嘘をついてほしかった 夜もどっぷり更けた頃、その男はやってきた。
「やあ、旦那様! まだやってるよな?」
「──店仕舞いだ」
「いやいや、まだやってるだろう!?」
勝手にカウンターに座る男は、かつて義弟だった男。そして、父の死をきっかけに、本性を現し、家族ではなくなった男。
「騎士団の仕事が溜まっていて、すっかり遅くなっちまった」
「………」
「それもこれも盗賊団がモンドの街を脅かそうとしてるからなんだよなあ」
「………」
「はあ、猫の手も借りたいぜ」
「君は静かに飲めないのか?」
「なんだ、ここでは愚痴も許されないのか?」
他人を馬鹿にしたような目で笑う元義弟に、反応した方が負けだと心を鎮める。
この男が好む『午後の死』という酒の匂いが、二人しかいない店に充満する。酒は飲まない主義だが、この酒だけはもう慣れきってしまった。
「なあ、知ってるか?」
「──何を?」
「一年の終わりに、家族は集うものらしい。旅人がそう言っていた」
「………」
異なる世界からやってきた少女は、モンドを混沌から救った。以来、彼女は小さなものから大きな出来事まで事件に突っ込んでは巻き込まれていく。まるで、代理団長を勤める後輩のように。
そんな少女が様々な国を旅していることは知っていた。だが、それと今の言葉をどう解釈したら良いのか分からない。だいたい、何故、その言葉を、この男から。
沈黙だけが二人の間を通り過ぎていく。ガイアはグイッと酒を飲み干すと、カウンターにモラを置いて立ち去る。
だが、店の扉を開けた一瞬だけ振り向く。
「来年も幸運を。──義兄さん」
「──っ!」
何も返せないまま、ガイアは立ち去った。
あの男の言葉は大半が嘘。なのに、こういう時は、真実を潜り込ませてくる。
「──っ、くそっ!」
机を叩いた手が痺れている。
ガイアはいつだって、真実を言ってほしいときに嘘をつき、嘘をついてほしいときには真実を告げる。本当に、ままならない。
──本当は、あの日、あの時だけは嘘だと言ってほしかった。
カーンルイアのスパイだと。
そのために、ラグヴィンド家に潜り込んだのだと。
義兄弟として過ごした日々は、全て偽りなのだと。
「来年も、君に幸福を。──ガイア」
それでも今日だけは、唯一の家族である君に祝福を祈ろう。