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    fuyuge222

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    fuyuge222

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    絶対晶♀至上主義4展示作品です。

    ハッピーエンドなら何でもゆるせる方、地雷のない方向けです。

    恋人の態度に耐えかねてオズの城を飛び出した晶と、追いかけるオズのはなし。
    めちゃめちゃ付き合ってるし、すべてが終わったあと一緒に暮らしているふたり。

    ちょっと長めなので、お時間ある時にどうぞ

    ##オズ晶♀
    ##展示作品

    運命を手繰り寄せて「もう……もう……! 私、実家に帰らせていただきます!!」
     オズに詰め寄っていた女は、痺れを切らしたようにそう言った。ばたん、と戸を閉める音を響かせて部屋を出ていく。
     オズはその後ろ姿を目と魔力で追って、しかし何か言葉を発することはなく、やがて暖炉へと視線を移した。気難しげに眉間に皺を寄せて、黙したまま息を吐く。
     ……この話題がふたりの間に持ち出されるのは、今回が初めてではなかった。ともすれば、この城に彼女を招き、共に暮らし始めた当初から、似たような問いを投げられることが幾度かあった。
     それが何故いまさら、彼女をこうも怒らせてしまったのか。原因となる己の行動をオズは自覚していたが、さりとて彼女に説明できるだけの言葉も持ち合わせていなければ、踏ん切りだってついていなかった。今回は、事が事なのだ。
     早急に、手を打たなければならない。そう思いつつもオズの重い腰は、彼女が出ていった部屋の椅子から動くことがなかった。オズの態度に腹を立てながらも、オズの「言いつけ」通り自室へと戻った彼女の気配を、オズは感知していたために。
     ……彼女は部屋を出ていく間際、「実家に帰る」などと言っていたが、それが不可能なことはオズも彼女も理解していた。この世界に彼女の生家はなく、そもあったとしても、彼女がこの城から出ることがまず不可能だ。外からも内からも超えることかなわぬように、城を覆う吹雪の結界はますますの強まりを見せている。人間はおろか、魔法使いであっても破ることはできまい。……有り体に言えば、オズは慢心していたのだ。
     オズは無言のまま、指を振った。本棚の奥に隠されていた、一冊の専門書がオズの手の中に落ちてくる。魔法書でも育児書でもないそれは、先日わざわざ東の国まで出向いて手に入れた最新のものだ。硬い表紙に指をかけて、本を開く。
     ……薪が弾ける音に、紙がこすれる音が重なったまさにその時。感知していたはずの彼女の気配が、一瞬にして城の中からかき消えた。
    「……は?」
     思わず本を放り捨て立ち上がる。がたん、椅子と床がこすれて音を立てた。そのような些事には気も留めず、オズは瞬時に魔法を使って彼女の自室の前へと転移した。
    「晶」
     性急に扉を叩いて、室内にいるはずの彼女に声を投げる。……一秒、二秒、返事はない。オズは躊躇なくドアノブに手をかけた。がちゃんと耳障りな音を立てる内鍵を魔法で外して、中に押し入る。
     ……魔法によって適温に保たれた空気。締め切られたカーテン。少し皺のよったベッドシーツ。彼女の私物が置かれたままのテーブル。室内に残るそれだけのものを認識してなお、オズは肝心の晶の姿を見つけることができなかった。
     唖然とその場に立ち尽くすオズの脳裏に、先ほど晶が言い捨てた言葉が蘇る。
     ――実家に帰らせていただきます!!
     ……オズが真に受けなかった言葉。それが一気に真実味を帯びて重くなる。
     まさか本当に「帰った」とでも言うのか。オズは動揺をあらわに、部屋に残る彼女の痕跡に意識を滑らせた。じわり。テーブルから微かに異質な気配がする。晶が連れている双子の使い魔、その魔力の残滓に紛れる魔法の気配。心底愉快そうに笑う、師匠筋の顔が浮かぶ。オズは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
    「双子の差し金か……!」

