「七海、ハッピーバースデー!!」
パンっ。その小さな形状にしては、随分と大きな破裂音と共に七海の頭にびろびろと伸びた細い紙テープと、長方形の紙吹雪が落ちてくる。クラッカーの紐を引っ張り満足そうにニコニコ笑っている夏油は、七海は色が白いからカラフルなのが合うね、などと楽しそうに語っている。
夏油の手にあるクラッカーと、七海の頭に降り注いだ紙テープは繋がっている。傍から見れば相当滑稽だろう。頭の紙テープと紙吹雪を手で払い、祝ってくれた事に対しては素直にお礼を告げる。
「ありがとうございます。……ですが、その格好でハッピーバースデー、はどうなんですか?」
「私は別に無宗教じゃないからいいんじゃないかな。」
持っていたクラッカーをポイッと横に投げ捨てた夏油。袈裟を身にまとい、草履を履いて、長髪を除けばそのアルカイックスマイルも合わせて立派なお坊さんに見えるだろう。当の本人は形だけとは言え宗教団体の教祖だったのだから、無宗教と言うのはどうだろうか。
「あぁ、七海は違うもんね。愚弄するつもりは無いんだ。」
「ほぼ日本人ですし、神なんて存在は信じていないので別に気にしてません。」
「だよね。私もさ。」
パチン。夏油が指を鳴らすと足元に散らばったクラッカーの残骸が消え、ふかふかのソファーが現れる。それに驚くことなく腰を降ろし、これまた生えるようにして出てきた机と、その上に並べられるご馳走を見て夏油は満足そうな、七海は呆れた顔をする。
後悔なく呪霊を祓い、生き抜いた。つもりだった。なのに七海は目覚めた。ただ只管に続く真っ白い床と青い空。領域内かと焦り、背中に手を回すも鉈は無い。領域を破る手立てを持たない自分にはどうする事もできないと、悔やんでいた七海に突如影ができ、上を見上げると見慣れたエイのような呪霊に乗った夏油がそこに居た。記憶にある通りの呪力に、ここは領域ではないと悟る。
混乱する七海に、夏油はここは死後の世界で、他にも見知った呪術師や呪詛師、夏油が言うところの猿がいることを教えた。望めば彼らの元に行けると言われたが、特に興味も無いし、一欠片の心残りーー灰原ーーは輪廻転生の輪に加わっているだろう。死んだ私にできることなど存在しない。なのに、何故私は死後の世界とやらにいるのだろうか。やはりこれは領域、術式なのかと疑う七海に、夏油は何の躊躇いもなく言ってのける。
「多分だけど、七海がここにいるのは私のせい。」
「は……?」
「七海には何も告げずに消えて、勝手に悟と戦って死んだだろう?」
「事実だけ述べればそうですね。」
「付き合ったのだって実質一年あるかないかで、大して恋人らしいこともできてなくて、別に七海に認めてもらいたいとか、そういうのは無いけど、」
「………」
「本当に好きなのにあんな形で終わるだなんて、私、未練タラタラなんだよ。」
「……それで。」
「七海はきっと未練はないから成仏するところを、私の未練のせいで、私の元に来たんだと思う。」
そういう訳でよろしく、七海。
そう言われてから約九ヶ月。ここは望めば何でもでてくる便利な空間らしく、昼夜の概念こそないものの、夏油は時計とカレンダーを出して毎日バツ印を付けていってはクリスマスだ、大晦日、正月に夏油の誕生日など。夏油がしたかったらしい行事を楽しみ、今日は七海の誕生日。夏油が腕によりをかけた(正しくは望んだだけの)ご馳走にケーキは二人分にしては多い。
「いつも思うんですが、死んでいるのに食べる必要ありますか?」
「こういうのは雰囲気を楽しむものさ。誕生日と言えば先ずはケーキだろう?」
やっぱりイチゴのショートケーキは鉄板だよね。机のワンホールをカットする夏油に、まだケーキを出すつもりなのかと七海は言葉を失う。それを察したらしい、夏油は切り分けたカットケーキの乗ったお皿を七海の前に置き、笑う。
「言っただろう七海。私は未練タラタラだって。」
「だからと言って……、」
「勘違いしないでおくれ。」
別のケーキを出すつもりじゃないのか。心外だとばかりにポーズを取ってみせる夏油は、いつになく真剣な雰囲気を纏っている。
「七海の誕生日なんだ。一般的なお祝いは勿論、高級レストラン、一日中デート、二人で夜景を見るのだっていい。他のイベントもそうさ。一度で全部済ませる気はないし、七海としたいことは沢山ある。」
「はぁ。」
「死んだ私達には時間がいくらでもある。なら来年、再来年……もっと先の七海の誕生日に別のケーキを用意すればいい。だから今日はショートケーキだけさ。」
うきうきとグラスにシャンパンを注ぎ始める夏油に、七海は空いた口が塞がらなかった。七海とて、夏油と恋人らしいことをした覚えは数える程度。夏油のこの奇っ怪な行動もそれなりに楽しむくらいには、未だに夏油を好きでいる。が、それも一年で満足すると思っていた。
そこまで自分としたい事がある。つまり、ずっと一緒にいるつもりだったとは思いもよらなかった。随分と小っ恥ずかしいことを聞いた気がし、顔が火照る。
「ふふ。私の未練が無くなるまで、ずっと傍にいてくれると嬉しいな。」
「嬉しいも何も、夏油さんの未練が無くなるまで私は成仏できないのでしょう?」
「そうだね。……となると、いつになるかな。」
「……そんなにですか?」
「当たり前じゃないか。七海と離れたくないんだ。案外ずっとこのままかもね。」
ジョークのような口振りの夏油だが、目が笑っていない。本気なのだろう。
「それも、悪くない、か。」
「うん?何か言ったかな。」
「いいえ、何も。……で、この後は?」
「当然プレゼントも用意しているよ。でも食事が先かな。七海、誕生日おめでとう。」
「……ありがとう、ございます。」
死人の誕生日を祝うなんて馬鹿げている、と思いつつも、七海はそれを拒めなかった。
「ところでさ、私一つだけ納得いかないというか、引っかかってるんだよね。」
「なんですか?」
「私が26で、七海が28ってこと。ただでさえ遅生まれで、七海とは半年も誕生日が離れてなくて気にしてたのに。死んでるから2歳差が埋まらない。」
「……アナタは私の先輩ですよ。」
「そうだけど、気になる。……これのせいで一生未練残るかもしれないな。」