おはようサタ伊「まだ寝てるのか?」
ノックを数回繰り返したところで、部屋の主からの反応が返ってくることはなかった。D.D.D.でチャットを送ったところで既読はつかないし、電話にも出ない。
昨晩、通話しようと約束したはいいが、実際に話し始めて早々に彼女の反応が消えたのである。
「君、あの後部屋から出てないだろ。大丈夫なのか」
まあ、こんな風にノックをしたところで反応が返ってくることはないだろう。確信めいた何かが自身の胸を刺していた。
「開けるぞ」
せめてベッドにきちんとたどり着いていれば、という思いはすぐに消し飛んだ。彼女は、床に転がっているクッションに顔を埋めて、すやすやと眠っている。カーペットの上にいるのがまだ救い、だろうか。
奥の机には酒を飲んだ後が散乱していた。しかもこれは、人間界の酒だろう。アイスペールと水差しも横に並んでいる。グラスから垂れた水滴の跡が木の机に染み込んでいた。
「おい、こんなところで寝たら風邪を引くだろう」
「う〜〜……」
半分以上眠りの世界にいるらしい。ぼんやりとした、細くて眠そうな目がこちらを捉えたかと思えば脚にしがみついてきた。しかも意外と力が強い。
「おい!おまえ、これでも起きてないのか!?」
何とか己の脚から手を引き剥がして、彼女の顔の様子を窺う。先程開いていたはずの目は、再びしっかりと閉じられていた。
「しょうがないな」
転がっている身体を抱えて、すぐ横にあるベッドへと寝かせる。こういう風に世話を焼く時間も愛おしいと思えるのだから、恋人というのは不思議なものだ。
「そんなに隙だらけなんだ、俺に何をされても知らないぞ?」
前髪をそうっと横に流して、彼女の額に唇を寄せる。何をしたとしても許されている。そういった支配欲に近い愛が胸の内を占めていくのが分かる。
「続きは君がきちんと起きてから、ね。おやすみ。良い夢を。あまりにも起きるのが遅かったら、また起こしにくるからな」
少し気障ったらしい態度だっただろうか。自身の為した行為に対しての羞恥がジワリと耳に集まっていることには気付かないフリをして、愛しい恋人の部屋の扉をそっと閉めた。