     ◆ ◆

     こんにちは。元賢者の真木晶です。
     一緒に暮らしている恋人と喧嘩……っぽいことをしてしまって、家出を試みています。スノウとホワイトがもしもの時にって持たせてくれていたお守りを使ったら、びっくり。魔法で飛ばされた先は魔法舎でも双子の元でもなく、まさかの戦場で――!?
    「あなた、さっきから何ぶつぶつ言ってるんですか。舌噛んで死にたいんですか?」
    「すみません死にたくないです! ところでこれどういう状況でしょうか!?」
     目の前が見えないほど真っ白に、ごうごうと荒ぶ吹雪。不意に飛び出してくる銃弾と氷の剣。それからケルベロスのものと思わしき咆哮。その中で泰然と宙に佇む赤毛の魔法使いにしがみついて、晶は必死に声を上げた。
    「こっちが聞きたいですよ。双子の気配がしたと思ったらあなたが降ってきたんですから」
    「あ、それはご迷惑を……じゃなくて! あれブラッドリーとオーエンですよね!? 何で戦ってるんですか!?」
    「はあ。暇だったので。退屈しのぎに相手をさせています」
     魔法使い――ミスラは気だるげに晶を抱えたまま、四方から飛んでくる攻撃をいなしている。まさに北の魔法使いというような発言に、晶は久方ぶりの目眩を覚えた。〈大いなる厄災〉の脅威がなくなり、世界がどれだけ平和になろうとも、北の魔法使いはいつも通りらしい。
    「《アルシム》」
     ミスラが魔道具を構える。髑髏がぎゅるぎゅると光を撒くと同時に巨大な氷柱がミスラを中心に複数生み出され、一斉に掃射された。一拍遅れて響く破壊音に、晶の肝がきゅうっと冷える。
    「み、ミスラ! いったん休戦してもらえませんか! このままだと私ほんとに死んじゃいます!」
    「はあ? あなた、俺があの二人に遅れを取ると思ってるんですか?」
    「いやそういうわけじゃなくて、流れ弾とかあと箒酔いとか……! あ、ブラッドリー!! 私です! 晶です!」
    「あん? ……賢者ぁ!?」
     吹雪の合間にちらと見えた人影に、声を張り上げ大きく腕を振る。すると雪と氷の向こうから、懐かしい呼び名が驚愕の色を乗せて返ってきた。声が届いたと、晶は小さくガッツポーズを決める。
     銃声が止むと同時に、箒に乗ったブラッドリーが吹雪をものともせずに飛んできた。魔道具である長銃を肩に担いで立つその姿に、変わらぬ心強さと安心感が晶の胸に広がる。
     お久しぶりです――呑気に挨拶しようと口を開いた晶の頭上に影が落ちた。
    「《クーレ・メミニ》」
     呪文。獣の咆哮。それから箒の急転回。ぐいんと晶の視界が回る。衝撃で吹き上がった積雪と氷の粒がぱちぱちと頬を叩く。
    「……ちっ。全員やれると思ったのに」
     反射的に瞑っていた瞼を恐る恐る持ち上げる。ぐらぐらといまだ揺れる感覚の残る目をぐっと凝らすと、先ほどまで晶たちがいた場所の真下にケルベロスが突き刺さっているのが見えた。その頭上で、白いコートの魔法使いがつまらなさそうに吐き捨てる。
    「オーエン!」
    「やあ、『元』賢者様。元気そうでよかったね」
    「いや今まさにオーエンによって危ない目にあったわけなんですが……」
     オーエンは魔道具であるトランクにケルベロスを吸い込みながら、晶を一瞥した。『元』を強調した呼び方と白々しい言葉に、晶はつい苦笑いを浮かべる。
    「オーエンてめえ、俺と組んでたはずだろうが! 構わず巻き込みやがって!」
    「そうですよ。この人死んだらどうするんですか。まあ俺は強いので関係ありませんけど」
     オーエンを中心にそれぞれ距離を取っていたブラッドリーとミスラが文句を言いながら元の場所へと戻る。ミスラはこれみよがしに、抱えた晶を視線で示した。振り落とされないようにミスラにしがみつく晶を見て、ブラッドリーがげ、と顔をしかめる。
    「てめえはてめえで賢者をぶん回しすぎだ! あーあー、目え回しちまってるじゃねえか。……おら、大丈夫か」
    「ふふ、真っ青で死人みたいな顔。ねえ、ミスラとの空中ダンスはどうだった? 僕に教えてよ」
     かたや心配、かたや愉悦をにじませて二人の魔法使いが晶の顔を覗き込む。ブラッドリーが、ぺちぺちと晶の頬を軽く叩いた。
    「すみません……箒に乗せてもらうの久々だったので酔っちゃったみたいで……」
    「俺が抱えてやってるっていうのに、我儘なひとだな……」
     口元を押さえたまま答えた晶に、ミスラが不満げに言葉を漏らす。それを聞いて晶は、はは、と小さく笑い声を零した。
     大事はなさそうだと判断したブラッドリーは、晶から視線を外し空を見上げた。風に揉まれる前髪をかきあげ、うんざりしたような表情で天を睨む。
    「つーか、さっきから鬱陶しい吹雪だな……話すにしても、もうちっとマシな場所に移動しようぜ。ミスラ、扉出してくれ」
    「同感。喋る度に口の中に雪が入ってきて気持ち悪い。甘くもないし」
    「はあ? もしかして、俺に命令してます? 殺しますよ」
     せっかく凪いでいた三人の空気に小さな亀裂が走る。晶は慌てて、ミスラの肩を叩いた。
    「み、ミスラ……私からもお願いします」
    「……はあ。《アルシム》」
     ばしゅん、と音を立ててミスラの隣に扉が出現する。ミスラが得意とする、空間移動の魔法だ。晶を抱えたミスラを筆頭に、ブラッドリーとオーエンも続いて扉の向こうへと乗り込む。
    「おー、ちったあマシだな」
    「どこかと思ったら夢の森? カフェとかがよかった」
    「うるさい人たちですね」
     七色に瞬く石と獣道に残る雪。幻想的な夢の森はその木々のおかげか、確かに先ほどまでの場所と比べて吹雪の影響が少ないようだった。ミスラの腕から降りて、晶も地面に足をつける。
    「賢者は……大丈夫みてえだな。じじいどもの守護がかかってる」
     隆起した木の根にどかっと腰掛けながら、ブラッドリーが言う。
    「ところで、何で賢者様がここにいるわけ?」
     少し距離を取ったオーエンが、ふわりと浮かんで木の枝に腰を下ろす。
    「何か、双子の気配がしたと思ったら落ちてきたんですよね。あなた、何したんです?」
     ミスラはというと、服が汚れるのも構わずその場に座ると、手頃な木にもたれかかった。
    「ええっと、私もいまいち何が起きたかわかっていなくて……オズのお城で、スノウとホワイトが持たせてくれていたお守りを使ったらミスラのところに飛ばされていた感じです」
     三人の独特な距離感を見ながら、晶はひとまずミスラの隣の木の根に座ってそう話した。
     要領を得ない晶の言葉に、ブラッドリーはがりがりと乱雑に頭をかく。
    「双子の道具を使って、あいつらのところじゃなくてミスラのところに飛ばされるってのがわかんねえな。おいミスラ、何かじじいどもから聞いてるんじゃねえのか?」
    「そんな面倒くさいこと俺が……いや、何かあった気がするな……」
     ブラッドリーからの問いかけにミスラは関心なさげに否定しようとして、ふと考え込むそぶりを見せた。自然と、三人の視線がミスラに集まる。
     数秒の後、顔を上げたミスラが、ああ、と手を叩いた。
    「……そういえば、そういう道具を作ったと双子に言われた記憶があります。賢者様がオズに愛想を尽かした時に使われるとかなんとか」
    「へ!?」
     聞き捨てならない言葉が含まれていて、晶は思わず飛び上がった。誰が、誰に、何だって?
     そんな晶のことはお構いなしに、ミスラはつらつらと思い出したままの内容を続ける。
    「賢者様が逃げてくるから逃してやれ、とか何かそんなことを。それを使って賢者様がここにいるってことは……あの人、愛想尽かされたんですか? はは、情けない人ですね」
    「いや、いや、え!?」
    「へえ。見かけによらずやるね、誠実な賢者様。あの魔王様を裏切るなんて、命がいくらあっても足りないんじゃない?」
    「いや!! いやいやいや!! 裏切ったとか、愛想尽かしたとか、そんなことでは!!」
    「うるせえ、急にデカい声だすな。落ち着け」
     急速に進む誤解に顔を青くし、全力で否定する晶をブラッドリーがぴしゃりと鎮める。
     それでも晶の動揺はうまく収まらず、晶はひとり胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。
     その間に、三人の話は進む。
    「けどそれなら納得だ。逃がすのが目的なら、双子の元に飛ばしたんじゃ意味がねえ。魔法の痕跡で、すぐ追いつかれちまうだろうからな」
    「だからって、よりにもよってこんなケダモノのところに飛ばす? 逃げる途中で死んだら元も子もないでしょ」
    「肝はミスラじゃねえ。ミスラの空間魔法だ。どこにでも繋がるから、どこに行ったか絞り込みづらい。そうやって時間を稼ぐ算段なんだろうよ」
    「褒めてます? 馬鹿にしてます?」
    「あーあー、褒めてる褒めてる」
     ひらひらと手を振ってブラッドリーがミスラをあしらう。雑な対応だがミスラは納得したらしく、ならいいです、とだけ言って浮かせかけていた腰をおろした。
     一連のやり取りを見下ろしていたオーエンが呆れたように舌を出す。それから、晶を一瞥した。
    「魔王様も可哀想にね。べたべたにマーキングしていた獲物に逃げられた挙げ句、他の魔法使いに上書きされてるんだから」
    「えっ、何ですかそれ。どういうことですか」
     平静を取り戻し、少しばかり余裕ができていた晶にまたしても矢が飛んでくる。ばっとオーエンを見上げるも、彼は言葉とは裏腹の、にこりと意地の悪い笑みを浮かべるばかりだ。
     晶は助けを求めるように、オーエンからブラッドリーへと視線を移した。請われたブラッドリーは面倒くさそうに口を開く。
    「オズがてめえにかけてる守護から追跡できねえように、双子が上から被せてるんだよ。結構ガチのやつだぞ」
    「そうなんですか!?」
     おかげでじじい臭くて堪らねえよ、とブラッドリーは吐き捨てた。まじまじと己の両手を見る晶の隣で、ミスラが不可解げに首をひねる。
    「確かに双子の気配の下からうっすらオズの気配がしますが……なんか、オズにしては弱っちいのが混ざってません? また腑抜けてるんですかね、あの人」
    「てめえ前もそんなこと言ってフィガロに返り討ちにされてたじゃねえか」
    「最悪。巻き込まれてひどい目にあったこと思い出した」
    「い、いつの間にそんなことに……」
     さりげなく混ぜられる新情報に慄く。頼むから魔法舎で暮らしていた頃のことであってほしい。南の国で元賢者の魔法使いたちがドンパチとか、平和な世界にはちょっと刺激が強すぎる気がするので。
     今さらすぎる祈りを捧げる晶を、ブラッドリーがじいっと見つめる。見えないものを見ようとするように目を凝らして、不意にぴくりと眉を跳ねさせた。
    「ああ? あー……賢者、いや晶。おまえ……」
    「? どうしましたか?」
    「……あー、いや、やっぱいいわ」
     彼にしては珍しく歯切れの悪い態度に、晶が首をかしげる。ここぞとばかりに、残りの二人も野次を飛ばした。
    「何だよ、はっきりしろよ気持ち悪い」
    「やっぱりオズ弱ってません? 趣味の悪いオーエンはともかく、ブラッドリーならわかりますよね?」
    「は? 関係ないし、趣味が悪いのはおまえの方だろ」
    「ぜんぜん違う。てめえらには一生縁のないことだから安心してろ」
     そう言ってブラッドリーが腰を上げる。ざくざくと雪を踏む音を立てて歩いてくると、晶の目の前にしゃがみこんだ。
    「おい晶。体調はどうだ」
    「へ? あ、おかげさまで箒酔いもだいぶ落ち着いてきました」
    「そうかよ。まあ念のためこれ食っとけ。《アドノポテンスム》」
     ブラッドリーが小さく呪文を唱える。とっさに差し出した晶の手のひらに、ころんと薄紫色の欠片が落ちてきた。
    「わあ、ブラッドリーのシュガーだ! いいんですか?」
    「食っとけ食っとけ。守護があるっつっても北はさみいからな。……ミスラ! こいつを南に……ミスラ?」
     隣に顔を向けたブラッドリーが訝しげに瞬く。シュガーを口に含んだ晶がそちらを向けば、神妙な顔をしたミスラがじっと晶を見ていた。
     黙り込んでいるミスラを心配して、晶が声をかけようと口を開く。ミスラ、と名を呼ぼうとしたものの、ぐわっと伸びてきた腕に頭を掴まれたことでそれは驚嘆の声に変わった。
    「ちょっ!? ミスラ!? なんですか!?」
    「……オズが腑抜けてると思ったらムラっとしてきました。双子の術式を壊せば、あの人ここに来ますよね?」
     そう言って、ミスラは晶の頭を掴む手に力を込めた。ミスラの気まぐれに面食らったブラッドリーがぎょっとして立ち上がる。
    「は!? おい馬鹿なに考えてやがる、やめろ!」
    「《アルシム》」
     ブラッドリーの制止も虚しく、ミスラが呪文を唱える。ばきん、と器が割れるような音が晶の耳にも届いた。
     押さえつけられていたものが一気に広がる気配に、木の上にいたオーエンが顔をしかめる。オーエンはそのまま木を蹴って、すたんと地面に降り立った。
    「オズくさ……これのどこが弱ってるっていうんだよ」
    「だから言ったじゃねえか! おいミスラ! オズが来る前に、晶をフィガロんとこに飛ばしとけ!」
     遠くの空が光る。数秒遅れて、遠雷が渦巻く雲を揺らした。
     猶予がないことを悟ったブラッドリーが声を上げる。名指しされたミスラは、晶の手首を掴むと無造作に立ち上がった。手を引かれるまま、晶もその場に立つ。
    「はあ、わかってますよ。……その前に賢者様」
    「は、はい! え、これってもしかしてやばい感じですか?」
    「別に。双子の膜を壊したので、オズがここを捕捉したってだけです。……それより、ちょっと貰いますね」
     ミスラはそう言うやいなや、晶の顔へと手を伸ばした。……しゃきん。呆気にとられたままの晶の耳元で、音とともに何かが落ちる気配がする。
    「《アルシム》」
     間髪入れず唱えられた呪文によって、栗色のそれが受け止められる。それから、どこからか喚び出された紐がひとりでに踊って端を束ねた。ひとまとまりになった細い束は、先ほどまで晶の身体の一部だったものである。
    「髪!? なんで!?」
    「宣戦布告です。オズに見せます」
    「馬鹿野郎!!!」
     投げやりにブラッドリーが叫ぶ。と、同時に上から叩きつけるような冷気が森全体を襲った。木々をなぎ倒すような吹雪が、一気に満ちる。
    「《アルシム》」
     ミスラが再び呪文を唱えると同時に、晶の足元に扉が出現した。ぎい、と音を立てて空間が繋がり、足場をなくした晶は吸い込まれるように扉の向こうへと落ちる。
    「う、うわあああああ!?」
     晶の悲鳴に呼応するように、森を包む吹雪が勢いを増す。けれど扉はすぐにぱたんと閉じて、悲鳴と吹雪は呆気なく分かたれた。

