邂逅 随分と前に彼女が、夜に眠れなくて起きちゃったときはホットミルクを飲むと良いよ、と言っていたのを思い出す。
「そこにウイスキーとかのお酒を入てみるの。あ、デモナスとかどう?好きでしょう?」
まあ、すぐに世話になることはないだろうと記憶の片隅に追いやっていた訳だが。とっておきの秘密を共有する悪戯っ子のように、彼女は楽しげに笑っていた。
人の気配が薄れた館の廊下を静かに歩く。忌々しい書類の山にもそろそろうんざりだ。急ぎの件についてはカタをつけた。気分転換も兼ねて以前彼女が言っていたことを試してみようと、気に入っているデモナスを引っ提げながらキッチンへと向かう。
「ゲ、ルシファー!?」
明かりが漏れていたから誰かがいるだろうとは思っていたがマモンだとは。書類の山に紛れ込んでいた請求書の存在がチラついて辟易する。
「俺がここにくるのが不満か?」
「そんなんじゃねーけどよォ」
キッチンの棚からマグカップを取り出してさらに彼に問うた。オーブントースターで何かしらを焼いているようだが。
「何を作っているんだ?」
「あーアレだよ、ピザトースト」
「ピザトースト…?この時間にか」
「あいつが前に言ってたンだよ。深夜のピザトーストは美味しい、ニンニクをみじん切りして載せたら最高!って」
二人揃って彼女の言葉を思い出しながらキッチンに並んでいるという事実に気が付く。込み上げてくる決まりの悪さを、マグカップにミルクを注ぐことで誤魔化した。
「そういうルシファーはどうなんだよ。何作ンの?」
「ホットミルクをデモナスで割ったもの。……シロップを入れてもいいかもな」
「お兄様がデモナスロック以外で呑むとか珍しくねぇ?誰かの入れ知恵?もしかしてあいつか?」
「……」
「図星かよ!」
クズでバカにも関わらず妙に察しのいい所を買ってはいるが、こんなところにまで発揮されるとは。ジロリと睨みつけたところで効果は薄いだろう。目線はマグカップに注ぐデモナスに落としたままで、何かを企んでいるらしい我が弟の様子を伺うことにする。
「なぁルシファー。ちょ〜っと提案があるンだけどよ」
「何だ」
「俺様にもそれ飲ませてくれねぇ?ピザトースト半分やるから!」
「……このデモナスを飲みたいだけじゃないのか?」
高級デモナスのボトルを持って彼の眼の前でじっくりと揺らせば、マモンは自慢げに鼻を擦りながら笑う。
「よく分かってンじゃん!見たことないラベルで気になってたんだよなー。さすがお兄様♡」
「褒めてはいないからな。……はぁ、仕方ないな」
「おっしゃ!ルシファーさんきゅ!」
マモンはパァッと顔を輝かせながらテキパキと焼き上がったピザトーストを切り始めた。何だかんだで甘やかしてしまうな、そう独りごちながらもうひとつ分のマグカップを引っ張り出した。ミルクを注ぎ、魔法で温めて、その上にデモナスを注ぐ。
「ほら、出来たぞ」
「こっちも半分に切れたぜ」
マグカップと皿に乗せられたピザトーストをいそいそと交換した。こんな時間に男二人でキッチンに集まって何をしているのやら。しかも二人とも、ある人間に教えられた通りに準備しているときた。
「このデモナス残り全部くれねぇ?美味いわ」
「もちろん、却下だ」
「ケチ!」
「勝手に言っていろ。俺のコレクションに手を出せばどうなるか分かっているな?」
「へいへい。出さねぇッつーの!」
ピザトーストにかぶりつく。トマトの酸味に肉とニンニクの旨味が効いている。美味いな、と思わず声を漏らせば、だろ?とマモンは自慢げにこちらを小突いてきた。
まあ、たまにはこういう時間も悪くない。