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    fuyuge222

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    8月19日~20日開催ウェブオンリー【絶対晶♀至上主義2】展示小説①です。

    約束していない二人が、指輪を交換する話。
    これ単体でも読めるはず……

    後編は再録本に収録予定ですが、オチだけ知りたい方はこちらのツイートをどうぞ。
    https://twitter.com/fuyuge222/status/1530108671140581377?s=20&t=-UCFTxnTPZResl6b3MuIBw

    ##オズ晶
    ##展示作品

    あなたの隣で石になる(前編)「何か、望みはあるか」
     問われて、晶は隣を見上げた。昨日までよりずっと近い距離にいる彼の、燃えるような瞳を見る。世界の果てだって見据えていそうな泰然とした瞳は、珍しくも落ち着きがなかった。細氷が、彼の周りで朝日を翻してきらきら光っているせいかもしれない。
    「……昨晩も言ったが、約束はしない。だが、それ以外なら叶えよう」
     オズの顔を見上げるばかりで何も言わない晶に、オズが言葉を付け足した。
     約束はしない。……ああ、なるほど。オズの言葉を反芻した晶は、すぐに合点がいった。
     オズは、昨晩の話をまだ気にしているのだ。晶への愛を告げて、けれど約束は、結婚はしないと言ったことを。
     魔法使いは約束をしない。約束を破る、すなわち己の心を裏切れば魔力を失ってしまうから。それは世界最強と呼ばれる彼とて例外ではない。むしろ、彼は誰よりもその理を遵守しているからこそ、最強の魔法使い足り得るのだろう。
     晶は魔法使いではないが、彼らにとって約束がいかに重いものであるかは知っている。だから、昨晩オズから約束はしないと告げられた時も、怒りや悲しみの類は感じなかった。むしろ、彼の口から約束という言葉が出ることに驚いたくらいだ。それくらい、晶にとってオズとの約束はありえないものだった。
     ……気にしなくていいのに。揺れる瞳をまっすぐ見つめ返して、晶はそう思った。
     けれど、それをそのまま言ってしまえば彼は拗ねるだろう。不満げに口を引き結ぶオズの姿が、晶は容易に想像できた。そういう、少し子どもっぽいところが可愛らしいだなんて、話したところでいったい誰が共感してくれるだろう。オズの弟子である、かの王子様くらいのものではないだろうか。
     彼が今度遊びに来たら聞いてみよう、そんなことを考えていると自然と笑いがこみあげてきた。オズの目が訝しげに細められる。
     ああまずい。晶は慌てて、オズへの返答にふさわしい望みを探し始めた。
     ――パンケーキが食べたい。……一昨日も焼いてもらったから、きっとこれでは納得しないだろう。
     ――オズの城から見る細氷が見たい。……今まさに叶っているので、これもだめ。
     ――名前を呼んでほしい。……もはや賢者ではないのだから、その機会はいくらでもある。
     晶は悩んだ。自身の望みなんて、すでにたいてい叶ってしまっているのだ。他でもない、目の前の魔法使いのおかげで。
     なんだろう、他に何があったかな。晶は必死に頭を捻る。望みがないと言ったところで彼は納得しないし、最悪の場合、よかれと思ってとんでもないことをやりかねない。たとえば、世界中の猫を集めるだとか、山のような宝石を部屋に詰め込むだとか。長く生きている割に他者との交流が極端に少なかったオズの「喜ばせ方」というのは少し偏っていて、しかも彼は魔力にものを言わせたパワープレイで何でも解決しようとするところがあった。
     そもそも、これはおそらく、結婚の約束ができないことの穴埋めとしての申し出だ。日頃のおねだりを並べたところで、「他は?」と言われるのが目に見えている。
     晶はいよいよ途方に暮れた。……本当に、気にしなくていいのに。何度目かわからない言葉が喉の奥に消える。
     晶の望みは、この先もずっと彼の傍にいること。そしてその望みは、他でもないオズによって今のところ許されている。これ以上、何を望もうか。
     そこまで考えて、晶はふと、自身が生まれ育った世界の慣習を思い出した。生涯を添い遂げる者たちが、約束と共に交わすというもの。
     晶は思考と一緒に沈んでいた頭を勢いよくあげた。先程よりも明るくなった地平と、わずかに目を瞠ったオズが目に映る。
    「……指輪。指輪がほしいです!」
    「指輪?」
     オズは首を傾げた。晶からねだられるのはいつだって、魔法すら必要としないような、ささやかで形のないものが多かった。彼女が装飾品をほしがるなど、はじめてではないだろうか。
    「私の育ったところでは、好き同士で指輪を交換するんです」
    「好き同士」
    「えっと……夫婦とか、恋人とかです。ふたりで指輪を選んで、お互いの左手の薬指に嵌めてあげるんですよ」
     晶の話を聞いて、オズは昔読んだ文献の記述を思い出した。晶の言う「指輪」は、ポピュラーではないものの、こちらの世界にも存在する慣習だ。なるほど。オズは晶の望みを理解した。
     オズが読んだ文献には、恋人や伴侶が贈りあう指輪というのは二人の愛の証明であり、相手が自分のものであると他者に見せつける、いわばマーキングとしての役割ももつと記述されていた。……どちらも、オズには特別必要のないものだ。物質で愛をかたどり可視化したとして、それは永劫不滅の想いを証明するものにはならない。また、彼女をこの手から離すことは決してないのだから、マーキングしたところで何も変わらない。――だが。
     オズは口を開く。
    「おまえはどのような指輪がほしいのだ」
     だが、晶が望むというのなら話は別だ。元の世界、平穏な日々、両親、友人、文明――多くのものを手放して、今ここに立つ彼女のためならば。オズにとっては必要のないものでも、晶がそれを心のよすがに望むならやぶさかではない。約束を捧げてやれないからこそ、それ以外の望みはすべて叶えてやりたかった。
     オズの言葉を受けた晶は、また少し考え込む素振りを見せた。
    「うーん……オズは何かありますか? こんなのが好きだ、とか。こういうのはいやだ、とか」
    「特にない。おまえの好きにするといい」
     ……晶の声に、ほんの少しの違和感を覚えてオズはそう答えた。なんとなく、彼女がまだ口にしていない望みがあるような気がしたのだ。
     彼女は賢者である頃から、自身の望みよりも他者を優先するきらいがあった。穏やかな笑顔の下に隠された、彼女自身も気づいていない本心を拾い上げ続けた経験が、オズの中で生きている。
    「おまえが望むなら、この世に二つとないものでも、吹雪の精霊の至宝でも、何でも構わない」
    「い、いえ! そんな大げさなものじゃなくて大丈夫です!」
    「ならば何がいい。おまえの望む指輪を贈ろう」
     オズは声に威厳を滲ませてそう言った。かつて、世界の半分を手にした大魔法使いに、叶えられぬ望みはないと言外に伝える。
     晶は注意深くオズの瞳を覗き込んで、小さく息を吐いた。
    「じゃあ、―――――」

