かぞくのとびら(The way to say I'm home.)13.
悠仁が言った通り、幼稚園最後の学年の冬は一瞬で過ぎ去った。何を言ってるかわからねーと思うが僕もわからん。
その悠仁とは相変わらずなかなか会えないけれど、それでも一緒に食事をしたり出かけたり。僕の誕生日や、恵の誕生日、毎年どこかセンチメンタルになっていたクリスマスですら、4人で騒がしく過ごした。(もちろんサンタ業もこなしたよ!)
時々は二人きりになって、その先も。
◇
都内はまだ肌寒く、桜も満開とは言えない。それでも、1日ごとに春になっていのが肌でわかる。
3月20日。
悠仁の誕生日と、そして、恵と野薔薇の、卒園式。
「いたどり先生」が現れた幼稚園は大騒ぎだった。〝先生〟のエプロンじゃなく、スーツを纏った姿に、園児やその父母、職員の人たちまでもが驚き、またたく間に悠仁は囲まれた。
あの日の食卓で悠仁を誘ったのは僕自身だったけれど、そこまで考えていなかった。あんなに短期間しかいなかったのに。そりゃ長期で働けば勘違いする奴も出てくるよなぁ。納得と、軽い嫉妬。
園児たちから、写真とろうだの抱っこだの、引っ張りだこの悠仁に、恵と野薔薇は不服そうだったけれど「しきがはじまるまでは、かしてやる」と後方彼氏面していた。
「かえったら、そつえんと、いたどりのたんじょうび、おいわいするから!」
僕より遥かに大人だった。
「ご親戚だったんですね」と軽やかに笑う子供達のクラスの先生に、曖昧に返事をする。悠仁と交代で戻ってきた、スズキ先生だった。
「卒園生、入場」
壁に紅白の幕が下り、梅の花が飾られたホールへ卒園生が並んで入場してくる。前を向き誇らしげに歩く恵と野薔薇のブレザーの胸には花のバッジがつけられていた。
その光景を、僕たちは父母席の一番後ろから見ていた。卒園の歌を一生懸命歌う二人の姿に、隣の悠仁はとても嬉しそう。
ふと目があって小声で「悟さん」と僕を呼んだ。
最近ようやくそう呼ぶのにも慣れてきたらしい。
「ん?」
「嬉しそうだね」
なんだ、僕たち同じ顔してるみたい。
「五条、野薔薇」
呼ばれて、野薔薇が元気よく返事をした。
生意気にもしっかり壇上に上がり、しっかりと証書を受け取った。
そのあと、舞台から降りずにどうしたのかと思っていたら、次に呼ばれて同じように証書を受け取る恵を待っているようだった。
「五条、恵」
恵が静かに返事をする。
こういうときに連番になるから、まとめて〝五条〟を名乗らせておいて良かった。
なるほど、二人揃ってから並んで降りたかったのかな。かわいいことをする。なんだかんだで、仲がいい。
二人はキョロキョロして、それから一瞬、僕と目が合った。「あ、いた」という顔のあと、二人で頷き合ったと思ったら、
「ん?」
満面の笑みで、僕たちに向けてピースサインをした。
「あ……」
笑う二人の向こうに、汚い階段に座る恵が、痣だらけの顔でブランコを漕ぐ野薔薇が、見えた。
うちに来た頃、恵は1ミリも笑わなかった。野薔薇はじゃんけんでチョキができなかった。そんな顔、ピース、できるようになるなんて、思わなかったよ。
生活の中心が自分ではなくなってから、駆け抜けるような日々だった。一緒に風呂に入ったしトイレに間に合わなかった時は尻も洗った。無限なんてないから小さなブロックを踏んでは呻いた。ソファや車でジュースをぶちまけたこと、忘れてないからな。3人まとめて川の字で寝て、両サイドから踵落としを食らったり、真夏に限ってくっついてきたり。
子供向け番組がなかなかにおもしろいことを教えてくれたのには、感謝してる。
二人が初めて触れた「外」は、この幼稚園だったね。制服、園バス、給食、プール、友達、慣れた頃に突然帰りたがらなくなって、
あの日、
あの日、悠仁が二人を両脇に抱えて走ってきた。
君たちが、会わせてくれたんだ。
3人まとめて熱でダウンして、悠仁の作ったうどんを啜った。
