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    五悠!!!!!!!!!!!

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    初恋エンドロール③

    一日で記憶がリセットされる虎杖と、そんな虎杖に何度でもはじめましての告白をする五条の話

    #五悠
    fiveYo

    初恋エンドロール③「あるじゃん? 記憶消してもっかい楽しみたい映画とかマンガとかゲームとか? それ出来るってよく考えたらすげくね?」
     陽気に喋る少年は、流石のイカレ具合だった。

     五条の自室である地下室は、五条にとっては馴染んた部屋であるが、虎杖にとっては何処までいっても知らない天井でしかないだろう。
     虎杖が五条の高専の生活スペースに住むことになってから、初めてのおはようの時間がやって来た。一日で記憶がリセットされる虎杖だから、朝起きてすぐに五条と顔を合わせることを何度繰り返しても、記憶には残らない。明日になったらまた初めましてになる。
     だからこそ、五条は憶えていたい。
     タイマー通りに寝室のライトが全灯になる。虎杖の部屋も同じ設定にしてあるから、覚醒はしている筈だ。さて朝はなんて言って顔を合わせようか、と五条はベッドの上で首を捻った。
     隣でがたがたと暴れている音が聞こえた。
     虎杖の部屋は五条の寝室の隣室だ。虎杖が覚醒したのだろう。事情を説明する為に虎杖の部屋に入ろうとしたところで、困惑した独り言が扉越しに耳に入った。
    「ここどこ」「俺の部屋じゃないよね」「でも物は俺の部屋のものだ」「どーゆーこと」「あ、隣に伏黒居るか? そもそもここ寮か……?」
     今虎杖の居る部屋には、虎杖の寮の自室から持って来た私物がそっくりそのままあるが、寮とは部屋の内装が異なる。学生寮らしいこじんまりした広さに、白い壁紙は少しだけ経年を感じさせて、開放的な窓がある虎杖の寮の自室。対してここは、寮よりも部屋に奥行きと高さがある。壁は煉瓦で、いかにも地下室らしい印象を与える内観だ。空調が効いていて地下だから気温は安定しているが、冬だから染み込むような冷たさが肌に纏わりつく。そして地下だから窓がない。これが一番の違和感だろう。虎杖の自室と物はそっくりスライドしているのに、部屋そのものが違う。必要以上の混乱を招いているかもしれない。
     ノックもなしに虎杖が居る部屋に入ると、まさに部屋から出ようとしていた虎杖とぶつかりそうになった。
    「ご、五条先生! よかった、先生が居て、なあここ何処? 俺の部屋っぽいけど、寮の部屋じゃないよな? 二日酔いで記憶ないんかなー、なんかヘンなんだよね」
     やっぱり記憶がなくなっている虎杖は、何故五条の部屋に居るのかも覚えていなかった。
    「君は死のゲームに巻き込まれたんだよ」
    「ん?」
    「生きて地上に戻るにはポイントを稼がなくてはならない……他人を蹴落としてでも」
    「なに言ってんの五条先生……?」
    「僕はこの死のゲームのマスターさ」
    「いやデスゲーム これが噂に聞くデスゲーム つかこんなん、主催を殴ってハイ解決だあ!」
    「ゲームマスターへの暴力は即デスペナルティでーす」
    「ぎょわー、このデスゲームの理不尽さってなんなん つーかいつまでふざけてんの五条先生! ちゃんと説明して!」
     虎杖は五条に殴り掛かって来たのだが、五条は軽くひょいと避けて、虎杖の首根っこを猫を摘むように持ち上げた。
     引っ掻くように虎杖は両手をばたつかせる。無限で阻みつつ、暴れる猫を楽しんだ。
    「いやー、ごめんごめん。ちゃんと説明するよ」
     口元に笑いを残しつつ、五条は状況を説明した。
     虎杖は宿儺を祓ってから記憶が一日でリセットされるようになったこと、虎杖が五条と生活を共にすることになったこと。何度か虎杖に告白したことは伏せた。
    「なんかおかしいなと思ってたけど、そうか……デスゲームよりは信じられるかな」