     ◆ ◆

    「賢者様ー! 届けにきたよー!」
    「うわぁっ!?」
     双子の魔法使いが庇護する氷の街。その一角に突如現れた魔法使いに驚いて、晶は腕の中に抱えていたものを盛大にぶちまけた。
    「む、ムル!? 上から急に出てきたので、びっくりしました……」
     ばくばくと早鐘を打つ胸に手を置いて、晶は頭上で宙返りをしている魔法使いを見上げる。西の魔法使いにして元賢者の魔法使い、ムル。片手に箒、もう片方の手に小箱を持った彼は満面の笑みで晶を見下ろしていた。
    「ドキドキした? ワクワクした? 俺はね、すっごくドキドキしてる! なんでかわかる?」
    「うーん……なんででしょう。塔からここまで飛んできたから、とか?」
    「はずれ! 正解は……お届けものの後で!」
     懐かしさすら感じるムルからの質問。地面に散らばったマーシアの実をかき集めながら晶が解答するも、ムルは空中で一回転して不正解を告げた。それから逆立ちのような姿勢で晶の目の前にふよふよと降りてくると、落ちているマーシアの実を一粒口に放り入れて「すっぱーい!」と叫ぶ。……少しも変わっていない自由気ままな彼の姿を見て、晶はつい笑ってしまった。
     拾い集めたマーシアの実についた雪と土を軽く払って、貸し与えられた籠に入れる。すべて拾い終わって顔をあげると、逆さまなムルの瞳と晶の視線がまっすぐぶつかった。
    「ムル、それでお届けものというのは? というか、頭に血が昇っちゃいますよ……?」
    「逆さまな賢者様もおもしろいよ! お届けものは無事だから安心してね!」
     はい、と言ってムルが差し出したのは手に持っていた小箱。受け取ってみると、見た目よりもずっと軽い。
     もしかして。晶はお届けものの正体に見当をつける。
    「これ、もしかして……」
    「オズと賢者様が選んだ銀でつくった指輪だよ! クロエから預かってきたんだ」
    「わあ、ありがとうございます……! クロエにも、お礼の手紙を出さなきゃ」
     晶は小箱を両手で包んで、目を輝かせた。
     ひと月前、晶はオズと共に本格的に仕立て屋を始めたクロエの元に顔を出し、指輪について相談していたのだ。あくまで相談だけのつもりだったのだが、その日はたまたま西の魔法使いたちが集合していて、みなで大盛りあがりしてしまったという経緯がある。
    「銀は北の国産で、浄化したのは中央の国。指輪のデザインは俺たち西の魔法使い! 加工は東の国で、祝福は南のみんなから。正真正銘、世界にふたつしかない指輪さ!」
    「そ、そうやって聞くとすごいですね……」
     わずか一ヶ月で世界一周とは、ずいぶん忙しい指輪である。晶はしみじみと、指輪の入った小箱を見つめた。紺色の地に、白の刺繍がなされた上品な外箱はそれだけで美しい。この中に、皆が協力してつくってくれた指輪が入っているのだと思うと、ムルに驚かされた時とは別の理由で晶の胸が高鳴った。
     ムルは、世界にひとつしかないお気に入りの宝石が小箱を見つめてきらきらと光っているのを観察して、口元に弧を描く。それから無造作に自身の懐に手を突っ込んだ。「お届けもの」は、もうひとつあるのだ。
    「それから、これは俺が頼まれていたヤツだよ。こっちもあげるね!」
    「……これは」
     ムルが取り出したのは丁寧に封のされた一通の手紙だった。宛先は「親愛なる我らが賢者 真木晶様」、差出人は「あなたの愛しの猫 ムル・ハート」となっている。ムルらしくない、甘やかで洒落た封筒と相まってまるでラブレターのようだ。
     晶は左手を額にあてて、何と言うべきか思案した。晶の反応を楽しむように、ムルはニコニコと、しかし底知れない好奇心が宿った瞳でじっと晶を見つめている。数秒の後、晶は降参するように左手を上げた。
