誓い「依織、起きろ」
ベッドの上で布団にくるまって、ごそごそと動く大きな塊がある。「う」と「あ」の混じったような声を漏らしながら、一向に起きる気配はない。
冴えた冬の朝の辛さは分かる。でも朝飯が覚めてしまうから、強行手段をとるしかない。
ばさりと布団をめくれば、体を猫みたいに丸めた依織が出てきた。片目だけ開けて、恨めしそうにこちらを見ている。
「寒いわ……旦那」
「飯、できてるから食おう」
依織はだるそうに体を起こして、あくびをした。だるそうなのは、たぶん俺のせい。
依織が完全に覚醒する前に、洗濯を回してしまおうと思った。掛け布団のシーツを引っぺがす。依織の匂いがした。当の本人はまだベッドの上でぼーっとしている。
香水のラストノート。シーツの衣擦れ。寝癖で跳ねた毛先。透明で冷たい冬。翠石依織。
美しい朝だった。俺の目の前にいる依織が、気の抜けた少し幼い顔をしていることに安心する。愛おしくて、抱き締めたくなる。
「なあ〜……旦那、アレ……なんて言うんやっけ」
突然口を開いた依織に少し驚いた。
「アレじゃ分かんねえよ……」
「結婚式の、誓いの言葉」
「はあ? なんで急に……あぁ……」
少し寝室の扉が開いていた。その隙間からリビングのテレビが見えるのだが、誰かと誰かが結婚したというテロップが見えた。依織もそれを見ていた。
「俺も知らねえよ。あー、でも、最近は自分たちで好きなように誓いの言葉をたてることも多いらしい」
西門が言ってた、と最後に付け加えておく。彼のせいで妙な知識が蓄えられていく。
「へぇ……旦那、そのシーツ貸して」
依織が、俺の手にあるシーツを指差す。
「これか? 別にいいけど、なにに使うんだよ」
「まあ見とき〜」
そう言って、依織はシーツをばさりと広げ、おもむろに頭に被った。
花嫁のヴェールのように。
「ほな……。私、翠石依織は、えーっと、なんやろ。病めるときも健やかなるときも……なんかちゃうな。そうやなあ……あー、……ちょっと恥ずかしいけど…………旦那のことを、永遠に愛すると誓います」
この瞬間、世界に俺と依織だけになったように錯覚した。
朝日とシーツを纏う依織が「花嫁さんのマネ」といじらしく笑っている。気が付くと、シーツごと依織をかき抱いていた。
俺たちは過去に一度、誓いをたてた。その誓いは俺が破った。後悔はしていない。愛していたから、依織の手を離した。
でもいまは、愛しているから依織の手を掴みたい。
ベッドの上――二人だけの世界で、俺たちは静かに口付けをした。