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    asumafriday

    遊馬(@asumafriday)の壁です。五悠。

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    【その9】呪力はなくなったけど記憶と金と顔と足の長さは繰り越したさとるが、呪力も記憶も無い恵と野薔薇を拾って育ててたら、悠仁と出会っちゃった話。の続き〜!

    かぞくのとびら(The way to say I'm home.)9.


    悠仁は割とあっさり見つかった。
    あの足でめちゃくちゃ遠くに行ってたりしたらどうしようと、焦って車で出てきたけれど、最寄駅のロータリーの隅に並んだベンチに、フードをかぶって背中を丸める赤い塊が見えた。
    路肩に車を止め、エンジンをかけたままハザードを焚いて道路へ降りる。雨はまだやんでいなかった。傘をさしたサラリーマンや、楽しげな女子グループが行き交う人混みから離れ、雨靄の中ぽつんとどこを見るでもなく座っている悠仁の姿はひどく頼りなかった。

    「悠仁!」

    駆け寄りながら声をかけると、悠仁は弾かれたようにこっちを見た。

    「五条さん……」

    朝に見た天気予報で、夜には真冬の寒さになるって言ってたっけ。風と雨で冷やされた鼻先が赤い。眉が下がり切って、迷子の子供みたいだった。

    「おいで。車で話そう」

    その手を取ると、冷たくなっていた。悠仁は一瞬顔を強張らせたけれど、そのまま手を引けば、黙って僕の斜め後ろをついてきた。助手席のドアを開け「乗って」と軽く背中を押す。ドアを閉めてから運転席側にまわり、僕も乗り込んだ。

    「もー……風邪引くでしょーが」
    「はは、電車乗って帰る気力すら……なかった……」

    俯いて薄く笑う悠仁の髪と肩は濡れていた。

    「おかげですぐに見つかったけどね。あ、タオルあるよ。前に後部座席で恵と野薔薇が盛大にジュースぶちまけてさあ。しかも同時。それから常備してんの」

    このタオルは綺麗なやつだからね、と付け加え渡す。念のためにエアコンの温度も上げた。

    「なんか、ごめん。ガキみてーなことした……」

    受け取ったタオルに顔を埋め、悠仁はぽつりと言った。

    「俺、五条さんの目が……好きだった。優しくて綺麗な目。でも、その目はいつも俺の知らねえ誰かを見てて……それがずっと辛かった」
    「……うん」
    「気のせいなんかじゃ……ねーだろ」

    絞り出すような声に

    「そうだね」

    肯定を返せば、悠仁の肩が一瞬震えた。

    「ただの……嫉妬です……」

    タオルの中に吐き出された今日何度目かの「ごめん」が聞こえた。エアコンの風と、カチカチとハザードの音だけが静かな車内に響く。

    「……いや、謝らなきゃなんないのは僕の方……だけど、その前に聞いて欲しいことがあるんだ」

    僕は悠仁のほうを向き「今から変な話するけど、別に信じなくてもいいからね」そんな前置きをしてから、息を吸って吐いた。

    「僕には前の人生の記憶がある、って言ったら、悠仁はどうする?」
    「前の…人生?」

    悠仁がタオルから顔を出し、ゆっくりと僕を見た。

    「僕ね、前の悠仁を、知ってるんだ。悠仁だけじゃなく、恵と野薔薇のことも」
    「前?恵と野薔薇も……?」
    「そ。説明しろって言われると難しいんだけどさあ、所謂前世ってやつかもしれないし、パラレルワールドかもしれない。そういうテーマの映画とか観たほうがわかりやすい?あっ、今度一緒に観る?」

    悠仁のポカンと呆けた頬には「何言ってんだ?」と書いてあった。そりゃそうだろうな。

    「顔はいいし足も長いし金だって持ってるけど、ちょっと頭のおかしな男の与太話だと思ってくれていいよ」

    敢えて軽い調子で言うと、

    「自分で言うんかよ」

    悠仁がようやく、少し笑った。
    僕はハンドルの上で手を組み顎を乗せ、前を見る。ワイパーを動かしていないフロントガラスは雨でぼやけていた。その向こうの夜景が、対向車のヘッドライトが、僕たちを照らす。

    「その世界では3人とも僕の教え子でね。先生って呼ばれてた」
    「せ、先生だったの」
    「あは、今と逆だね、虎杖先生?」

    ちらと顔を傾けて悠仁と目を合わせる。

    「僕と悠仁は、その、まあ、付き合ってたんだけど」

    その一言に悠仁が「えっ」と目を大きく開いた。

    「待って待って、先生と生徒って言わなかった……?……その、俺、何歳だったの?」
    「ぎく」
    「ぎくって言った」
    「えーっと……15?」
    「じゅっ…「うわあって顔しないで!人生一回分昔のことだから!時効だから!」
    「ええ……」

    僕は悠仁に話した。この世界に存在しない呪術のことと、それから、年齢差のことはひとまず置いておいて、僕たちが出会ったこと、想い合っていたこと、よく行った場所、好きだった映画、地下室、鶏団子の鍋、それから、

    「最後まで、幸せにはできなかった」

    いつかの、別れ。
    俯くと、ごち、と額がハンドルにぶつかった。
    それまで黙っていた悠仁がおずおずと「そーなの?」と訊いてきたから、「そーなの」と苦笑した。これ以上のことを話すには、多分まだ、時間が必要だった。