     ◆ ◆

     ――時は少し遡って氷の街。
    「おや」
    「これは」
     本日何度目かのお茶会を楽しんでいた双子の魔法使いは、遠く北の地で自分たちの魔法が発動したことを感じ取った。
    「存外、早かったの」
    「いや、まだわからんぞ。気負わず使えと言ったのは我らじゃ」
     己たちが魔法をかけた道具は数あれど、託した使い魔と共鳴して発動するものはただ一つ。弟子の恋人となった友人に渡した「お守り」のみである。
    「確かに? でもあの賢者ちゃんが一人になりたいって相当じゃない?」
    「確かに。一体何をやらかしたんじゃろうな、我らのお弟子ちゃんは」
     テーブルの上、可愛らしく盛り付けられたクッキーをつまみながらスノウが言う。なみなみと紅茶で満たされたカップを優雅に引き寄せて、ホワイトが相槌を打った。
     瞬間。街を覆っていた結界が軋む気配が二人の間を駆けた。びゅう、と急に勢いづいた風が屋敷の窓を叩く。
    「《ノスコムニア》」
     詠唱が重なる。双子は特に驚いた様子もなく、街を覆うように守護の結界を張った。
    「来たの」
    「純粋なのはオズちゃんのいいとこだけど、こうも単純だとちょっと心配~」
     テーブルに風よけの魔法をかける。同時に、吹雪が部屋を襲った。巻き立つ風の中心に、人影が現れる。
     双子は焦りのひとつも浮かべず、穏やかに声をかけた。
    「オズよ、よく来たな。ノックをせんのは感心せんが」
    「久しぶりじゃな、オズ。玄関から入るよう教えたはずじゃが」
    「晶をどこへやった」
     気安い呼びかけに、冷えた声が突き刺さる。おや、と双子は顔を見合わせた。
    「何じゃ、余裕のない。そんなにあの子が心配か?」
    「春先の母熊かと思うたわ。そういうところが、あの子に愛想尽かされる原因ではないか?」
    「二度言わせるな。晶をどこへやった」
     かん、と苛立たしげにオズが杖で床を叩いた。故意か無意識か、杖の先を中心に床が凍りついていく。困ったものだと、双子は揃って息を吐いた。
    「やれやれ。そう唸らずとも、あの子は無事じゃ。我らが保証しよう」
    「一人になりたい時間が、あの子にもあるじゃろうて。少しくらい羽根を伸ばさせてやったらどうじゃ?」
    「黙れ、おまえたちに何がわかる。今はそれどころでは……」
     そこまで言って、オズは不自然に口を噤んだ。居心地が悪そうに、双子から目をそらす。まるで、秘密を漏らしかけたかのような態度を、もちろん双子は見逃さなかった。
    「む? オズよ、そなた何か隠しておるな?」
    「もしかして、それが原因? 晶ちゃんにも話してない系?」
    「………………」
     無言は肯定。図星を刺されると黙り込むのは昔からの癖だ。
     他者との対話を必要としてこなかったからだろうか、妙なところが素直なのだ。都合が悪くなればなるほど言葉が増えるもう一人の弟子とは真逆である。
     双子は揃って、にまあと口角を持ち上げた。
    「ちょっとちょっと! それなら早く相談しなって~!」
    「大丈夫大丈夫! 今なら我らの他に誰も聞いてないから!」
     双子はぴょんと椅子から飛び降りて、満面の笑みでオズの元へ駆け寄ってきた。黙ったままの背中をばしばしと叩いて、好き勝手に仮説を振りまく。
    「昔のヤンチャがバレそうとか? でも晶ちゃんはもう大抵のこと知っちゃってるでしょ~」
    「いやスノウよ、ここはやはり恋バナ的なやつでは!? ほれ、五百年くらい前に生娘ばっか貢がれてた時あったじゃろ!」
    「え、それ今もわりとあるくない? つまり、修羅場!? 浮気を疑われちゃった感じ!?」
    「きゃ~!! ちょっと、オズちゃん! そういうのはちゃんとその場で否定しとかないと!!」
    「……違う」
     きゃいきゃい騒ぎ始めた双子に、オズが短く否定する。幾分覇気の薄まった声色は、すっかり気圧され疲れ切った気配を滲ませていた。
    「え~! 違うの~!?」
    「じゃあじゃあ何が原因~?」
    「我らがアドバイスしてあげるから話してみな~?」
    「……うるさい。おまえたちにだけは話さない」
    「ええ~!?」
     双子が非難の声を重ねる。「ショック~!」「ケチんぼ~!」などと、足元で好き勝手に言われるが、オズはもう言葉を発するのも億劫なほど辟易としていた。
     晶の部屋に残っていた気配が彼らのものだったとはいえ、何の策もなしに来たのは失敗だったかと軽く悔いる。……双子がこのような有様なので、晶の行方もそれほど深刻ではなかろうことがわかるが、かといって放置していいわけはない。ここに来た当初の目的を思い出して、オズは双子を睨みつけた。……読みかけの本の記述がいくつかオズの頭を過ぎる。
    「……それで。晶はどこに――」
     言い終わる前に、ばちんとオズの魔力が粟立った。今の今まで、晶が行方をくらませてから感知できなくなっていた守護の気配が蘇ったのだ。
     反射的に、オズは振り返った。いま彼女がどこにいるか冷静に見極めようとして、すぐさまその平静は崩される。
     ……何が無事だ。よりにもよって、毒をまき散らす森。その深部ではないか。
    「おや、気づいてしもうたか」
    「やっぱりミスラちゃんじゃない方がよかったかも」
     もはや双子の言葉も耳には届かない。オズは呪文を唱えた。ぐにゃりと空間がひずんで、目的地までの距離を詰める。
     ……一瞬の後、国を丸呑みしてしまいそうな吹雪を引き連れて、オズは夢の森の上空へと転移した。木々を見下ろし、魔力を追う。刹那、探し人の悲鳴がオズの耳をついた。
    「! 晶……!」
     声を上げる。吹雪がうねる。しかし次の瞬間には、彼女の気配ごと悲鳴は途切れた。否、気配は完全には途切れていない。見知った魔法使いの魔力のそば、小さな気配が残っている。
     オズは杖を握ったまま降下した。……北でひとり暮らしていたときも、魔法舎で暮らしていたときも、さんざん手を焼いた悪童が三人、揃っている。
    「来ましたね、オズ」
     北の魔法使いミスラが、魔道具を構えて言った。しかしオズはそちらに意識を傾けることなく、周囲に視線を滑らせる。……肝心の晶の姿がない。
     おそらく、ミスラがここではないどこかへ、彼女を空間移動させたのだろう。その事実にすぐさま行き着いたオズは、再び彼女の気配を追おうとした。晶がいないのであれば、ここに留まる理由はない。
    「ちょっと。無視しないでください。ほんとに腑抜けたんですか?」
    「黙れ。今おまえに構っている暇はない」
    「はあ? これを見ても、同じこと言えます?」
     そう言って、ミスラが懐から何かを取り出す。深紅の双眸が「それ」を捉えた瞬間、風が一際大きく、強く、木を薙いだ。獣たちが姿を隠し、声なきものたちが一斉にひれ伏す。
    「やる気になったじゃないですか。これでも腑抜けてるようならどうしようかと思いましたよ」
    「あーあー、馬鹿野郎がよお……」
    「ほんと最悪。ここ僕の縄張りなんだけど。賢者様に関わるとロクなことがない……」
     笑みを深めたミスラとは対象的に、ブラッドリーは頭を抱え、オーエンは顔をしかめてそれぞれ臨戦態勢を取った。あまりにも面倒だが、こうなった以上逃げることはできないし、北の魔法使いとしての矜恃が許さない。たとえ相手が、荒ぶる魔王であったとしても。
     杖を構えたオズは、ミスラからの宣戦布告にただ一言のみを返した。
    「命の保証はしない」

     ◆ ◆

    「それにしても、四六時中気配を把握しておるのか? フィガロちゃんじゃあるまいに……」
    「さすがにちょっと引くの。次はそのあたりも込みで改良する必要がありそうじゃな」