    「最初に荒唐無稽な嘘っぱちを教えて、心理的ハードルをひくーくするテクニックさ」
    「うーん手口が雑! つかそれじゃ今先生が言ったこともウソなんじゃね? って疑いが深まるんだけど」
    「さっきのは真っ赤なウソだけど、今言ったのは白い嘘ってやつ、君の為を思ってのウソさ」
    「なんでウソっぱちって赤いんだろ? 青いウソじゃダメなんかな……まあ、俺の記憶がないってのはマジなんだよな、なんか色々おかしいもん」
     顎に手を当て、神妙に頷く虎杖は、自身の現状を戸惑いつつも噛み砕こうとしているらしい。
    「ほんじゃ、お世話になりまっす! よろしくおねしゃーす!」
     オカ研所属だったくせに、体育会系の直角お辞儀をする虎杖である。
     五条への警戒がない。今日は告白をしていないから、五条の下心に気付いていないのだろう。ライオンの群れに迷い込んだウサギみたいだ。
     つまり、告白しなければ、五条が恋心を吐露しなければ、虎杖とは変わらず教師と生徒の関係でいられると言うことだ。
    「あー、腹減った! ご飯どーしよ、いつも通り寮で食えばいいの?」
    「僕と一緒に食べよう、今朝はカツサンドだよ」
    「え、いいの? ゴチになりまっす! あ、着替えなきゃ! じゃー先生朝飯でね!」
     虎杖は元気よく部屋に戻り、着替えの為に扉を閉めた。
     五条は自炊をしない。正確に言うなら、省ける手間は極限まで省く。家事は水準以上にこなせるが、仕事人間であるし、出張も多いから、食事は外食か店屋物が自然と多くなる。洗濯は伊地知に任せることもあるし、掃除はハウスキーパーに基本一任している。食事は出張がなければ取り寄せた弁当を自室で食べる。今朝の食事もお取り寄せのものだ。虎杖の分と、二人前注文してある。これから暫くは、二人分の食事が届くようにしている。必要がないことはしない、投げられることは出来る人間に投げる。
     今朝はサンドイッチで、カツがメインのミックスサンドだ。ソーセージにフルーツのキウイとオレンジも付いていて、食べ盛りの虎杖が満足できる量がある。家入辺りが見たら、無言で眉間に皺を寄せそうなくらいにボリューミーだ。値段は普段虎杖が食べている食事を、何倍もの金額にしたような高級品だ。
     制服に着替えてダイニングにやって来た虎杖が、机に並べたサンドイッチを見て、らんらんと瞳をスキップさせた。
    「うまそー!」
    「顔洗ってきなよ、洗面所はあっち」
    「はーい!」
     ダイニングと扉続きになっている洗面所を指差すと、虎杖は駆け足で向かい、すぐに戻って来た。
    「ちゃんと洗ったの?」
    「したした! せんせー、はやく食べよー!」
     まるで待てをしてもきかない飼い犬のようだ。
     高専内に五条の自室を作ってから、一度もこの部屋に来客を招いたことはない。虎杖が最初で最後になるだろう。
     テーブルで向かい合って虎杖と顔を合わせる。「いただきます」、と同時に手を合わせて食事を始めた。こうして家族のように、食卓を囲むなんていつぶりだろう。高専時代に寮生活をしていた頃が最後か。
     虎杖は元気いっぱいにカツサンドを、ほっぺたが膨らむほどに頬張っている。好物は最初に食べる派らしい。見ているだけでお腹いっぱいになるような食べっぷりだ。
    「僕今日これの気分じゃなーい、君にあげるー」
     虎杖が特に美味しそうに味わって食べていたソーセージを、箸で摘んで虎杖の口元に持っていく。本当は虎杖が食欲旺盛に食べているので、五条も食べたいのだが、虎杖が喜んで食べる様子を眺めていたい。虎杖はすでにソーセージを食べきっているし、以前みんなで食事した時、こうやって食べ物をあげたこともあるから、なんでもない行為だ。
    「いーのー いっただきまーす!」
     虎杖は一瞬怯んだように目を見開いた。
     しかしその動揺を打ち消すように、逡巡ごと口にするようにソーセージを一口で食べる。
     五条は僅かに違和感を覚えた。きっと流してはいけないような、喉につっかえた小骨のようなわだかまりがある。
