匋依「旦那っ!起きろ!」
「んー……」
「起きろこの野郎!!」
スパーンっ!という軽快な音が鳴った。同時に頭部に痛みが走り、目が覚める。
「ってーな!普通に起こせよ!」
穏やかな眠りを妨げられた苛立ちで布団から起き上がると、雑誌を丸めて持った依織が仁王立ちしていた。
「いいから起きろ!ったく、旦那のせいで寝坊だ……」
俺のせい、というのはおかしい。まず昨夜誘ってきたのは依織で、「明日は早起きだろう」と確認したにも関わらず俺の上に乗って散々よがっていた。区切りがついて寝ようとしても、もっともっとと強請ってきたのは誰だったか。
「昨日はアンアン良い声で啼いてたクセに。可愛い依織ちゃんはどこに行ったんだ?」
もう一度ぽかっと丸めた雑誌で頭をはたかれる。
「誰のことだよイオリチャンって」
かなりご立腹な様子なので揶揄うのはそろそろ止める。これ以上へそを曲げられたらもっと硬いもので殴られそうだ。
「早く服着ろ!」
洋服一式を投げて寄越される。センタープレスが効いたスラックス、皺のない開襟シャツにジャケット。雑に投げてくるくせに、俺が着ようと思っていたものを的確にチョイスしているあたり、流石だと思う。
でも、一つ足りないものがあった。
「依織、パンツも取って」
なぜ早起きをしなければなからなかったのかというと、翠石組本邸へと用があったからだ。組長……オヤジの住まいでもある本邸は立派で、大きな部屋がいくつもある。幹部クラスの組員も数名寝泊まりしている。
一度、俺と依織も共に住まないかと声がかかったこともあるが、二人して断った。広くて綺麗なところは妙に落ち着かないし、依織との「お楽しみ」も憚られる。
普段は仕事で赴くことが多いが、今日は少し違った用件だ。
オヤジが今日から数日間、組を留守にする。関西の方で大きな会合があるという。もちろん幹部数名も同行するため、本邸での仕事を任されている者が減る。そこで白羽の矢が立ったのが俺と依織だった。いや、正確に言えば依織だけだ。若年ながらオヤジのお気に入り、かつ頭も切れて仕事もできる。俺は単に依織のオマケだ。
本当ならば朝早く出発するオヤジの見送りに行く予定だったが、寝坊のせいでそれは叶わなかった。帰ってきたらオヤジにどやされそうだ。