     ◆ ◆

    「うわあああああ! ……あれ?」
    「えっ!? 賢者様!?」
     ぼすん。お日様の匂いのするシーツにお尻から着地する。覚悟していたほどの衝撃はなく、晶はぱちぱちと目を瞬かせた。
     手をついてゆっくりと身を起こす。顔をあげると、椅子に腰掛けたままこちらを振り返ったフィガロと目が合った。
    「お、お久しぶりです。フィガロ」
    「久しぶり……って、雪まみれじゃないか、かわいそうに……」
     がたん、とフィガロが椅子を引いた。腰を上げて、晶のすぐそばまでやってくる。それから、晶が北の国から連れてきてしまった氷雪を、ぱたぱたとはたいて落としてくれた。
     雪を払ってやりながら、フィガロは今しがた晶が落ちてきた天井を見上げた。
    「オズ……じゃないね。ミスラのアルシムかな、これは」
    「あ、はい。オズとはちょっと喧嘩してしまっていて……」
    「喧嘩? オズと、きみが? ミスラとじゃなくて?」
     晶の頭や肩から散った結晶が、午後の日差しを浴びてきらきらと燃え尽きていく。フィガロはぴたりと手を止めて、意外そうに首を傾げた。肩を少しばかり引いて、晶の全身をまじまじと見る。
    「喧嘩というか、私が一方的に飛び出してきちゃったというか……」
     フィガロから視線を外して、晶はもごもごと話した。オズをよく知るフィガロからの反応がどうにもきまり悪く、晶の肩が落ちる。
     晶の様子に思うところがあるのか、フィガロはおや、と眉を跳ねさせた。
    「……訳ありみたいだね。頼れるフィガロ先生が聞いてあげてもいいんだけど、そうだな……」
     フィガロはそこで言葉を切って、己の口元に指をあてた。それから少し考えて、晶に手をかざす。
    「《ポッシデオ》」
     ふわり。雪の取り払われた肩に白いストールが巻き付く。呪文を唱えたフィガロは、にこりと人好きのする笑みを浮かべた。
    「せっかく来たんだし、ちょっと待っててよ。今日はもう患者も来ないと思うからさ」
     雪を払っていた手で晶の頭をひと撫でして、フィガロが部屋を出ていく。その後ろ姿を見送ってから、晶は改めて室内を見渡した。
     分厚い本が並ぶ棚。子どもから贈られたであろう手紙や飾りで彩られた壁。落ちた晶を受け止めた清潔なベッド。そのどれも、晶は見覚えがあった。雲の街にある、フィガロの診療所だ。
    (南の国まで繋いでくれたのか。そういえば、三人は大丈夫かな……)
     吹雪の中に残った北の魔法使いたちに思いを馳せる。宣戦布告などとも言っていたから、今頃オズと戦っているのかもしれない。巻き込んで申し訳ないような、心配いらないような、複雑な思いが晶の頭を悩ませる。
    (あんまり酷いことにはなってませんように……)
     かけてもらったストールを胸元に引き寄せて、晶は心のうちに祈った。それから、ここに辿り着くまでの過程をひとり振り返る。南の国のやわらかな日光が無性に眩しくて、自然と思考が内へ傾いていくのがわかった。
     しばらくの間思考に耽っていると、不意にがたんと扉が開く音がした。フィガロが戻ってきたのだろう。ぱたぱたと、足音がいくらか重なって続く。
    「晶様!」
     廊下から大きな影が飛び出してくる。予想外の人物に晶は目を丸くした。
    「レノックス!」
     真っ先に現れたのはフィガロではなく、南の魔法使いレノックスだった。レノックスは晶の姿を認めると、大きく息を吐いた。立ち上がって迎えようとした晶を手で制す。
     さらに彼の後ろから、足音と、よく通る声が追いかけてきた。
    「レノックスさん! 廊下を走ったら危ないですよ! あ、晶様!」
    「まあ、本当に晶様! お久しぶりです!」
    「ミチル! ルチル!」
     レノックスに続いて、廊下から顔を覗かせるようにして現れたのは南の兄弟だ。記憶の中よりも幾分精悍さの増した顔立ちに、そういえば彼らと顔を合わせるのは久しぶりだと晶は思い巡らせる。
     ミチルは早足で晶の座る寝台の傍までやってきた。レノックスに注意した手前、行儀よく振る舞っているつもりなのだろう。けれど逸る気持ちが歩き方にあらわれていて、後ろで兄のルチルがおかしそうに微笑んだ。
    「晶様、久しぶりにお会いできて嬉しいです!」
    「私も嬉しいです、ミチル。皆さん、お元気でしたか?」
     晶がそう尋ねると、ミチルは元気よくうなずいた。けれど、すぐはっとしたような表情になって、ルチルとレノックスを見上げた。助けを求めるというよりも確認を取るような仕草に、どうしたのだろうと晶は三人を見る。
     ミチルはおずおずと切り出した。
    「あの、僕たちフィガロ先生から晶様が大変だって聞いて……」
    「えっ、フィガロが?」
     思わず最年長のレノックスに視線を投げると、彼は神妙にうなずいた。責任感の強い眼差しがまっすぐに、晶に注がれる。
    「……はい。何か深い事情がおありのようだから、傍について差し上げろ、と」
    「私たちで何かお力になれることはありませんか?」
     ルチルがそっと手を伸ばして、晶の両手を包む。ルチルの手のひらは少し熱っぽくてやさしい、日なたの土みたいな温度がした。
     つい、晶の目が床をなぞる。まっすぐな心配とそこに込められた親愛が嬉しくて、けれど今の自分には過ぎたもののような気がして、ほんの少し、息が浅くなる。迷いながらも、晶は顔を上げた。
    「……皆さん、ありがとうございます。大した悩みではないかもしれないのですが、聞いてもらえますか……?」
    「もちろんです! 僕たち南の魔法使いが賢者様の、晶様の力になります!」
    「フィガロ先生が戻ってこられたら皆で作戦会議しましょう!」
     ルチルがそう言うと同時に、玄関の方で音がした。次いで、落ち着いた足取りが近づく気配がして、皆が部屋の入り口へと目を向ける。
    「遅れてごめんね。フィガロ先生をお呼びかな」
     戻ってきたフィガロはそう言って、診療室へと入った。手にはよく乾燥した植物の束を持っている。かさりと軽い音を立てる度、清涼感のある香りがふわりと周囲に漂っては診療所の匂いにとけて馴染んでいく。
    「フィガロ先生、おかえりなさい!」
    「ただいま。まずはお茶にしよう。ルチル、ミチル、手伝ってくれるかい?」
    「はい!」
    「わかりました!」
     呼びかけに応じて、兄弟がフィガロの元へと向かう。
    「あ、なら私もお手伝いを……」
     そう言って腰を浮かせかけた晶の肩に手が置かれる。腕を辿って見上げれば、傍に控えていたレノックスが案じるように首を振った。
    「……どうかお掛けになったままで。顔色がよろしくありません」
     思いもしない言葉に、晶は戸惑った。確かに万全というわけではなかったが、それでも誰かに指摘されるほど体調を崩しているつもりもなかった。
     北の国と南の国の寒暖差でやられたか、はたまた箒酔いがしつこくも残っているのか。ほんの少しだけ、胃がむかむかするような感覚はあったが、さして気に留めるほどでもない。晶はなだめるように、ゆるい笑みを浮かべた。
    「そう、ですかね? でも、大丈夫ですよ。久しぶりに外に出て、ちょっと疲れちゃっただけだと思うので」
    「晶様」
     咎める響きで名を呼ばれる。心配性だなあ、と晶はまるで他人事のように思った。何となく、魔法舎での日々を思い出す。晶の頭の中、彼の主君である東の魔法使いが「こうなったレノは梃子でも動かないぞ」と耳打ちした。
     レノックスの心配を受け取って、晶はお茶の準備をしてくれている三人を見守るに留める。ちょうど、棚から紅茶の缶を取り出したルチルに、フィガロが手元のものを見せて提案しているところだった。
    「ああ、待ってルチル。今日はこっちを使おう。この間、ファウストが持ってきてくれたものでね」
    「わ! とってもいい匂い……。ハーブティーですか?」
    「そう。庭で干していたこっちのハーブと一緒に淹れよう。さっき取ってきたんだ」
    「ブレンドってことですか? 組み合わせると何か効能が変わったりしますか?」
    「さすがミチル、いいところに目をつけた。これはね……」
     お茶の準備も、フィガロの手にかかれば有意義な講義となるらしい。時に魔法を織り交ぜながら、言葉とカップがふわふわ踊って、支度が進んでいく。
    「さ、みんな好きなところへ座って。お茶にしよう」
     カップをもったフィガロがそう言って、机の前の椅子に座る。両手にカップを持ったルチルとミチルが、後ろから続いた。
    「じゃあ私、晶様のお隣に座っちゃお! いいですか、晶様?」
    「はい! もちろんです」
    「やった! 失礼しますね」
    「あっ、兄様ずるいです!」
    「ミチル、こちらに来るといい。俺のかわりに、晶様の右隣を頼む」
    「えっ、ありがとうございます、レノさん!」
    「おっ、モテモテだね賢者様」
     わいわい話しながら各々席につく。ルチルとミチルは寝台に腰掛けて、晶の両隣を固めた。ルチルが手に持っていたカップの片方を差し出してくれたので、晶はありがたく受け取る。その右隣では、ミチルがレノックスにカップを手渡していた。
    「晶様、まだ熱いので気をつけてくださいね」
    「ありがとうございます、ルチル」
     若芽色の水面に息を吹きかける。白く立ち上る湯気に乗って、すっとした香りが晶の中に入ってきた。柑橘系っぽい感じかな、そうあたりをつけて、晶はカップのふちに口をつける。
    「わ……! 美味しい」
    「ほんとに! さすがファウストさん!」
     感嘆をもらした晶に、ルチルが同意するように声を上げる。少し酸味は強いが決して尖ったものではなく、まろやかに喉の奥へと消えていく。渋みやえぐみも一切なく、素材の良さと淹れた人の技量の高さ、双方がよく伝わる。
    「美味しい……! けど、僕はシュガーを少し足そうかな。晶様もいかがですか?」
    「あ、じゃあ一つだけ、お願いできますか?」
    「ミチル! 兄様もミチルのシュガーほしいな!」
    「もう、兄様ったらしょうがないんですから。《オルトニク・セアルシスピルチェ》」
     なめらかな詠唱と共に、ミチルの手の中にぽんぽんとシュガーが生まれては転がる。よければ皆さんもどうぞ、とミチルが手を前に出した。おねだり上手のルチルの他、レノックスとフィガロも手を伸ばす。お礼を言って、晶も一粒受け取った。
    「うん。よく出来てる。お礼に、ミチルにはフィガロ先生のシュガーをあげよう」
    「わあ、ありがとうございます! でも、ちゃんと甘いやつですよね?」
    「え、俺そんなに信用ない? かわいいミチルに、意地悪なんてするわけないじゃないか。なあ、レノ」
    「日頃の行いですね」
     やさしい甘さがとけたお茶を飲みながら、微笑ましいやり取りを眺める。こんなに大勢でお茶をするのは久しぶりで、晶の気持ちも自然と上を向いた。晶の表情がほぐれてきたことを目ざとく見とめたフィガロは、安心したように目を細めて言う。