    「ねえ悠仁――」
    「あ、先生、昨日何あったか教えてくんない?」
     昨日のこと覚えてないからさ、と虎杖は身を乗り出すように言う。
     虎杖の様子に思うところはありつつも、五条は昨日の説明をした。家入の診察を受けたこと、五条が虎杖の面倒を見る為に同居を申し出たこと。
     やはり告白したことは話さなかった。
    「治る可能性はないの?」
     虎杖は箸を置いて、五条の目をまっすぐに見詰める。
    「……残念ながら、今のところは」
    「そっか、でもいつまでも先生の世話になるわけにもいかないよね」
    「別にいーよ、地下室でも死んでた時も匿ってたんだし、悠仁の一人や百人くらい養えます」
    「いつまで?」
     虎杖のそれは、不意に指先を切るような、乾いた紙のような声だった。
    「治るかもわかんないのに、もう受け持ちの生徒でもない俺を、ずーっと面倒見るの? 死んでた時は事情があったし、交流会までって期限もあった、あの時は俺の為だってわかってたからありがたかったけど、今回はどうして?」
    「それは……」
     君のことが好きだから。
     そう正直にはっきりと言ってしまえば良かったのだろうけれど、五条は感情を隠して、恋心を押し殺した受答をした。
    「――だっておもしろいじゃん?」
     五条はへらりと浮薄に笑う。
    「僕の目でもどういうことか見えないってことは術式じゃない、硝子にも何が君に起こっているのか、はっきりとした原因がわからない。宿儺が居なくなったことが間違いなく理由ではあるけれど、何故こうなったかわからない。『わからない』を紐解く探究心は、術師には必要なものだよ」
     原因が不明なものにも、どうしてそうなったのか、理由がある。呪術も術と言う名が付くこともあり、法則のようなものがある。バグにだって発生条件がある、バグが直せずとも、どうして起こってしまうのかが解明出来れば対処法を考えることが出来る。
     虎杖がどうしてこんな状態になってしまったのか興味があるのは本当だ。そして、忘れてしまう虎杖のことを覚えていたいのもまた真実だ。
    「はあ……つまり興味本位ってこと? そんなおもしろいもんでもないでしょ」
    「珍しくはあるね」
    「はいはい……あ、もう高専いかなきゃ! じゃいってくるね先生!」
     虎杖は食器を台所に持って行き、手早く洗うと、逃げるように地下室を後にした。
     その態度にトゲのような引っ掛かりを覚える。朝起きたばかりの虎杖が一旦着替えの為に部屋に入り、その後朝食を囲んでから、何か虎杖がかくしごとをしているような気がする。しかし虎杖は記憶がリセットされている、まっさらな状態だ。それにこの違和感を五条は上手く言語化出来ない。
     五条も食器を片付けて、高専に向かうしかなかった。

     昼休み、校内の食堂で、虎杖は友達とお喋りしていた。いつも通りの楽しそうな風景。伏黒と釘崎の様子も変わらない。虎杖の事情は、昨日本人が話して知っている伏黒達だが、それで虎杖への態度を変えるような人間ではない。
     机に腕を乗せ、その上に顎を置いて虎杖は、
    「あるじゃん? 記憶消してもっかい楽しみたい映画とかマンガとかゲームとか? それ出来るってよく考えたらすげくね?」
     と陽気に喋る。
     脳天気だなあ、と五条は少し呆れてしまった。
    「しっかしアンタ呑気なこと言うわね、大問題でしょ」
     釘崎もやや呆れた様子で顎をついた。
    「でもさ、悩んだってどうにも出来ないじゃん、なら今出来ることを考えようと」
    「それで記憶を消して再度見たい映画の話か」
     伏黒も目を細めて、友達の発言に、考えるポーズを取った。
    「特にパッとは思い付かないが……ああ、この間観た実話系……唐突に犬が死んだから……ああいうの観た記憶だけ消したい」
    「あー! 動物がひどい目に遭うのきっついよな! わかるわかる!」
