匋依のバレンタイン「旦那、今日なんの日か知っとる？」
　カウンター席に座り、わざとらしい上目遣いでこちらを見てくる。依織本人は可愛いと思ってやっているのだろうが、二十八の男には似合わない。
「バレンタインだろ。……ほら」
　温めておいたフォンダンショコラを依織の前に出してやる。プリンが好きな依織だが、甘いものなら基本的になんでも食べる。いまも紫色の瞳を輝かせていて、先ほどの上目遣いなんかよりもだいぶ可愛い顔をしている。
「なかなか洒落たもん作ってくれるやないか〜！　ほな、いただきます」
　依織がフォークを刺してフォンダンショコラをふたつに割る。中からチョコレートが溢れ、皿の上にゆっくり広がっていく。スイーツは滅多に作らないが……うん、我ながらいい出来だ。
　半分に割った片方にぶすりとフォークを突き立て、その大きな欠片を依織は一口で収めた。
「ん〜〜♡　旦那のスイーツは格別やなあ♡」
　俺も格別だと思う。でかい口開けて、口の端にチョコレートつけて、子供みたいに笑う依織が。
　もっと近くでその顔を見たくて、カウンターを抜け出す。もう営業時間も終わってるし、いいだろう。依織の隣のスツールに腰掛ける。幸せそうな笑顔が可愛くて、愛おしくて、思わず笑いがこみ上げてくる。
「なにわろとんねん」
「いや……でっけえ口だなと思って」
「なっ……」
　一瞬固まって、少し不貞腐れた顔でショコラをつつく。さっきよりも小さな塊に切り分けて、口に運んでいる。そういうところだよ。
「依織」
　もごもご動いていた口が動きを止めたのを見計らって、顎を掬って唇を重ねた。ついでに口の端についていたチョコレートを舐めとってやる。
「甘いな」
　チョコレートの甘さだけじゃない。もっと味わいたくて、今度は薄く開いた依織の口に、舌を入れる。奥の方で縮こまっている依織の舌を刺激し、おずおずとこちらに差し出されたところをからめとる。依織の口からときおり溢れる声がエロい。
「……その顔、そそるな」
「すけべ」
「なんとでも言えよ。……なあ、依織」
　今日、ウチ来いよ。
　赤いタッセルがゆらゆら揺れる耳元に吹き込む。依織の体がぴくりと跳ねて、タッセルも波打った。
「これ……食い終わったらな……」
　ぶっきらぼうに言い放ってそっぽを向いた依織だが、耳と首がほんのり赤く染まっている。隠しきれていないところが、また堪らなく可愛いと思う。
「じゃあ早く食べちまってくれ」
「いーや。せっかく旦那が作ってくれたんやから、めちゃくちゃ味わって食ってやるから待っとき」
　依織のでかい口なら、あと一口ですべて食べ切れる。そのはずなのに、ちまちまとショコラを切り分けて焦らすように食べている。
　俺だってそんなに気が長いわけじゃない。見え隠れする依織の赤い舌に目眩がしそうだ。
　我慢できずに、皿の上に転がっている最後の欠片を摘んで自分の口に放り込んだ。
「あっ！　旦那のいけず！」
「どの口が言ってんだよ！　これ以上焦らすってんなら、ここでおっぱじめるか？」
「いやん♡　ベッドの上で優しくしてや♡　ん、っ」
　たまらず依織の唇に食らいついた。
「あんま自信ねえなあ」