    「すみません、この封筒はちょっと……まずいというか……私、まだ命が惜しいので中身だけもらえたりしませんか?」
    「うーん、まあいいか! 賢者様の反応が面白かったから! 本当はオズがどんな反応するか見たかったんだけど、それは次の機会にしよう」
     お願いだからやめてほしい。晶はその言葉をぐっと飲み込んだ。言って止まるくらいなら、彼の魂は一度砕け散ってなどいない。……相変わらず、ムルの好奇心は魔王相手でもお構いなしのようだ。
     ムルは自ら魔法を使って手紙を開封すると、中に入っていた二枚のメモを晶の方へと寄越した。ふわふわと浮かぶそれを手にとって読んでみる。……こちらの文字には慣れてきたと思っていたが、二枚とも何が書いてあるのかさっぱりわからない。走り書きで文字が崩れている上、並ぶ言葉もおそらく専門用語ばかりなのだろう。
    「一枚は賢者様が言ってたモノの理論と検証結果。もう一枚は検証をもとに立てた『作り方』だよ!」
    「あっ、つまり……こっちの世界でもできるんですね!」
    「理論上はできるよ! オズができるかは知らなーい! ……でもオズにできないなら、誰にもできないだろうね」
     ずいっと顔を近づけてムルはそう言った。先ほどまでの人懐っこい笑みはすっかり鳴りを潜めて、ぞくりとするような微笑みをたたえている。視界いっぱいに端正な顔立ちが映って、晶はぎょっとした。思わず、後ろに一歩下がる。
     ムル、近いです。晶がそう言おうと口を開いた瞬間、びゅお、と音を立てて突風が吹いた。舞い上がった雪や氷の欠片が頬に当たったと思うと、晶の身体は何者かによってぐいと引き寄せられる。
    「賢者様、さっきのクイズの答えを教えてあげる!」
     突然の吹雪に、思わず閉じた瞼の向こうからムルの声が聞こえる。
    「俺がドキドキしていたのはスリルを味わっていたから! こわーい魔王が、いつやってくるかってね!」
     びゅう、と一際強く吹いた風を最後に、吹雪がぴたりと止む。かつん、と硬いものがぶつかる乾いた音が場に響いた。
    「……月と戯れる道化者が」
     吹雪よりもなお冷ややかな声が傍らから聞こえて、晶はぱっと目を開けた。肩に回された腕によってぎゅうと押し付けられた先は、重厚な衣服に包まれた広い胸。そこから抜け出すように頭を上げると、険しい顔をしたオズが杖を片手にムルと対峙していた。
    「今度こそ石にされたいか」
     その目つきだけで人ひとり射殺せてしまうんじゃないかというほど、鋭く冷たい眼光を宿してオズはそう言った。しかし、ムルに特段怯んだ様子はない。いつも通りの悪戯な笑みを浮かべて、心底楽しそうにオズを見ている。
     晶は慌てて、オズの外套の端を掴んだ。
    「オズ! 待ってください、ムルは届け物をしてくれて……!」
    「……届け物?」
     オズが不審げに晶を見る。晶はずっと片手に持っていた箱をオズの眼前に突き出した。
    「指輪です! クロエにお願いしていたものを、ムルが届けてくれたんです!」
    「…………」
     一ヶ月前のやり取りを思い出したのだろう。晶の手に乗った小箱を見るオズの目がわずかに細められる。その眼差しから苛烈さが薄れはじめているのを見て、晶はほっと息をついた。……少なくとも、今すぐここが荒野となる事態は避けられたようだ。
    「そういうこと! 《エアニュー・ランブル》!」
    「わっ、ムル……!?」
     いつの間にか見上げるほど高く移動していたムルが指を振って呪文を唱える。すると、空に無数の光が弾けて、やがて光は色とりどりの花びらへと変わった。大小さまざまな花弁が、オズと晶の上にひらひらと降り注ぐ。まるで花の雨だ、晶は眩しさに目を細めた。