    「それじゃあ、お悩み相談といこうか。大丈夫、どんな些細な話でも構わないさ」
    「は、そうでした! 晶様、話しやすいことからで結構です。ゆっくり、私たちとお話しましょう」
    「皆さん、ありがとうございます……」
     フィガロとルチルに促されて、晶は皆の顔を見る。ミチルとレノックスも、真剣に耳を傾けてくれていた。些細なことでもいい、という言葉に勇気づけられる。
     実は……と前置いて、晶はここに来るまでの経緯から話し始めた。
     一緒に暮らしているオズに一方的に怒ってしまったこと。双子が持たせてくれていたお守りを使ったら北の国にいたこと。ここにはミスラが空間魔法で送ってくれたこと。
     双子がかけてくれていた魔法や、北の国でのやり取りなど、適宜捕捉を入れながら一通り説明する。黙って聞いていたフィガロがなるほどね、と相槌を打った。
    「それで雪まみれだったんだ。双子先生の守護が壊れてもオズがまだここに来てないってことは、多分ミスラたちが足止めしてくれてるんだろう」
    「お話を聞く限り、足止めというより、多分ミスラさんはオズ様と戦いたかっただけだと思うんですが……」
    「俺もそう思うよ。でもまあ、結果オーライってことで」
     呆れたようなミチルの言葉に、フィガロが笑いながら同意する。
     まあ、と声を漏らしたルチルが心配そうに、晶の顔を覗き込んだ。
    「ミスラさんとオーエンさん、ブラッドリーさんが戦っているところに転移してしまうなんて……お怪我はありませんでしたか?」
    「あ、そこは大丈夫です! 皆さん、比較的すぐに休戦してくれたので……」
     ぶんぶんと片手を振って元気であることをアピールする。ルチルだけでなく、さっきからじっと晶を視界から外さない、緋色の双眸にも見えるように。
     そんな晶を見て、フィガロがおかしそうに笑った。小さな子を見守るような、幼い勘違いを正すことなく受け止めるような、老熟した気配を滲ませて。
    「ミスラの嗅覚も馬鹿にできないな。ま、オズが弱るなんてこと、そうそうあるわけないけど」
    「実はそのことがちょっと引っかかってて……オズ、大丈夫でしょうか」
     なかば独り言のようなフィガロのつぶやきに晶が反応する。
     毎日一緒にいる晶の目からはオズが特段弱っているようには見えなかったが、それはただ、晶が気づいていなかっただけかもしれない。フィガロの意味深な言葉は、晶の心に刺さったままだった小さな棘に触れた。
    「あ、不安にさせちゃった? 大丈夫。ミスラが言っていただろうことと、オズの魔力は関係ないよ」
    「そうですか……? フィガロが言うなら……」
     はっきりとした否定に、晶はほっと息をつく。それを見るフィガロの目がすうっと細められた。
    「それより、心配なのはきみの方だよ。本題は、きっとこれからだろう?」
    「! ……はい」
     的を射た言葉に、カップを握る晶の手に力がこもる。
     そうだ。晶はまだ肝心の悩みを話していない。すなわち、何故オズの城を飛び出したのか。何故、オズと衝突してしまったのか。根本的な、原因について。
    「その、こうなった原因ですが……」
     晶は一度言葉を切って、口内に溜まった唾をこくりと飲み込んだ。もしかしたら、魔法使いの間では普通のことかもしれないと、今さら尻込みしそうになる。
     ……だとしても。晶は顔を上げた。今までひとりで散々考えたが、答えにたどり着けなかったのだ。現状を打開するには、自分以外の者の視点が必要なのだと再認識する。
    「……最近、オズの様子が変で。具体的に言うと、一切外に出させてもらえなくなったんです」
    「一切、ですか?」
     レノックスが、口の中で言葉を転がすようにして問うた。
    「はい……前までは、一緒に買い物だったり、お出かけだったりもしていたんですが、それがまったくなくなって……」
    「まあ……」
    「お城の外はもちろん、最近は自分の部屋から出るだけで叱られてしまって」
    「うわあ、監禁じゃないか……」
     ルチルが気遣わしげに声を漏らす。続く言葉を聞いて、フィガロも困惑の表情を浮かべた。
     晶は言葉を探しながら、たどたどしくも説明を続ける。
    「きっと、何か理由があるんだろうと思って聞いてみても、何も話してくれなくて。なんだか素っ気ない感じもして……それが何日も続いてしまって、つい飛び出してしまったんです」
    「いや、普通の反応だよ。むしろよく我慢した方だと思う。スノウ様とホワイト様のお節介もたまには役に立つな……」
     心苦しそうに語った晶に、フィガロがすぐさまフォローを入れる。それから音を立てて机の上にカップを置いた。空いた手で訳知り顔を覆って、「あいつほんと……」と小さくぼやいている。
     あの、とミチルが口を開いた。
    「そんな風になってから、オズ様もずっとお城で過ごされてるんですか?」
    「うーん。お城の中にいることが多いですが、たまに外にも出ているみたいで……どこに行っていたのか聞いても『おまえが知る必要はない』の一点張りで……」
    「最低です。ここにリケがいたら、リケもきっとそう言います」
    「言うかな……」
     力強さすら感じる非難に、つい晶の口調から敬語が外れる。中央の魔法使いたちを思い浮かべて、確かにリケならそうずばっと言ってしまうかもしれないと思った。まさかミチルの口から出たのはちょっと予想外だったが。
    「でも、以前はそんなことなかったんですよね。いったい何が原因なんでしょう……」
     うーんと考え始めたルチルに、晶はずっと考えていた可能性を恐る恐る吐露した。
    「……もしかしたら。もしかしたらなんですけど……オズ、他に好きな人ができちゃったんじゃないかって」
    「それはない」
     天を仰いでいたフィガロが、ばっと振り向いて否定する。次いでレノックスも大きく頷いた。
    「俺も、それだけはないと思います。かけられた守護ひとつ見ても、オズ様が晶様を大切にしていらっしゃるのはわかります」
    「ということは……うーん……やっぱり、晶様が心配で心配でたまらない、とか?」
    「でもお部屋からも出さないなんてやり過ぎです!」
    「オズ様にとって何か、特別気にかかるような出来事があったのかもしれないな」
     四方から意見が飛び交う。皆、真剣に考えてくれているのがわかって、晶の目頭が熱くなった。
     もしかしたら、大したことのない悩みかもしれない。自分が魔法使いじゃないから理解できないだけなのかもしれない。心の何処かで、晶はそんな風に思っていたのだ。城を飛び出したことだって、ただの癇癪じゃないか、と。
     大切にされていることが嬉しくて、晶はぬるくなったカップを口に運んだ。薄く涙の膜が張った、情けない顔を隠すように。
    「ところでさ、オズと賢者様って結婚はしてるんだっけ?」
    「ごふっ」
     あまりにも予想していなかった質問が飛んできて、晶はむせた。ハーブティーをフィガロに吹きかける粗相こそ避けられたものの、変なところに入ってしまって咳が止まらなくなる。「大丈夫ですか!?」と、ミチルが慌てて背中をさすってくれた。
    「もう、フィガロ先生! 今そういう話じゃなかったじゃないですか! ……でも、私も気になります」
    「気になるのか」
     隣からルチルの声が鋭く飛んで、なぜか晶の方にも返ってくる。レノックスが思わずといったふうに言葉を漏らした。晶としてもまったくレノックスに同意である。
     フィガロはごめんごめんと軽く笑って、ルチルの言葉をいなす。……もしかして、フィガロなりに場の空気を和ませようとしてくれているのだろうか。晶はフィガロの言動をそう好意的に解釈することにした。
    「問診みたいなものだよ。そういえば、どうだったかなーって」
    「げほっ……か、関係ありますかね……? えっと、してないです。する予定も今のところないです」
    「まあ! そうなんですか!?」
    「あー……してないか……そっかあ、そうだよねえ……」
     何故かすごく残念そうな反応をされる。あれ、と晶は違和感を覚えた。
     これは晶が何となく思っていることだが、フィガロはオズの強さを大事にしているところがある。北の魔法使いとして共に生きていた頃の、誰にも媚びない、誰の助けも必要としない、孤高の魔王オズを。……いつか、「若造に指図されるオズは見たくない」と言ったブラッドリーに同意したフィガロのことを思い出す。生粋の北の魔法使いオズは、誰かと、ましてや人間なんかと約束しない。フィガロはそう思っているのではないかと、晶はうっすら感じていたのだ。
     故に、オズと晶の間に約束がないことを残念がるような反応は、どうも晶の心に引っかかった。
     無論、起きた事実に対して自身のこだわりを押し付ける人ではない。だから、もしオズが本当に約束をして、それがまごうことなくオズの意思によって行われたものであればフィガロはそれを評価するだろう。しかし、自分たちはそういう状態でもない。
     ……もしかして、フィガロはもうとっくに行き着いているのではないだろうか。オズの態度が急変した、その理由に。
    「あの、フィガロ……」
    「ごめん、賢者様。もっとゆっくり聞いてあげたかったんだけど、時間切れみたいだ」
     晶の声を遮って、フィガロが言う。何の、と追及することはできなかった。
     ……窓から差し込んでいた日差しが急速に翳る。次の瞬間には、室内にも関わらずびゅうと冷たい風が吹いて、粉雪が舞った。思わず目を瞑る。炎と硝煙、それから微かな血のにおい。
    「《ポッシデオ》」
    「《フォーセタオ・メユーヴァ》」
     呪文とともに、ばちんと何かが弾かれる音がした。同時に、吹き込んでいた風がぴたりと止む。晶はおそるおそる、瞼を持ち上げた。
    「オズ……!」
     話題の中心でありながら、この場には存在しなかったはずの人影。晶が城を出た数時間前と何一つ変わりないオズが、診療所の床を踏んでいる。
     オズは晶の姿を認めると、何も言わず傍に寄ろうとした。オーブを手にしたフィガロが、間に割って入る。ぴくりとオズの眉が震えた。不愉快げに、眉間の皺を深める。重苦しい空気が刺すような棘を帯び始め、両隣の兄弟が晶を守るように、緊張した様子で手を回した。レノックスが一歩前に出て、闖入者と部屋の主の対峙を子どもたちの視界から隠すように立つ。
    「フィガロ、そこをどけ」
    「断る。おまえね、賢者様を連れ帰る前に、何か言う事があるだろう」
     子どもたちに背を向けているのをいいことに、フィガロはその瞳を冷酷に細めた。すべてわかっているのだと、嵐の灰色が魔王の不興を恐れることなく刺しにいく。
    「おまえのことだ。気づいたは良いもののどうすることもできず、かといって俺や他の医者を呼ぶのも後回しにして、徒に時間を消費したんだろう」
    「………………」
