Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 72

    sayuta38

    ☆quiet follow

    鍾魈短文「わたあめ」

    #鍾魈
    Zhongxiao

    わたあめ 稲妻では祭りの時に着る服などと言って、揃いの浴衣とやらを着せられ稲妻の祭りに行くことになった。
     人が多いので、はぐれては大変だと言って手を繋がれた。
     鍾離様の御手は、我の手より幾分か大きく、包まれてしまえばその温かさに心臓まで温もりを感じる。いつもは手套に隠されているお互いの皮膚が触れ合っているというだけで、なんともいたたれない気持ちになった。
     時折力を込められたり、指ですりすりと撫でられたりすると、自分の体温がどんどん上がっていく気さえした。ちらりと鍾離様の顔を盗み見れば、とても楽しそうに笑っておられる。このように人が多く、誰に見られるかも知れない場所で手を繋ぐなど勘弁して欲しいところであるが、鍾離様が楽しそうだと我も楽しいのは事実である。
    「鍾離様は、祭りが好きなのですか……?」
    「別段好んでいるわけではないが、海灯祭とはまた雰囲気が違って非常に興味深い。特に売っている食べ物などは、璃月とは大きく違う」
    「なるほど。我も見た事のない食べ物が多いです。あの雲のような食べ物は何でしょうか?」
    「あれはわたあめだな。甘味を使って作られているようだ」
    「甘味だけであのような形に……?」
    「近くで見てみるか」
     我の有無を聞く前に、鍾離様はわたあめの屋台へと足を進めた。店主が元気よく挨拶をしてくるのに、鍾離様は軽く受け答えをしている。どうやら作るところを見せてくれるようだ。見本としてわたあめが屋台へ挿してある他に、袋に包まれたものが傍へ飾られている。風神、岩神、雷神……袋の柄は、神々を随分と可愛らしい姿にされて描かれていた。
     石珀のような色をした甘味を機器の中心に店主が入れると、カラカラ、と軽快な音がした。しばらくすると、甘い匂いと共に雲のような物が現れ、それを木の箸で集めていくと、あっという間に大きく膨れ上がり見本と同じわたあめとなって眼前に現れた。
    「食べてみるか? 甘いぞ」
    「では、少し」
    「どの柄が良いか?」
    「……岩神の柄にします」
     主君の目の前で主君の柄の食べ物を購入するなど羞恥心でいたたまれない。これでは岩王帝君のことが好きだと言っているようなものだ。事実そうなのだが、恥ずかしさを隠すために風神を選べば、鍾離様が心做しか落胆する姿が容易に想像できる。
    「さて、どこかへ座って食べようか」
     上機嫌で岩神のわたあめを手に持った鍾離様は、人の少ない方へ行こうと我の手を引いて、来て早々だというのに足早に祭りの場所を離れた。
    「これは、どのようにして食べるのでしょうか?」
     岩神柄の袋を開ければ、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。それにしても、この量はとてもではないが食べ切れる気がしない。
    「これは、手でちぎって食べるか、そのままかぶりついて食べるものだそうだ。このようにな」
     すっ、と横から鍾離様の手が伸びてきて、一口サイズのわたあめをちぎり取った。それを我の口元へと運ばれる。これは、食べろと言うことなのかとちらりと鍾離様の顔を伺えば、口を開けろという身振りをした。
    「早くしないと溶けてしまう」
    「では、その……いただき、ます」
     鍾離様の手を噛まないように、そっと口の中へわたあめを迎え入れる。舌で転がした瞬間にそれは溶けてなくなってしまった。甘い、儚い味だった。
    「どうだ?」
     そう言いながら、我が齧った残りを鍾離様が口に入れている。同じものを共有しているという事実に、顔から火が出そうだった。
    「甘い、です」
    「もう少し食べるか?」
     また少しちぎっては我の口元に持ってきて下さる。出されたからには食べなければならないと口に含む。甘く溶けていく夢のような味は、少し心地が良かった。
    「気に入ったか?」
    「……嫌いではないです」
     鍾離様の手を煩わせるのも、と自らの指で摘んでみようとしたが、鍾離様に手を掴まれてしまった。
    「これは、力を入れると硬くなってしまい、ふんわりした感触が薄れる。食べたければ俺が運んでやる」
    「ですが、力加減くらい我もできます」
    「では、俺に食べさせてくれ」
     雛鳥のように施しを受けずとも自分でそれくらいできると抗議した。すると手は解放してもらえたが、結果鍾離様が口を開けて待っているということになってしまった。
     できるだけ優しい力加減でわたあめに触れ、そっと引っ張る。力を入れなさすぎたせいか、鍾離様の一口よりかはだいぶ小さくなってしまった。この大きさで大丈夫だろうかと思案しながら、ひとまず待たせてはいけないとゆっくり鍾離様の口元へ運ぶ。
    「どうぞ」
     段々手が震えてくる。恥ずかしくて、指先の熱でわたあめが溶けてしまいそうで、早く食べて欲しいとすら思う。
    「あっ、ひっ」
     ぺろり、我の指ごとひと舐めした後に、ぱくんと指ごと口内へ迎えられ、鍾離様の舌で転がされた。這い回る舌の感触に、じわ、と目尻に涙が溜まっていく。
    「なるほど、甘いな。確かにこれを全部食べるのは中々大変そうだ」
     ちゅ、と音を立てて、鍾離様の唇が離れていく。先程自分も食していたはずなのに改めて感想を述べられると、羞恥心で身体が段々熱くなってくる。
    「魈、口付けがしたい」
    「んむ、ん」
     周りに誰もいないのをいいことに、鍾離様は我の返事も聞かずに強引に口付けをする。鍾離様の舌は甘く、気持ちが良く、次第に視界が覚束なくなっていく。
    「もうすぐ花火があがるそうだ。それを見たら璃月に戻るか」
    「は、い」
     言うや否や、心臓まで響く轟音と共に空へ大きな花火が浮かんだ。なるほど、璃月のそれとはまた違った趣があるとは思うが、稲妻の花火にそれほど興味がある訳ではない。それよりも身体に籠る熱を吐き出したくて仕方ない。
    「……鍾離様」
    「なんだ?」
    「璃月に戻ったら、その、残りのわたあめを共に食べてはくれませんか?」
     我の精一杯の誘い文句だった。きゅう、と鍾離様の衣服を掴む。目をぱちくりと瞬かせた鍾離様は、口角を上げ嬉しそうに微笑んだ。
    「勿論。お前の可愛い誘いを断る理由はないからな」
     空を彩る光に照らされながら、再度唇を重ね合う。甘く夢のような時間がいつまでも続けば良いと思わずにはいられないのであった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍😭🍭🙏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works