    「俺は今も〈大いなる厄災〉を愛して、焦がれてる! ねえ、ふたりはどう?」
     箒にぶら下がったムルが、地上で花に降られているふたりへと声を投げる。
    「人間は本当に魔法使いと共にあれる? 魔法使いは人間を愛して、本当に幸せになれる? ふたりの答えを、いつか教えてね!」
     一方的に言葉を並び立てたムルは、二人の返事も待たぬまま手を振って去っていった。
     晶は言葉もなく、ぽかんとそれを見送る。オズもまた、杖を握る以上のことはせず黙って空を見上げていた。
     しばらくそうしてその場に立ち尽くしていた晶だが、すぐ頭上から、はあ、と深い溜息が落ちてきて正気に返る。少し疲れた顔をしたオズが、杖の先端でカンッと大地を叩いた。
    「《ヴォクスノク》」
     呪文が響くと同時に、ぐにゃりと世界が歪む。吸い込まれるような感覚に、晶はオズの身体にしがみついて目を瞑った。
     ……晶が次に目を開けると、目に映る風景が街並みから、見慣れた室内へと変化していた。オズの転移魔法で、城へと戻ってきたのだ。
     主を迎えるように、一斉に城の明かりが灯って、暖炉には炎が焚かれだす。
     くい、とゆるやかに手を引かれて晶は隣を見る。眉間にしわを寄せたオズが、手を握ったまま晶を暖炉の前へと連れて行った。オズの魔法で二人がけのソファが呼び寄せられて、座るように促される。導かれるままソファに座ると、同じように隣に腰掛けたオズが晶の手を離して、かわりに頬へと触れた。
    「……身体が冷えている」
     オズはそう言って、片手で晶の頬を包むように撫でた。じんわりとした体温が伝わって、晶の目が自然と細められる。
    「双子のところにいたのではないのか」
     問うたオズの声は子どもを咎めるような響きを含んでいた。この空気の中では、何を言っても言い訳みたいに聞こえてしまうよなあ、と他人事のように考えつつ、晶は口を開く。
    「最初はスノウとホワイトのお屋敷にお邪魔していたんですけど、二人が街の中なら安全だから好きに過ごすといいって言ってくれて」
     ……今日は珍しくも、オズに個人的な予定が入っている日だった。晶をひとり城に残していくことを躊躇したオズは、様々な葛藤の末に師匠筋である双子のもとに晶を預けることに決めた。我らにどーんと任せておくがよい、そう言って、最後まで渋るオズを屋敷の外へと放り出した双子の姿はふたりの記憶に新しい。
     そこまで言って晶は、あっ、と声を上げた。
    「そうだ、マーシアの実……! 収穫のお手伝いをさせてもらっていたんです。さっきの場所に置きっぱなしだ……」
     もしすることが見つからないのなら、マーシアの木に実がたくさんできているから適当に収穫しておいてほしい。収穫した分は好きに持って帰ってかまわない――双子はそう言って晶に籠を渡してくれた。常ににこやかな二人だが、あの時の二人はなんというか、新しいおもちゃを見つけた子どものような、逆に我が子の成長を見守る親のような、ちぐはぐで不可思議な笑みを浮かべていた。にやにやしていたと言ってもいい。
     ともかく、籠を受け取った晶は、双子の言葉に甘えて屋敷周りの木から実を収穫していたのだが、その中身が入った籠を外に出しっぱなしにしてしまっていた。
     慌てる晶とは対照的に、オズは難しい顔をしていた。酔ったフィガロに絡まれているときのような、面倒事に直面した顔だ。
     マーシアの実は何と呼ばれているのか、何の効果を期待されるものなのか。それを思い出して、オズは深々とため息をついた。
    「……あの場には私の魔力が残っている。説明せずとも、双子は勝手に把握するだろう」
    「ええ……でもせっかく貸してもらった籠も放りっぱなしですし……」
    「問題ないと言っている」