    「それで何が得られた? 一時のおまえの猶予と、晶の不安だけじゃないか。……本当、どうしようもなく取り返しがつかないことにならないとわからないのかな、おまえは」
     どこか自嘲じみた小言が続く。オズは、黙れと言おうとした。ともすれば杖を振るって、目の前の障壁を強引に取り払おうとすら考えていた。
    「あのっ、オズ! ……わっ!?」
     まさにオズが口を開こうとしたその時、フィガロの後ろから声が上がった。名を呼ばれた直後、ざっと擦るような音がする。はっとそちらを見れば、こちらに駆けてきていた晶の身体が傾いている。
    「晶!」
     咄嗟に身体が動く。背後を振り返ったフィガロを押しのけて、オズは手を伸ばした。晶の身体が床にぶつかるより早く、片腕で受け止める。
     いまだ己の状態を掴めていない晶は、ぽかんとした表情のままオズの腕にぶら下がった。
    「晶様! 大丈夫ですか!?」
     ミチルの声でようやく我に返った晶がはっと腕の主を見上げる。オズは硬い表情のままじっと晶を見ていた。
     晶は次いで己の足元を見た。木製の床は濡れており、オズが連れてきたであろう雪が少し残っている。勢いよく踏み出して、足を滑らせてしまったのだ。
    「……オズ、ありがとうございます。オズのおかげで、転ばずにすみました」
    「…………怪我は」
    「大丈夫です!」
     腕を借りたまま晶が礼を言うと、いつもよりも間を置いて問われる。それにもはっきりと返事をすれば、オズは晶を元いた寝台の上に座らせた。言葉はなかったが、ほっと胸を撫で下ろすような安堵が深紅の眼差しに乗っている。
     一連のやり取りを見たフィガロは、はあ、と息をついた。軽やかな呪文がひとつ唱えられて、風が吹く。床や机、診療室のいたるところをなぞった風が、雪をぬぐって水気を拭き取っていく。
    「気をつけてね、賢者様。きみが転ぶこと、そいつ今かなり怖がってるから」
    「フィガロ」
     オーブを仕舞って椅子に腰掛けたフィガロが、少しからかうように言う。オズが責めるように声を上げたものの、続く言葉を持たなかったのか彼の名以外は何も言わなかった。
     そんなオズを見上げて、晶はじっと言葉を待った。今なら、話してくれる。これまでと違うオズの様子に、晶はその確信があった。
    「あの……私たち、席を外していたほうがいいでしょうか?」
     おずおずとルチルが手を上げて言った。彼らしい、配慮の申し出だ。オズはちらりとルチルを見て、やがてゆるゆると首を振った。
    「……いや、いい」
     先ほどまでの覇気が嘘のような、もうすっかり観念した声だった。
     オズがじっと晶と目を合わせる。晶は、辛抱強く彼の言葉を待った。何を言われても、どんな事実が明るみになっても、受け止める覚悟を胸に抱いて。
     不意にオズが視線を落とした。晶の瞳ではなく、腰のあたりを見る。
    「…………子が」
    「こが?」
    「……………………子が、いる」
     まるで罪の告白かのように吐かれた音を、晶は頭の中で転がした。こが、こがいる。こが、いる。子がいる……!?
     晶は驚いて、声をあげた。隣でルチルが息を呑むのがわかる。
    「えっ!? 子って、子どもですか!? だ、誰の、オズの!?」
    「…………他にないだろう」
    「えっ!? あ、アーサーじゃないですよね……!? や、やっぱり他に好きな人が……!?」
    「……待て、おまえは何を」
    「だ、だって子どもができちゃったんでしょう!? いつ生まれたんですか、というかもう生まれてるんですか!?」
     ぶはっ、と吹き出す音が聞こえて、皆の視線が一箇所に集まる。衝撃の事実に狼狽えたままの晶も、とんでもない勘違いが発生していることはわかるがうまく口を挟めないオズも、揃って声の出処を見る。
    「ご、ごめんね……ちょっと、耐えきれなくて……ふ、ふふっ」
     ぷるぷると震えながら、顔を覆ってフィガロが必死に笑いをこらえている。フィガロ様、といつもよりも鋭い口調でレノックスが窘めた。
     フィガロは何度か自分の胸を叩いて、顔を上げた。射殺すようなオズの視線に、口角を引き戻せないまま「悪かったって」とだけ言う。
     涙目のまま、フィガロが晶を見た。
    「このなかで診断ができるのは俺だけだからね。何はともあれ、おめでとう晶」
    「は、はい……?」
    「きみのお腹に、オズの子がいる。こう言えばちゃんと伝わるかな」
    「……え」
     晶はぽかんと口を開けた。かろうじて形になった音が口の端からこぼれ落ちる。けれど意味ある言葉は何も紡げなくて、はくはくと小さく口を動かした。隣から、大きな歓声があがる。
    「きゃ、きゃ~~!! 晶様、おめでとうございます!!」
    「おめでとうございます、晶様……! でもフィガロ先生、いつからわかってたんですか!?」
    「賢者様がここに来た時かな。オズによく似た、オズとは違う魔力が宿ってる。お腹の子は魔法使いだ」
    「最初からじゃないですか……晶様、オズ様、おめでとうございます」
     あちらこちらから祝福があがる。その中心で、晶はいまだ茫然自失の状態だった。オズとフィガロの言葉を噛み砕いて、己の腹に手を当てる。薄っぺらいそこは、そっと撫でてみてもまだ実感が得られない。けれど、本当に、ここにいるらしい。オズと、晶の子が。
    「……!」
    「けんっ、晶様……!」
    「晶様、どうされました……!?」
     首を上向けて、オズの顔を見る。目があって、滲む深紅がぎょっとしたように大きく見開かれた。腿の上で握りしめた晶の拳に、ぽたぽたとぬるい雨が降る。周りからも、驚きと心配の声があがった。
     オズがそっと指を伸ばす。晶の目元に触れようとして、けれど思いとどまったように手を握り込む。そのまま離れていく手を、晶は咄嗟につかんだ。
    「ちが、ちがうんです……嫌とか、嬉しくないとかじゃ、なくて……」
    「…………」
    「まだ、ちょっと信じられなくて、気持ちが追いついてなくて、でも……」
     オズは手を振り払うことなく、晶が必死に言葉を紡ぐのをじっと待っている。晶はつかんだ手を両の手で握って、自身の頬にあてた。冷たい体温にすりよって、その内に眠るあたたかさを感じ取ろうとする。
     数秒の後、晶はそっと掴んだ手を下ろした。自らの腹の上に招いて、掴んだ手越しにさする。
    「ここに、いるんですか……?」
    「……ああ」
    「うれしい……ッ!」
     きらきらと、氷よりも透き通った雫がふたりの手の上に落ちる。注ぐオズの眼差しが、雪解けるようにやわらかくなる。午後の光が部屋を照らして、平和な世界にありふれた幸福を唯一のものに色づける。
     見守っていたフィガロは、目を閉じて、息を吐いた。これまでと、これからのことを思って、複雑に笑う。瞼を持ち上げると同時に、ぱんとひとつ手を叩いた。
    「よし。それじゃあフィガロ先生がこいつにお説教と、子育ての何たるかを叩き込んでおいてあげるから、皆は少し散歩にでも行っておいで。せっかく天気も戻ったからね」
     ぽん、とオズの肩に気安く手を置いてフィガロが言う。何を、とオズは振り返って、けれどフィガロの目を見てすぐ、居心地悪げに顔をそらした。
     子どもたちはそれに気づいた様子なく、無邪気に晶の手を引いた。
    「わかりました! 晶様、行きましょう。晶様にお見せしたいものがあるんです!」
    「兄様! 引っ張ったら危ないですよ! 晶様、何かあっても僕がお守りしますから安心して着いてきてください!」
    「わわっ、二人ともありがとうございます! フィガロ! オズのこと、あんまり怒らないであげてくださいね……!」
    「行ってまいります。……オズ様、晶様のことは必ずお守りします」
     ぱたぱたと、乾いた床を蹴って四人が外へと飛び出していく。彼らの姿が見えなくなるまでフィガロはひらひらと手を振って笑顔で見送った。オズ以外誰も残っていないことを確認してから、すうっと表情を落とす。
    「さて。……賢者様のことだけど」
     いたって真面目な声色で、フィガロは口を切った。
    「多分、あの子に産まないという選択肢はない。……正直、俺としては産むなと言ってあげたいんだけど、俺はそれで一度痛い目にあってるからね」
    「…………」
    「――腹の子の魔力が強すぎる。万全の状態で出産に臨んだとして、母体が無事で済むかはわからない」
     おまえもわかってるだろう、と黙したままの長躯に投げる。オズは、晶が出ていった部屋の入口の方を向いたまま振り返らない。フィガロは、ああもう、と言って大きくため息をついた。
    「……とにかく、準備が必要だ。その日までに、できる限り賢者様に体力をつけさせること。部屋に閉じ込めて出さないなんてもってのほかだ」
    「…………」
    「それから、良好な信頼関係を築いておくこと。万が一があれば、おまえの魔力を賢者様に注ぐことになるかもしれない。今日みたいなことがないように、ちゃんと日頃から会話しろ。言葉を惜しむな」
    「…………惜しんでなど」
    「惜しんでないとしても、今おまえ全然話せてないじゃないか。そういうことだよ」
    「………………」
     ようやく発した言葉も、すぐに撃ち落とされる。オズは押し黙った。フィガロの言葉は、オズの胸にあった漠然とした「恐怖」そのものだ。フィガロによって形と重みをもったそれと、オズは真っ向から渡り合いたくなかった。
     フィガロはそんなオズをつまらなさそうに見て、がりがりと頭をかいた。魔力こそ弱っていなくとも、ミスラの言う通りすっかり腑抜けてしまっているのだろう。己も、この不肖の弟分も。
    「……あーあ。晶もなんでこんなやつがいいんだろ。俺なら不安になんてさせないし、約束だってあげるのに」
    「……何だと」
    「あ、勘違いするなよ。横恋慕とかじゃなくて、俺の場合はって話。自分の子を身籠らせるほど本気の相手ならってこと」
     この通り、独占欲と執着だけは一人前だ。ようやくフィガロを見たオズの、威嚇というには苛烈すぎる眼光に呆れ返る。これだけ、誰にも渡さないと、手の内から零れ落ちるなど許すものかと思っているくせに、どうにも詰めが甘い。
     フィガロの価値観を受けて、オズが敵意を鎮めた。話を噛み砕くように考え込む。
    「…………約束すればいいのか?」
    「……ほんと、おまえね。それこそ俺に聞いてどうするの」
     長い沈黙の末に出された言葉に、フィガロはがくりと肩を落とした。
    「そういうことをあの子と話し合えって言ってるの。後悔しないためにね」
     フィガロは本棚からいくらかの専門書を取り出した。魔法で宙に浮かんだそれらはひとりでにページを捲りだす。同じく宙に浮いた紙の上、ペンがさらさらと走った。
    「今回の出産がどう転ぼうとも……そもそも、人間であるあの子の生命は儚い。どうしたって、残されるのはおまえの方なんだから」

