
わたしはきゅっと唇を噛みしめて、シャディクを睨めつけた。
「……あんた、分かって聞いてるでしょ」
シャディクがにこっと笑う。
「分からないな。分からないからミオリネの口から直接聞きたいな」
「ばか……」
「ふふっ。ばかな俺にも分かるように、聞かせてくれるかい?」
わたしがどう言うかなんてお見通しなくせして甘えん坊の大型犬みたいな眼差しを向けてくるのだから、あざといったらない。
(――だめ。そんな顔でお願いされたら、断れないじゃない)
「仕方ないわね。一度しか言わないから聞き逃すんじゃないわよ」
「うん」
「その前に――ね、ひとつ訊いてもいい?」
「なんだい?」
「スレッタからわたしが同意したって聞いて、どう思った?」
二、三度まばたきを重ねてから、シャディクはちょっぴり照れくさそうな笑みを浮かべて言った。
「妬けたよ」
心の的を射抜かれて、胸の奥のやわらかいところが甘く痛む。何だか泣いちゃいそうになる。
(シャディクが好き……、大好き……)
強く想う。
クッションの上で姿勢を正して、深く息を吸う。真正面に座るシャディクを見据えて、わたしはゆっくり口を開いた。
「わたしがカッコいいって思ってるのは――」