    「私は人がバーンとド派手に死ぬの時々見たくなるけど、確かに動物が虐げられてるのはねえ、なんて言うの? 人間に動物が酷い目に遭わされてるの、フィクションでも胸クソ悪いわ」
    「だよな」
    「犬とか猫が酷い目に遭うやつはさー、注意書き欲しいよな! PG十二、暴力描写注意、わんこにゃんこ好きはご遠慮ください、特に伏黒」
    「特定の個人向けの警告アナウンスがあるかよ」
    「伏黒、アンタさ、はじめてのおつかいよりも動物ドキュメンタリーに泣くでしょ」
    「ディスカバリーチャンネルとかな!」
    「こないだのウミガメ出産ドキュメンタリーは不覚にも胸を打たれた」
    「最後にはおめでとう、おめでとう! って拍手しちゃうもんな」
    「何処の最終回だよ」
     和気あいあいと話すいつもの三人組は、本当に楽しそうだ。青春を守る大人である五条だが、一歩引いた位置ではなく、輪の中に入って騒ぎたい年頃からは卒業出来ていない。
    「記憶を消して観たい映画ってのは多いよね、僕にもたくさんある」
    「あーっ、俺は五条先生にネタバレされた映画の記憶を消したい」
     五条が会話に参戦すると、伏黒と釘崎は、チャンネルを了承なしに変える父親を見るような目になった。虎杖だけはノリノリで、五条と笑い合う。
    「ネタバレ知ったヤツのリアクション見るのおもしろいじゃん? 意識しないようにしてんのにそうすると余計にネタバレのこと思い出したりさ」
    「五条先生ってさあ、修行の時すげえちょっかい掛けてきたけどさ、いつもあんなんなわけ?」
    「映画館じゃ大人しくしてるよ、でも僕あんま映画館行かないんだよね」
    「そうなん?」
    「ほら僕、この座高と脚の長さでしょ? 最後列一択じゃん? うっかり前の席蹴らないように気ぃ付けたりとかだし。追ってるシリーズの新作とか監督のなら観るけどさ、やっぱおうち映画が最強だよね」
    「俺は映画館の空気好きだよー、一体感っての? 声とかなくても、わかんじゃん、面白いとこはみんなクスってなってて、泣けるとこは鼻啜ってんの」
    「映画後にカフェで感想戦もいいよね」
    「うんうん、あー、喋ってると映画観たくなってきた! 先生、オススメのない?」
    「記憶消してもっかい観たいってやつかあ……」
     五条はお気に入りの作品の名前を挙げていく。トリックが仕込まれていて、何度観ても楽しめる名作。伏線が秀逸で、ストーリーが結末に向かって収束している傑作。単純に楽しめる爽快なエンターテイメント。虎杖が好きそうなアクションもの。
    「殆ど観たことあるやつばっかだな、つか俺五条先生コレクションのばっか観せられてたもんな」
    「買い足したやつもあるけどね」
     経費で落とした、正確には落とさせた映画とか。
    「あ、観たことないタイトルもあるな」
     虎杖はかの名作のタイトルを読み上げた。タイムトラベルものの金字塔で、映画好きの虎杖が観たことがないなんて信じられないビッグタイトルだ。
    「それ観せたことなかったっけ? つか今まで観る機会なかったの?」
    「名作過ぎて逆に、って言うか、タイトルとざっくりとしたあらすじで知ってた気になってたっていうか」
    「金ローとかでやってなかったっけ?」
    「うーん、なんやかんやで今までタイミング合わなかったな」
    「作品に出会うのもタイミングあるよねー。ああ、僕なんかは逆に評価高いやつだと身構えるっつーか、斜に構えちゃうんだよな、全米が泣いたー、って統計取ったのかって」
    「全米が泣いたってホントに全米が泣いたんじゃないの」
    「国民一斉送信のアンケートで『この映画に泣きました? イエスオアノー、って調査受けたらさ、泣けませんでした、って回答するとなんか人の心ないみたいじゃない?」
    「うーん、泣けるやつは泣けるけど、泣けなかったら俺は泣かなかった、でいーんじゃない」
     映画談義で盛り上がる五条と虎杖の会話に、伏黒と釘崎は割り込み出来なかった。する気もなかった。