     ◆ ◆

    「それではお二人とも、お気をつけて! 今度はお二人でゆっくり、遊びに来てくださいね!」
    「もし南まで来るのが大変だったら、呼んでください! 僕たちが北の国に行きます!」
    「晶様、体調にはどうかお気をつけて。……きっと、大丈夫です」
    「頼れるフィガロ先生が、また近い内に往診に行ってあげるからね。あ、オズにはこれ」
     暮相に染められながら、見送られる。数え切れないほどの優しさをさらにさらにと手渡され、晶は心底嬉しそうに微笑んだ。涙の跡はすっかり乾いていて、それを見たオズも人心地つく。そんなオズに、フィガロは紙束を手渡した。急遽つくった、日常生活での注意事項である。フィガロは紙束をぱらぱらとめくって、オズに丁寧に説明してやった。レノックスも興味深そうにフィガロの手元を覗き込んでいる。
    「そうだ。晶様、祝福の魔法をかけさせていただいてもよろしいですか?」
     フィガロたちを一瞥して、ルチルが言った。最後まであたたかな申し出に、晶はうなずく。
    「嬉しいです。ありがとうございます、ルチル」
    「よかった! それじゃあ、晶様と、お腹の赤ちゃんが毎日元気でありますように……《オルトニク・セトマオージェ》」
     ふわり。翠の光が晶にそっと降りかかる。青い草の匂いがすっと駆け抜けて、日向ぼっこをしたように手足がぬくもった。
     晶はもう一度ルチルに礼を言って、オズの方を見る。ちょうど、フィガロからのレクチャーも一段落したようで、オズは晶を見ると一言「帰るぞ」とだけ言った。
    「はい」
     差し出された手のひらにそっと己のものを重ねると、ぎゅっと力強く握られる。それほど長い時間離れていたわけではないが、やはりどこか懐かしく感じてしまって、握り返す力を少し強めた。
    「《ヴォクスノク》」
     ……次の瞬間には、晶は見慣れた城へと戻ってきていた。大きな寝台と暖炉、それから少しの書物が積まれただけのこの部屋は、オズの私室だろう。
     オズが呪文を唱えると、ひとりでに暖炉に火が入った。北の国はもうすっかり日が落ちていて、照明と暖炉の光が一層際立つ。
    「わっ」
     繋いだままだった手を引かれる。ぼふんと音を立てて、晶は真後ろに倒れ込んだ。倒れたと言ってもたいした勢いはなく、共に倒れ込んだものが下敷きになる形で晶を受け止めてくれる。
    「オズ……?」
    「…………今日は、肝が冷えた」
     オズはそう言って息を吐くと、晶を腕の中に閉じ込めた。魔法でコートと靴を取り払って、ふたり寝台に横になる。
     疲れの滲むオズの言葉に、晶は少し申し訳ない気持ちになった。晶が出て行ってから、オズは必死に晶のことを探してくれたのだろう。城を飛び出したことを後悔はしていないが、それでも他にできること、もっといいやり方があったのではないかと反省する。
    「あの、オズごめんなさい。急に出ていったりして……」
    「……おまえが謝る必要はない」
     オズは苦々しげに首を振った。フィガロに散々言われたように、オズと晶には会話が足りなかった。否、晶は何度も対話を試みていたのに、すべて跳ねのけて応じなかったのはオズだ。少なくとも今のオズは、自らの態度をそう反省している。
     ……どこにも行くはずないと思っていた。行けるはずがないと思っていた。相手がかの厄災であっても、たとえこの世界そのものであっても、奪うことはできない。そう思っていた。それほどまでに、オズは晶に執着していて、同時にどうしようもなく晶を軽んじていた。……他ならぬ晶がこの城を飛び出す、その時まで。
     オズは晶を抱きしめたまま、ずっと考えていたことを口に出した。
    「……約束をすれば、おまえはどこにもいかないか」
     約束。その言葉を聞いて、腕の中の身体が一瞬こわばったのがわかった。
    「い、いえ! 今回みたいなことはもうしないので!」
     晶は少し身体を起こして、ぶんぶんと首を振った。オズはその肩をつかんで、もう一度自らの懐に閉じ込める。どれだけきつく抱きしめても、小さな背はオズの腕を余らせて、隙間をつくってしまう。抜け出せてしまうのだ。この檻から、晶はいつでも。
    「……オズ。フィガロと何かありましたか?」
     それでも、晶は檻の中に自ら残っている。気遣わしげにオズを見上げて、惜しみなく心を割く。それに勝手に救われたような心地になるのも、腹立たしく思うのも、ひどく勝手なことだろう。
     オズは意味のない拘束をそっと緩めた。オズの手で覆えてしまう小さな腹に手をあてて、弱く撫でる。
     ……オズの血を受けた子どもは、日に日に力を増している。そう遠くないうちに、胎児のまま母親よりもよほど強くなって、その腹を食い破ってしまうかもしれない。そのような恐怖が、影のようにつきまとってオズから離れない。何せ、オズは己が生まれたときのことを覚えていない。己を産んだであろう女がどうなったか知らない。それこそ、生まれながらに備わっていた不思議の力を使って、母の腹を裂いて生まれていたとしても何らおかしくない。晶の腹に宿った魔力をはじめて見たその日から、オズはずっと、そのようなことを考えてきた。
     黙ったまま、腹を撫でられていた晶が、その手をオズのそれに重ねる。オズの冷えた指先が、熱に挟まれて少しずつ同じ温度に溶けていく。
    「大丈夫ですよ」
     不意に、晶がそう言った。オズは何も言葉にしていないのに、その心を見透かしたように穏やかに声を紡ぐ。
    「私の生まれた世界は、多分こっちよりも医療が発展していて。それでも出産は命懸けでした。……なので、私も不安がないわけではないです」
     なんせ、はじめてですからね。晶はそう言ってオズを見上げた。
     ……揺れる瞳は、何も知らぬ無垢なる少女のものではない。幾度も傷を飲み込んで、涙に濡れた人間のものだ。未知への不安、見えぬ敵と戦う恐怖だって知っている。
    「でも、きっと大丈夫です」
     オズを見上げる胡桃色が、悪戯に細められる。晶は少し照れくさそうに、けれど確信を滲ませて言葉を続けた。
    「だって私たち、運命だって変えちゃったんですから。……あなたがいて、私がいるなら、今さら怖いものなんて何もないです」
     思いがけない言葉だった。
     いつか、晶がオズに手渡した言葉。ふたりの運命を決定づけた、嵐の夜。
     虚をつかれたまま固まったオズは、は、と息を漏らした。
     晶の言葉、眼差し、手の温み。そのすべてが、オズへの信頼を纏っている。定められた役目を、決して変えることのできない運命を打ち破るに至ったもの。はじめは弱く頼りない、灯火のようだったそれ。
     晶がそっと指を伸ばす。こわばった頬に触れて、ただ寄り添うことだけを求める。
    「それに、ほら。私たちだけじゃないですよ。今日みたいに、助けてくれる友人がたくさんいます。〈大いなる厄災〉だって何とかしちゃった、頼もしいみんなが」
     晶は信じている。オズを。仲間を。己を。そして、信じた先にある運命を。信じて、熱を放っている。
     ……オズは、生まれて初めて、誰かと「約束」をしたいと思った。
     これは灯火ではない。星だ。これから先、気の遠くなるような時間がオズに与えられていたとしても、きっと、二度は出会えない。運命を呼ぶ、ほうき星。
     オズは慎重に、息を吐いた。衝動のまま開こうとする口から、声を出すための空気を追い出す。……今はまだ、胸の内に。独りよがりの約束など、何になろうか。対話の重要性を、オズは今回の一件で深く深く思い知ったのだ。
     腕の中を見る。オズにとっての光をぎゅっと集めた娘が、平らかに微笑んだ。明け渡された心が、どうしようもなく愛おしい。
     オズは約束の代わりに、もう一つの嘘偽りない本心を伝えることにした。
    「……おまえは、強い」
    「え、そうですかね。……オズに言われると、何かちょっと照れますね」
    「ああ」
     ――私よりも、よほど。
     その言葉は飲み込んで、代わりに彼女の額に口づけを落とす。
     くすぐったそうに笑うこの娘に、オズはもうずっと勝てない。きっと、この先も。永遠に。