ゲームをすれば大人気ないって怒られる。だってまだ負けるわけにはいかないだろ。
フォーメーションYは今でもたまに発動する。主に、悠仁に構って欲しい時。
そういえば壁の落書きは最近になって何故かまた増えていた。どっちが描いたんだよ、早急に名乗り出なさい。
とっとと悠仁を追いかけろと言ってくれた、あの、大人みたいな顔。
たった、1年と少し。
でも、ああ、こんなにも、宝物。
二人ともクソ生意気だからけんかだってたくさんしたし、きっとこれからもっとする。悠仁の取り合いも激しくなるだろうね。
でも、必ず幸せにするから。
もし、いつか、どっかのバカに「親の顔が見てみたい」なんて言われることがあったら、自信持って僕をつれていけ。このグッドルッキングダディを。
顔はいいし足も長いし金だって持ってるから、ひとりでだって生きていける。
でも、もう、君たちがいないとだめだよ。
「悟さん」
「うん」
「ありがとう、だって」
「うん、聞こえた」
そして、もう一人。
君たちと同じくらい大切で、君たちとちょっとちがう大切。
今日またひとつ大人になった、お前。
「ねえ悠仁」
隣にそっと視線を向ける。ぱちりと合った目が「なに?」と言った。
「えーっと、」
「ん?」
「お、お誕生日おめでとうございます」
悠仁は、ぶは、と吹き出し、慌てて小さく「え、今?」と僕を覗きこんだ。
今日は帰りに4人で卒園と、悠仁の誕生日をお祝いをしようと約束していた。だけど、その前にどうしても、どうしても、言いたいことが、あるんだ。
「あ、あのさ」
「なに」
「僕とさ、その……」
「ん?」
「…………あーちがう。違うな」
悠仁が声をひそめたまま「だからなによ」とはにかんだ。僕は一度俯き、何度か深呼吸してから、
「……悠仁、いつだったか僕に〝家族を近くで見たくて先生になった〟って言ったじゃん」
意を決して顔を上げた。
「見るだけじゃなくて、真ん中に、おいでよ」
この先もいつだって、こうやって僕の隣にいてほしい。恵と野薔薇の成長を、一緒に感じたい。お前を待つたくさんの未来を、一緒に進みたい。
今の僕とお前を生きたい。
だから悠仁。
「僕たちと、家族になってよ」
僕の声はめちゃくちゃに上擦って、めちゃくちゃにかっこわるかったけれど、
「……おれも、ごじょうさんたちといたいでず」
しばらくして聞こえた悠仁の声もしっかり上擦って、かっこわるかったから、おあいこってことで。
誰にも見られないようこっそりと、僕たちは手を繋いだ。
さっきの子供達の表情、ピースサイン、「ありがとう」のあと、これはきっと僕だけに聞こえた言葉。
『今度こそ離すんじゃないわよ』
『今度こそ離すんじゃねえ』
そうだね。
もう、二度と離さないから。
「五条さん、虎杖先生、もっと寄ってくださーい」
〝そつえんしき〟と書かれた立て看板の前に立ち、前を向く。
「悟さんさあ、本当は式前に撮るもんじゃねえの?こーゆー記念写真って」
「誰かさんが人気者すぎてそれどころじゃなかったでしょ」
「う……」
僕と子供たちの身長差のせいで、かなり引かないと写真に収まらないと言われ、恵は僕が、野薔薇は悠仁が抱き上げた。(こんなときまで悠仁の取り合いになって、最終的に恵に「じゃ、ごじょうさんで…」と気を遣われた。さすがに傷つくんですけど)
もう一年生になるというのに、喜んで抱っこされてていいのか。いや、今日くらい、いいか。
あの頃は、君たちが僕に追いついてくれる日を夢見ていた。
今度は、君たちが僕の手を離して歩いて行く日を、悠仁と一緒に楽しみにしてるよ。それはまだ、ずっとずっと先でいいけれどね。
「はーい、撮りまーす!」
随分と前、子供たちが家に帰りたがらなくなったとき、保護者の僕を怪しんで幼稚園に呼び出した園長先生が、僕のスマホのシャッターボタンを押してくれた。
「家族写真だ」と悠仁は、笑った。
次、家のドアを開いたら、4人で「ただいま」だね。