     なおも気にする晶に、オズはぴしゃりと言い切った。双子の思惑に気づいていないのならば、わざわざ悟らせることもない。オズは早々に、話題を断ち切った。……あの二人には後日、雷を一、二発落とすと心に決めて。
     晶はまだ何か言いたげだったが、オズは見ないふりをして、すいと指を動かした。晶の片手に乗っていた小箱がふわりと宙に浮かぶ。小箱はふたりの目の前まで浮かび上がると、空中でぴたりと動きを止めた。
     晶は言おうとしていた言葉も忘れて、驚きのままに小箱とオズの顔を交互に見た。晶の顔をまっすぐ見て、オズがゆっくり口を開く。
    「……開けるぞ」
    「は、はい!」
     マーシアの実に気を取られて指輪のことをすっかり失念していた晶はつい上ずった返事をしてしまう。しかしオズは気にした様子もなく、晶から小箱へと視線を移した。詠唱も必要としないまま、オズの意を受けて小箱がひとりでに蓋を開いていく。
    「わあっ……!」
     中身がよく見えるよう、蓋の開いた箱をわずかに傾けてやる。中に収まったものを見て、晶が思わずといった声を上げた。
     箱の中には、銀製の指輪がふたつ。細身の周縁には、感嘆の息がもれそうなほど繊細な文様が彫刻されていた。中心には晶の希望通り、石の嵌っていない空っぽの台座が据えられている。台座部分はこれまた巧みな花のデザインで形作られており、ひと目見ただけではそれが台座であるとはわからないような見た目をしていた。
     すごい。晶の心に、自然と称賛の言葉が浮かぶ。
    「すごい、すごいですねオズ! さすが西のみんな……この彫刻はヒースかな、すごく細かいところまで掘られていて…………オズ?」
     興奮のまま賛辞を並べていた晶だったが、隣に座る男が黙り込んだままなことに気づき、首を傾げた。オズは神妙な顔をして、じっと指輪を見ている。
    「……やたらとフィガロの魔力の気配がする。他の南の魔法使いたちの魔力も」
     オズはぽつりと言った。晶はまばたきをひとつして、それからムルの言葉を思い出す。
    「南のみんなが祝福をかけてくれたと言っていました。……気に障りましたか?」
     南の国の魔法使いたちが祝福をかけてくれたと聞いて、晶はくすぐったくも嬉しかった。指輪を通して、オズとの関係を祝福してもらえたような、そんな気がするのだ。
     だが、オズはどうだろうか。晶は魔法使いと共に過ごしてきた稀有な人間ではあるけれど、魔法使いではない。特に、オズは生粋の北の魔法使いだ。魔法使いにとって、他者の魔力が宿ったものを身につけるというのは、晶が思う以上に繊細な行為なのかもしれない。
    「いや……」
     オズはそれだけ言うと、また黙ってしまう。
     晶は急かすこともせず、続く言葉を待った。この沈黙は、彼が会話を望んでいないがゆえではなく、ただ言葉を探しているだけだとすでに知っている。
    「……慣れない、と思っただけだ。……不快ではない」
     オズはそう言うと、小箱の中の指輪をひとつ手元に呼び寄せた。ふたつの指輪はまったく同じデザインだが、サイズが異なる。……大きさなど、魔法でどうにでもなる。そう言い放ったオズに全力で抗議し、有無を言わせずその指にメジャーを巻いたのはクロエであった。
     オズは小さい方の指輪を手にとって、何度か傾けてその全容を観察する。ふ、とその唇から小さく息が漏れた音を晶は聞いた。
    「……よくできている。細工も、彫刻も」
     それは、先ほど晶が言葉にして喜んだ箇所だった。オズの言葉を受けて、晶の胸にあたたかなものが広がる。
     同じ指輪を見ても、人間である晶と魔法使いであるオズでは見えるものが違う。けれど、こうやって同じものを見ようとしてくれるからこそ、ふたりの生き物としての差異はふたりを隔てるクレバスにはならない。晶はそれが嬉しかった。