    「あ、ところでミスラたちは大丈夫でしたか!?」
    「…………石にしてはいない」
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    fuyuge222

    DONE絶対晶♀至上主義4展示作品です。

    ハッピーエンドなら何でもゆるせる方、地雷のない方向けです。

    恋人の態度に耐えかねてオズの城を飛び出した晶と、追いかけるオズのはなし。
    めちゃめちゃ付き合ってるし、すべてが終わったあと一緒に暮らしているふたり。

    ちょっと長めなので、お時間ある時にどうぞ
    運命を手繰り寄せて「もう……もう……! 私、実家に帰らせていただきます!!」
     オズに詰め寄っていた女は、痺れを切らしたようにそう言った。ばたん、と戸を閉める音を響かせて部屋を出ていく。
     オズはその後ろ姿を目と魔力で追って、しかし何か言葉を発することはなく、やがて暖炉へと視線を移した。気難しげに眉間に皺を寄せて、黙したまま息を吐く。
     ……この話題がふたりの間に持ち出されるのは、今回が初めてではなかった。ともすれば、この城に彼女を招き、共に暮らし始めた当初から、似たような問いを投げられることが幾度かあった。
     それが何故いまさら、彼女をこうも怒らせてしまったのか。原因となる己の行動をオズは自覚していたが、さりとて彼女に説明できるだけの言葉も持ち合わせていなければ、踏ん切りだってついていなかった。今回は、事が事なのだ。
    27025

    fuyuge222

    DONE8月19日~20日開催ウェブオンリー【絶対晶♀至上主義2】展示小説②です。

    ⚠しっかりばっちりつきあっています
    せっかく恋仲になったのに、関係が全然進行しない話。
    ちょっと不安になりつつもまあオズだしなって思ってる晶ちゃんと、なんだかんだ二千年生きてる男。
    解釈をかなぐり捨て、甘さの限界に挑みました。

    パスワード外しました!
    こうなるなんて聞いてない! 晶の恋人である魔法使いは、感情表現があまり得意ではない。
     感情が薄いというわけではないが、口下手な上、顔にもあまり表れないので、何を考えているのかわからないと言われることが多々ある。二千年もの間、外界とほとんど関わることなく過ごしてきた彼は、他者に己の気持ちや考えを伝えるということがどうにも慣れないようだった。
     しかし、情や優しさを知らないわけではない。彼の一等大切な養い子や、その友人たる子どもたちを見ている時の眼差しには確かな慈愛が滲んでいる。まるで暖炉の火のような、ぬくく穏やかな愛情をもつ人なのだと、出会ったばかりの頃に晶は知った。
     そんな彼の気質は、晶が彼の恋人となってからも変わらない。二人が恋仲になったのだと魔法舎中に知れ渡った日はそれはそれは大層な騒ぎになったが、発覚から日が経つにつれ、別の疑惑と心配が魔法舎でひそかに囁かれるようになった。……すなわち、恋仲であるはずの二人が、まったく恋人らしくないというものである。
    4926

    fuyuge222

    DONE8月19日~20日開催ウェブオンリー【絶対晶♀至上主義2】展示小説①です。

    約束していない二人が、指輪を交換する話。
    これ単体でも読めるはず……

    後編は再録本に収録予定ですが、オチだけ知りたい方はこちらのツイートをどうぞ。
    https://twitter.com/fuyuge222/status/1530108671140581377?s=20&t=-UCFTxnTPZResl6b3MuIBw
    あなたの隣で石になる(前編)「何か、望みはあるか」
     問われて、晶は隣を見上げた。昨日までよりずっと近い距離にいる彼の、燃えるような瞳を見る。世界の果てだって見据えていそうな泰然とした瞳は、珍しくも落ち着きがなかった。細氷が、彼の周りで朝日を翻してきらきら光っているせいかもしれない。
    「……昨晩も言ったが、約束はしない。だが、それ以外なら叶えよう」
     オズの顔を見上げるばかりで何も言わない晶に、オズが言葉を付け足した。
     約束はしない。……ああ、なるほど。オズの言葉を反芻した晶は、すぐに合点がいった。
     オズは、昨晩の話をまだ気にしているのだ。晶への愛を告げて、けれど約束は、結婚はしないと言ったことを。
     魔法使いは約束をしない。約束を破る、すなわち己の心を裏切れば魔力を失ってしまうから。それは世界最強と呼ばれる彼とて例外ではない。むしろ、彼は誰よりもその理を遵守しているからこそ、最強の魔法使い足り得るのだろう。
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    fuyuge222

    DONE2月6日開催ウェブオンリー【絶対晶♀至上主義】展示小説②です。

    全てが終わった後オズの城で暮らしているふたりの、ある朝の話(オズ晶♀)

    パスワードはお品書きに記載しております。
    春にとける檻 それはたとえるなら、少しぬるめのお風呂で揺蕩っているときのような。あるいは、自分より大きなふかふかのパンケーキに身を沈めたかのような。あたたかで、甘やかな心地。少しだけ怠惰で、手放せないくらい愛おしい時間。……夢と目覚めの狭間で、晶はそんな幸福を味わっていた。
     呼吸の度に肺に満ちる空気はすこし冷たい。芯までぬくもった身体にはちょうどいいようにも思えたが、あいにくと今日はもっと温かくなりたい気分だった。瞼をおろしたまま、すぐ隣で横になっている熱のかたまりにすり寄る。決して高くはない、けれど確かなぬくもりがじわじわと伝わって、知らず口角が上がった。
     このまま溶けるように眠ってしまおう、そう胡乱な頭で考えていると、不意に冷たい空気が流れ込んできて頬を撫でた。思わずきゅっと眉間に皺が寄る。せっかくいい気分だったのに、と抗議するように頭を熱にこすりつけた。そのまま、冷気から逃れるように、布団の奥を目指して潜り込む。最も心安らぐ場所はどこかと手探りで探して、やがて広くてあたたかい胸元に落ち着いた。頭を預けて深く息を吸うと、彼の匂いが胸いっぱいに満ちて、心までぬくもる心地がする。わたあめに埋もれるような甘やかな幸福を手放したくなくて、晶はオズの寝衣の裾を控えめに握り込んだ。
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