     映画オタクになっちゃって、と釘崎は級友を慈悲の眼差しで見詰めた。伏黒はと言えば、すっかりノリが五条と同系色になってしまった友達と出会ったばかり時の、一年の頃の姿を思い出していた。
     二週間足らずで五条のノリに染まり始めていた虎杖だ。洗脳されやすく、共感性が高いのだろう。
    「そうだ、その映画さ、DVD持ってないんだった」
    「そーなん? 先生その映画好きなのに」
    「コレクションってんでもないけど、蒐集して棚に並べて満足、ってのもある僕だけど、基本一回観た映画を見返さないんだよね、記憶力良いし、その分色んな映画観たいって言うか」
     件の映画は、リバイバル上映で三部作一気に観たのだった。
     親友と一緒に観て、上映期間中に珍しく二回目の映画に駆け込んだ。家入も連れて、三人で任務帰りの平日昼間に映画を楽しんだ。ポップコーンを食べながら、家入も珍しく映画にのめり込んでいた。がらがらの館内に響く轟音が、銀幕の中に自分達を連れて行って離さなかった。
    「じゃあ今日観る?」
    「今日? え、先生一緒におうち映画してくれんの?」
    「だって明日になったら忘れちゃうだろ? 決まり、放課後僕のシアタールームね!」
    「あ、放課後は家入さんの診察あるんだった」
    「じゃあ終わったら、外門に集合! おうち映画と言ったら?」
    「ポテチとコーラ!」
    「コンビニ限定のファミリーパック買おー!」
    「いえーい! 先生わかってるー! あ、伏黒と釘崎もどう?」
    「いいわよ私は」
    「俺も」
    「そ? んじゃ映画はレンタル? ビデオオンマウンド?」
    「一緒に借りに行かない?」
    「いいね! つか先生もレンタルショップ行くんだ?」
    「行くよー、ふらっと立ち寄ってパッケージで選んで、クソ映画でも笑えれば上々! あと悠仁みたいな子どもが、周りに誰も居ないの確認して十八禁コーナー入っていくの眺めるのめちゃおもしろいしね」
    「虎杖は堂々と入って行くけどな」
    「伏黒バラすなよー!」
     違和感はきっと気のせいだったのだろう。虎杖はこんなにいつも通りに楽しそうに笑っているのだから。
     放課後、五条は虎杖と合流して、二人で高専最寄りのレンタルショップに向かった。最寄りと言っても歩きで三十分程度の時間が掛かる。
     話しながら並んで歩いたので、時間の流れはあっという間だった。
    「しかしさ、記憶消して楽しめるって言っても、そこまでしてまた観たいって思ったことさえ忘れるんだから、本来の『記憶消してまた観たい』の楽しみ方は出来ないんじゃない」
    「ん? あ、そっか、だって明日になったら映画観たこと自体忘れるしな。記憶リセットされる前に観た映画もダメだよな、観たの覚えてるもん」
    「じゃあ明日、僕が観せたげるよ」
    「俺が、観たこと忘れてて、また観たいって思ったことも忘れてても、先生が観せてくれるの?」
    「完全初見のリアクションを、同じ人間で二回味わえるなんて中々ない経験だからね」
    「あはは、五条先生、明日またよろしくね」
     明日には今日のことを全て忘れてしまう虎杖と、明日の約束をする。五条だけが覚えている約束を交わす。
    「こちらこそ。明日はネタバレして、悠仁のリアクションを眺めさせてもらおうかな」
    「今日も明日もネタバレはやめてくんない⁉」
     映画は三部作だが、一作目だけ借りることにした。明日には忘れるとは言え、三部作を何日も立て続けに見るのは少しハードだ。それに、続きを見る約束を後日に出来るかもしれないし、と恋する乙女のような思考に、五条自身むず痒くなってしまった。
     コンビニでポテチとコーラを買い込んで帰路に着いた。いつまでこの日々が続くのかはわからないけれど、今日は楽しく映画を観て過ごそう。
     ――『そっか、でもいつまでも先生の世話になるわけにもいかないよね』
     不意に、虎杖が朝言っていたことがリフレインした。

     *

    【続】
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