    「だから、地縛霊くらいにはなる覚悟だったけど……」

    悠仁が「けど……?」と続きを催促した。

    「蓋を開けてみりゃそれどころじゃなかったよね。全部持ち越しちゃった。記憶も、未練も。あと顔とか足の長さ?家柄まで」

    地縛霊よりずっとタチが悪いでしょ、とハンドルに凭れかかっていた身体を起こす。車の横をトラックか何か、大きな車が通り過ぎていった。

    「おかげで学歴は申し分ないし、金だって稼げてるけど、それでも辛かったよ。世界のこと、それなりに知ってるはずなのに、微妙にズレてる。あるはずのものがあったり、無かったものが当たり前に存在していたりね」

    山奥のバカでかい校舎や焦げ臭い渋谷、そんなものこの世界のどこにも無かったし、五条家の屋敷だって所謂和風建築じゃなく、大きくて四角い今時の鉄骨住宅だった。
    何より、共に過ごし戦った仲間が、教え子が、そして恋人がこの世界のどこにもいなかった。

    「その小さなズレが、大きなストレスになってた。苦しかった。なんの罰だよって思ってたな」
    「罰……」悠仁が僕の言葉を繰り返した。

    「僕そんな悪いことしてないと思うんだけどなあ…割といい先生だったよ?」

    あまり深刻にならないよう冗談めかす。

    「いや15歳に手ェ出してたら……まあ……業は……深いのでは……?」
    「えー!精々地下鉄の大江戸線くらいじゃない?」
    「超深い自覚あんじゃん」

    見つめ合ったまま沈黙、そして同時に吹き出した。ずっと張り詰めていた車内の空気が、途端に和らいだ。

    「それはさておき」
    「さておきじゃねーけど、まあ、いいよ」
    「そこに恵と野薔薇が現れた。本当に突然だった。若い頃は同じように記憶を持った人間がいるかもしれないって思ったし、探したこともあった。だけど28年間、見つかるなんてことは一度もなかったのにだよ」

    ボロアパートの階段に座る恵、公園のブランコの野薔薇を思い出す。

    「世界が変わった気がしたよ。二人ともろくな生活してなかったみたいだけど、だからこそ、それまでの数年なんかすぐに忘れられるくらい幸せにしたいって、僕が記憶を持って生まれた理由を見つけたと思った」

    それに。

    「それに、二人がいるなら、お前にも会えるんじゃないか、そんな希望が持てた」
    「俺に……」
    「すぐに会えたね。やっぱり君たち3人は惹かれ合ってるのかなあ」

    いつだって、一番先に君を見つけるのは恵だし、一番先に君に飛び込むのは野薔薇だ。

    「我が子ながら、ちょっと妬ける」

    肩をすくめて見せる。

    「後は知っての通りだよ。最初は前の悠仁と同じとこみつけては嬉しくなってた。懐かしんでた。なんかのはずみで僕を「五条先生」って呼んでくれたときは、気を失うかと思っちゃった。今思えば本当に失礼な話だよね。ごめん」

    どんな季節でも春みたいな髪、笑った時に見える少し尖った歯、パーカーばかり着るとこ、僕を呼ぶ声、温かい手、全部、ぜんぶ、同じだった。

    「だけどね」

    なんとか気持ちを伝えたくて、僕はゆっくり言葉を探した。

    「気がついたら、知らなかったところを好きになることのほうが増えてた。野薔薇と恵を両脇に抱えたお前に、ネギを持って僕たちの看病しにきたお前に、先生っていいなって笑うお前に、目線が少しだけ僕に近くなったお前に、ビールを「自転車だから」と断って笑うお前に、僕を見上げて睨むお前に、一瞬で隣町まで行ける足を持ちながら、徒歩5分の最寄駅のベンチに座ってたお前に。全部、僕が知らなかった初めてのお前に、もう一度恋に落ちたんだよ」

    六眼ではないただの目で見たお前は、あの頃よりも、もっともっと、眩しかった。

    「あれ以上好きになることなんて、ないと思ってたのになぁ……」

    勝手に溢れたそれは、本心だった。あの頃のお前は笑うかな。

    振り切るように「以上、言い訳おしまい!」僕は声を張った。
    再び車内に静寂が訪れる。いつのまにかガラスにぶつかる雨の音が強くなっていた。

    「あのさ」

    沈黙を終わらせたのは悠仁のほうだった。
    何かを考える風に足元へ視線を落とし、そして静かに口を開いた。

    「その話が本当なら、俺は俺に嫉妬してたってこと……?」
    「そういうことになるね」

    あは、と無理に出した笑いは乾いていた。

    「前世とかなんとかって……単純に前の恋人重ねてるって言われた方がよっぽど納得できるんだけと……」
    「だよねー!」

    でも、嘘は、つきたくなかったから。

    「まあ、顔はいいし足は長いしお育ちはいいし金も持ってることを考えると、頭のおかしさ差し引いてもおつりくると思わない?」

    これ以上かっこわるいことなんて、もうないだろ。

    「だから自分で言うなって」

    悠仁はハァーと深いため息をついてから、静かに目を僕に向けた。

    「俺が信じない前提で話さないでよ」

    思っても見なかった言葉に、息が止まった。
    今。なんて。

    「し、信じるっていうの?こんな話を……」

    やっとのことでそう言う僕を、悠仁は真剣な表情でじっと見つめてから、

    「じゃあ今度は俺が、変な話するけど、別に信じなくてもいいからね」

    さっきの僕のセリフを真似た。



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