    「……はい。今度、直接お礼を言いに行きましょう。祝福と、浄化を担ってくれた魔法使いたちのところにも」
     寄り添うように、晶はそっと言葉を落とす。
     オズはそんな晶をじっと見て、それから雪がとけるように、ゆるゆると目元を緩ませた。
     慈しみに細められた目を向けられて、晶の心臓が跳ねる。慌てて、晶は小箱に残されたもうひとつの指輪を手に取った。
    「こっ、交換、交換しましょうか! オズ、手を出してください!」
     頬の熱を誤魔化すように、晶は早口でそう言った。さあ、と自ら手を差し出して、オズを促す。
     オズは突然動揺をあらわにした晶に内心首を傾げつつも、差し出された手のひらに己の左手を重ねた。何度も取った、やわい手だ。
     ……暖炉の炎に照らされた大きな手を見つめて、晶は思わず息を飲んだ。細く長い指が、晶の手の上で静かに横たわっている。委ねられている。待たれている。奇妙な愉悦と緊張感が、晶の心を包んだ。
     ひとつ深く息を吸った晶が、オズの指先にそっと輪をあてがう。約束のない、ただのままごとに過ぎないはずの儀式は、晶の中で確かな意味を孕みつつあった。
     指輪は引っかかることもなく、するすると嵌っていく。晶の手に導かれるまま進んで、やがて薬指の付け根に行儀よく収まった。オズの一部になった金属が、暖炉からの光を受けてきらと光る。
    「ど、どうですか……?」
     手元から顔を上げた晶が、おずおずといった様子で口を開く。いまだ晶の手の中にある指を辿って顔を見上げれば、オズは神さまみたいな目をして指輪を見ていた。
    「……晶、手を」
     指輪が嵌った手をひっくり返して、オズはそう言った。次は晶の番だ、と。
     晶がオズの手に左手を重ねると、オズはその大きな手で晶のそれをすっぽりと包んでしまった。親指が手の甲をなぞって、それから薬指の付け根に触れる。いたわるような触れ方で、オズの指が晶の指の上を往復した。
     何を考えているのか読めない瞳でじっと晶の手を見つめながら、オズはしばらくの間ただ晶の薬指を撫で続けている。そして、晶が顔に集まる熱に耐えきれずうつむく頃になってようやく、オズは指輪をあてがった。想像していたよりもぬるい温度の金属が指先に触れたと思うと、するりと付け根に収まる。散々焦らされたのが嘘みたいな、一瞬の出来事だった。
     心が追いついてこないまま、晶は自身の手を見つめた。銀に宿る鈍い光は、オズのそれと同じ調子で揺らめいている。
    「……本当に、これで満足なのか?」
     零すように、オズが言った。
     手から視線を上げると、少し訝しげな、不安そうな色を滲ませた緋色と目があう。
     晶は胸の内を飛び交う様々な感動を少しだけ心の奥にしまって、微笑んだ。――どこか達観した笑みに、オズは目を丸くする。
    「私、幸せです。オズ」
     声は震えていた。驚いているオズの左手を取って、頬へとあてる。晶は目を閉じて、ささやかな体温と、そしてその温度にすっかり馴染んだ銀の感触を味わった。
    「約束なんて、いらないんです」
     オズは一声も発せず、ただ晶を見つめることしかできなかった。彼女の頬を伝ったぬるい雫が指先を濡らしても、微動だにできない。動いてはならないと、オズの本能が恐怖にも似た警鐘を鳴らした。
     ……オズは知らない。晶の心も、言葉の真意も、涙の理由も。けれど目の前の光景は鮮烈に、オズの記憶に焼き付いた。
     晶が瞼を持ち上げる。花が散るように微笑む。濡れた鳶色から目が離せない。
    「あなたの傍にいられるなら、他にはなにもいらないんです」
     ――いつか忘れてしまう言葉は、いつか思い出す言葉となるだろうか。



