A se uita la cineva ca la soale父に安らぎを。
そう願いながら、アルカードは幾度もその身に魔の炎を浴び、剣を父の体に突き立ててきた。
初めは仲間と。
そのあとは一人で。
そしてまた、気が付けば数百年が経ち、人の予言にまでドラキュラの復活による世界の終焉が囁かれる時代。
かつてドラキュラを葬った末裔達がアルカードの求めによって集い、再び事を成し遂げた。
父の真の姿はひたすらに恐ろしく醜悪な化け物だろう。それは、人から見たアルカード自身の姿でもある。
嫌悪することなどできない。
ただ、大人しく闇に帰れと願うばかりだ。
人の欲望で復活したドラキュラは、人の滅びの望みを叶えることなく、再び塵と化した。
「………」
あとは白馬神社の秘技により日食の封印を実行するのみ。
城はドラキュラの魂が離れる間に、魔力と邪悪な意思と共に封じられる。
「大丈夫か」
真っ先にアルカードに声をかける者がいた。
ベルモンドの末裔、ユリウスだ。
軽く癖のある栗毛を後ろで一括りにしつつ、どこかふてぶてしい態度は、アルカードが知る彼の先祖の面影を持ちながらどちらにもあまり似ていない気がした。
「…すまない」
きっと、また消沈した顔をしていたのだろう。
何度やっても父を葬ることは慣れない。
人にとっては恐怖、ベルモンドにとっては宿敵だというのに。
「……ドラキュラはお前の父親だ。そのことはわかっている。お前の気持ちは、誰にも理解できるものではないと思う」
素直に詫びを言うアルカードに、ユリウスもまた素直に慰めを口にする。
逸らしていた顔を戻すと、ユリウスの不機嫌そうで心配げな表情が目に入った。
思いがけず気が緩みそうになるのを努めて引き締める。まだやるべきことは残っているのだ。
「俺の心配はいらない。それよりお前の方だユリウス。大丈夫なのか?」
アルカードが問うと、ユリウスが腰に下げた聖鞭を示しながら答える。
「ああ。城の力を抑えるためにこれほど適した聖具はないだろう。リヒター・ベルモンドより後、表立ってではないが、鞭がなくとも一族はやってこれていたんだ。手放したところで…」
「そうじゃない。怪我の方だ」
「うん?」
「…ドラキュラとの戦いで、頭に傷を負っていたな。血は止まっても呪いが残ることもある。油断するな」
ユリウスの受傷は、顔と胸に消えない傷を負った先祖をなぞるようで背筋が凍る気持ちにもなる。
「は、このくらい…。ドラキュラとの戦いで命を拾っただけ…儲けものだろう」
残念ながら強がりで隠せる程度の負傷ではなさそうだ。足元のふらつきが増している。
ユリウスを仲間に預け、聖鞭を城に安置する同道を託す。アルカード自身があの武器に触れることは難しかったからだ。
城が崩壊し地獄へ帰る前に日食の儀を終えねばならず、時間もそれほどない。
急ぎ城を脱出し、日食に封ぜられる城を見送ったのち、限界を迎えたユリウスはその場で倒れた。そして、目覚めた時には己の名と悪魔城の記憶を失っていたそうだ。
それを知り、アルカードはもう二度と会わぬほうがいいと思った。
ユリウスが生きている間にドラキュラの復活はないだろう。
日食の封印が聞いたとおりに作用するなら、百年の後も、その後も。ドラキュラとの戦いは終わったと言える。
戦いのために集った仲間たちとは戦いが終われば別れが来る。当然のことだし初めてでもない。
別れを受け入れてくれたラルフやリヒターとは違い、ユリウスに何も言えなかったのは残念だが。
これでいいのだ。
共にいれば、どうしても思い知ってしまう。闇でも人でもない己が永遠に一人であることを。
思い出してしまう。一人でなかった時のことを。
(──似ていなくても、同じなんだ。お前たちは)
