19:45、五条と今日は午前しか予定が入っていなかったのに、急遽応援で呼ばれて気付けば定時過ぎ。朝方早かったこともあり、普段よりも幾分か疲労感がする。自炊をする気にもなれず、かと言って疲れのあるまま食事をどこかで取る気にもなれず。適当に何か買って家で食べよう、そうしよう。自宅までの道のりにある店から、どこに寄って帰るか算段を立てながら歩いていると、一台の車が目の前に止まる。
高専に支給されている車種だとわかり、眼鏡に手を添える。今日はもう一仕事ありそうだ。任務後に晩御飯だな、と諦めかけたところで、窓が降ろされ出てきた顔に思わず舌打ちしたのは私の落ち度ではない。
「ちょっと七海〜。人の顔見て舌打ちとか酷くない?」
「いいえ、全く。任務なら寄り道しないで早く行ったらどうです?」
「違う違う、これから帰るとこ。七海も乗りなよ。」
後部座席全てを使うように斜めに座ってその長すぎる身体が比較的楽になる体制を取りながら乗っている五条さんは、運転席に座っている補助監督に指示を出して助手席のドアを開けさせる。顔馴染みのある補助監督であれば五条さんの誘いを断っていたが、彼は見たところ新人で、ついでに私はとても疲れている。五条さんを送ったあと、家の近くで降ろしてもらってコンビニに寄ろう。
でないと運転席で五条さんにイジられてどうしていいのか分からない顔をしている補助監督が可哀想だ。ため息を押し殺し、大人しく乗車することにした。
てっきり五条さんを先に送って行くものだと思っていた車は、真っ直ぐ私の家へと向かっていく。コンビニ前で降ろして貰おうとするも、五条さんが絶えず話しかけてくるし、この辺でいいですよと告げても、五条さんが補助監督に七海の家まで、と直ぐに被せるものだから、そのまま自宅まで着いてしまった。どうしたらいいのかと目で訴えてくる補助監督が本当に可哀想だった。後で高専に差し入れと、伊地知くんにフォローを入れてもらうよう連絡をしておこう。
乗せてもらった礼を告げて車から降りれば、何故か五条さんも車から降りる。嫌な予感しかしない。
「じゃ、運転ご苦労さまー。」
私と五条さんが降りたことを確認すると、補助監督は車を出してしまう。
「……何するつもりですか。」
「え?久しぶりに七海と飲もうかと思って。」
「飲めないでしょう。」
「僕は食べるし、お酒じゃないの飲むからいいんですー。早く部屋ん中入ろうよ。」
ずい、と膨らんだビニール袋を両手に差し出されて、思わず口を閉じる。最初からそのつもりだったとは気付かなかった。用意周到過ぎる。
ここまでしているのだ。梃子でも動かない五条さんは相手にするより、すんなり聞き入れて流した方が対応がラクだ。言われるがまま、鍵を開けて五条さんを招き入れる。
いつ来ても綺麗だよね〜、エロ本とか見られたら困るもん置いてあるくらいの隙ないの?など好き放題口にするのを無視し、スーツのジャケットをハンガーに掛け、ネクタイを解き、背負ったままの鉈を降ろす。報告書は五条さんが帰った後に書いて明日提出すればいいだろう。
「七海ー、グラスどれ使っていい?」
いつの間にか目隠しを外してサングラスをかけた五条さんは、ビニール袋の中身だったデパ地下で購入した惣菜類と、如何にも自分が飲むもの以外は適当に買ってきましたというのがわかる銘柄のワインを二本(ご丁寧に二本とも違う銘柄で赤と白が一本づつ、そこそこな値段のもの)を並べ、キッチンにある食器入れを覗いている。
「私が出しますから。」
頼んだら私の分まで普通のグラスを出てきそうなので、断って五条さんの分に客用のグラスと、自分のワイングラス、それからオープナーを手にリビングへと戻る。グラスを渡し、折角貰ったのだからと、肉類が多い机を見渡してから赤ワインを開ける。飲んだことは無いが、香りは悪くない。
「で、何故突然?」
「えー?だって七海、今日色んなやつとご飯食べたでしょ。」
「……そうですね。約束してた訳ではありませんが。」
「だから僕も七海と食べようと思って。」
「くだらない理由ですね。」
「僕だけ仲間ハズレみたいで嫌なんですぅ。」
虎杖くん、あとは釘崎さん辺りから聞いたのだろう。伏黒くんはあまり五条さんには言わなそうだ。自分の生徒を羨ましがるとは。それで即行動に移すのだから、五条さんらしいと言うか、子供っぽいと言うか。食事を用意するのが面倒だと思っていたところだから、プラマイゼロということにしておこう。
不機嫌になりつつある五条さんにグラスを軽く上げてみせれば、意図が伝わったようでオレンジ色のジュースが注がれたグラスを突き出してくる。たまにはこういう日も悪くない。
「お疲れ様です。」
「カンパーイ!」