    (後編へ続く)
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    fuyuge222

    DONE絶対晶♀至上主義4展示作品です。

    ハッピーエンドなら何でもゆるせる方、地雷のない方向けです。

    恋人の態度に耐えかねてオズの城を飛び出した晶と、追いかけるオズのはなし。
    めちゃめちゃ付き合ってるし、すべてが終わったあと一緒に暮らしているふたり。

    ちょっと長めなので、お時間ある時にどうぞ
    運命を手繰り寄せて「もう……もう……! 私、実家に帰らせていただきます!!」
     オズに詰め寄っていた女は、痺れを切らしたようにそう言った。ばたん、と戸を閉める音を響かせて部屋を出ていく。
     オズはその後ろ姿を目と魔力で追って、しかし何か言葉を発することはなく、やがて暖炉へと視線を移した。気難しげに眉間に皺を寄せて、黙したまま息を吐く。
     ……この話題がふたりの間に持ち出されるのは、今回が初めてではなかった。ともすれば、この城に彼女を招き、共に暮らし始めた当初から、似たような問いを投げられることが幾度かあった。
     それが何故いまさら、彼女をこうも怒らせてしまったのか。原因となる己の行動をオズは自覚していたが、さりとて彼女に説明できるだけの言葉も持ち合わせていなければ、踏ん切りだってついていなかった。今回は、事が事なのだ。
    27025

    fuyuge222

    DONE8月19日~20日開催ウェブオンリー【絶対晶♀至上主義2】展示小説②です。

    ⚠しっかりばっちりつきあっています
    せっかく恋仲になったのに、関係が全然進行しない話。
    ちょっと不安になりつつもまあオズだしなって思ってる晶ちゃんと、なんだかんだ二千年生きてる男。
    解釈をかなぐり捨て、甘さの限界に挑みました。