なつかしい血の匂いも。
力と意思の強さも。
仲間を思いやる気持ちも。
人物は違っても魂は受け継がれている。死神に言わせれば、ベルモンドの魂の色というものがあるらしい。
癪だが納得できる。
きっと太陽のような明るい色だろう。
人を照らす希望の色。
(俺の闇をも照らす、光の色だ)
──闇の中に光が差した時のことを今でも思い出す。
城の地下、闇の底でひたすら助力を待ち続けた時にラルフが現れた。
ドラキュラの息子であることを明かし、共に戦ってほしいと持ちかけ、戦いの道連れとなった。
単なる共闘関係であり、ドラキュラを討果した後は自分も滅ぼされるだろうと思っていた。諸共に滅びようとも父を止めたかったのだ。
だがラルフはアルカードを仲間と呼んだ。
人に背を預け戦えることの心強さを初めて知った。
思い出すに、ドラキュラと相対する直前、ラルフはアルカードに何か言いたそうだった。
本当にいいのかと、父殺しは辛くないのかと聞きたかったのだろう。
辛くないはずがない。
答えがわかりきっていたから黙っていてくれたのだ。
崩れ行く城を見送った時も、アルカードを手に掛けるどころか、痛みに寄り添うように共にいてくれた。
その時はアルカードも後悔と寂寥で感謝するどころではなかったが。あのあたたかさが今ならわかる。
リヒターもそうだった。
開口一番、自分のせいで父親を…とアルカードへの心配を口にするような実直な男。
ユリウスも、倒れるほどの怪我を負いながら自分よりアルカードへの配慮を先にするなどと。
(ああ、お前たちは。
共に歩むべき人間は、なんて愛おしい)
人に出会うのは父を倒すべきときのみ。
出会いは幸福で、不幸でもある。
それでも後悔はない。
夜を飛ぶ蝙蝠でも光を知ることができたのだから。
──アルカードは闇に潜み、夜でも明るい街並みを見下ろしながら今後のことを考えていた。
封印の行く末を見届けるため、いまは眠るべきではないだろう。
白馬神社の所在地、ここ日本で身を潜めるには目立ちすぎる姿もどうにかしなければ。
黒い髪がいい。
母譲りの金の髪も長く伸びすぎた。昔の父のように、肩くらいまでは切ってしまっていいかもしれない。
ベルモンド家には『アルカード』のことがしっかり伝わっている。名も変えたほうがいいだろう。
リヒターやユリウスまで、名を聞いた途端それと気付くほど。ラルフとの共闘をよくまあ長い間語り継いでくれたものだ──
「──…ふ、ふ」
自嘲が溢れた。
(どれだけ姿を変えても、俺は変わらない。俺の魂はここにしかない。愛しいお前たちのように受け継ぐこともなく、俺は俺のままどこへもいけないんだ)
祖国を離れたせいだろうか。
そんな感傷に襲われて、滑稽で笑い出したくなった。
父を屠りながら父の事を思い、仲間と別れながら仲間の事を想う。
そうだ。寂しい。寂しい。寂しいのだ。
「……死ねばお前に会えるのなら、喜んでそうするのにな」
ちゃり…と鎖の擦れる音をさせて握りしめたのは、お守りのように持っている銀の十字架だ。
別にラルフの持ち物というわけではない。
あいつから受け取ったのは物ではない。人を信じられるという心の強さだ。
アルカードが思い描くただひとり、初めて出会った友で、仲間で、心から出会ったことを感謝した者へ。
語りかけるもいまだアルカードは一人だった。
まだ死ねない。
ずっと死ねない。
母から、仲間達から預かったものがこの胸に生き続ける限り。
──後年、アルカードは有角幻也と名を変え、さらに長い時を過ごすことになる。
ユリウスとの再会、日食の封印や父の転生体である少年の見守り。意外にも忙しない時代が過ぎていって。
グリモア・オブ・ソウルに喚ばれ、愛しき者と再び出会うことになるその時まで。