    パスワード外しました!
    こうなるなんて聞いてない! 晶の恋人である魔法使いは、感情表現があまり得意ではない。
     感情が薄いというわけではないが、口下手な上、顔にもあまり表れないので、何を考えているのかわからないと言われることが多々ある。二千年もの間、外界とほとんど関わることなく過ごしてきた彼は、他者に己の気持ちや考えを伝えるということがどうにも慣れないようだった。
     しかし、情や優しさを知らないわけではない。彼の一等大切な養い子や、その友人たる子どもたちを見ている時の眼差しには確かな慈愛が滲んでいる。まるで暖炉の火のような、ぬくく穏やかな愛情をもつ人なのだと、出会ったばかりの頃に晶は知った。
     そんな彼の気質は、晶が彼の恋人となってからも変わらない。二人が恋仲になったのだと魔法舎中に知れ渡った日はそれはそれは大層な騒ぎになったが、発覚から日が経つにつれ、別の疑惑と心配が魔法舎でひそかに囁かれるようになった。……すなわち、恋仲であるはずの二人が、まったく恋人らしくないというものである。
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    fuyuge222

    DONE8月19日~20日開催ウェブオンリー【絶対晶♀至上主義2】展示小説①です。

    約束していない二人が、指輪を交換する話。
    これ単体でも読めるはず……

    後編は再録本に収録予定ですが、オチだけ知りたい方はこちらのツイートをどうぞ。
    https://twitter.com/fuyuge222/status/1530108671140581377?s=20&t=-UCFTxnTPZResl6b3MuIBw
    あなたの隣で石になる(前編)「何か、望みはあるか」
     問われて、晶は隣を見上げた。昨日までよりずっと近い距離にいる彼の、燃えるような瞳を見る。世界の果てだって見据えていそうな泰然とした瞳は、珍しくも落ち着きがなかった。細氷が、彼の周りで朝日を翻してきらきら光っているせいかもしれない。
    「……昨晩も言ったが、約束はしない。だが、それ以外なら叶えよう」
     オズの顔を見上げるばかりで何も言わない晶に、オズが言葉を付け足した。
     約束はしない。……ああ、なるほど。オズの言葉を反芻した晶は、すぐに合点がいった。
     オズは、昨晩の話をまだ気にしているのだ。晶への愛を告げて、けれど約束は、結婚はしないと言ったことを。
     魔法使いは約束をしない。約束を破る、すなわち己の心を裏切れば魔力を失ってしまうから。それは世界最強と呼ばれる彼とて例外ではない。むしろ、彼は誰よりもその理を遵守しているからこそ、最強の魔法使い足り得るのだろう。
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    fuyuge222

    DONE2月6日開催ウェブオンリー【絶対晶♀至上主義】展示小説②です。

    全てが終わった後オズの城で暮らしているふたりの、ある朝の話(オズ晶♀)

    パスワードはお品書きに記載しております。
    春にとける檻 それはたとえるなら、少しぬるめのお風呂で揺蕩っているときのような。あるいは、自分より大きなふかふかのパンケーキに身を沈めたかのような。あたたかで、甘やかな心地。少しだけ怠惰で、手放せないくらい愛おしい時間。……夢と目覚めの狭間で、晶はそんな幸福を味わっていた。
     呼吸の度に肺に満ちる空気はすこし冷たい。芯までぬくもった身体にはちょうどいいようにも思えたが、あいにくと今日はもっと温かくなりたい気分だった。瞼をおろしたまま、すぐ隣で横になっている熱のかたまりにすり寄る。決して高くはない、けれど確かなぬくもりがじわじわと伝わって、知らず口角が上がった。
     このまま溶けるように眠ってしまおう、そう胡乱な頭で考えていると、不意に冷たい空気が流れ込んできて頬を撫でた。思わずきゅっと眉間に皺が寄る。せっかくいい気分だったのに、と抗議するように頭を熱にこすりつけた。そのまま、冷気から逃れるように、布団の奥を目指して潜り込む。最も心安らぐ場所はどこかと手探りで探して、やがて広くてあたたかい胸元に落ち着いた。頭を預けて深く息を吸うと、彼の匂いが胸いっぱいに満ちて、心までぬくもる心地がする。わたあめに埋もれるような甘やかな幸福を手放したくなくて、晶はオズの寝衣の裾を控えめに握り込んだ。
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