夜は密やかに紙同士が擦れる乾いた音。穏やかに空気を揺らす、薪がパチパチと燃える音。静かに部屋を包み込むクラシックの音楽。
そして、それらの音を受けながら黙々と書類仕事をこなしている傲慢の悪魔。正真正銘、私の恋人である。
ルシファーとそういう関係になってから、彼は私を今まで以上に傍に置くようになった。RADから始まり、議場、秘密の書斎、ルシファーの部屋に至るまで。もちろん、私がついていけない場所もたくさんあるし、急ぎの仕事で叶わなくなる時もある。それでも、彼は、彼の時間の多くを私に割いてくれている。
「どうした?何か考えこんでいるようだが」
机に落としていた視線をふいとこちらに寄越しながら、彼は問う。殿下の前で見せるものとも、弟たちの前で見せるものとも違う、甘くて低い声が響いた。
「最近、ルシファーと一緒にいる時間が増えたなって思って」
「当たり前だ。おまえは俺の恋人だからな。そばにいてほしいと思うのは自然なことだろう?」
傲慢さの滲んだ言葉を添えて、ルシファーは私の身体に手を回し、彼の方へと引き寄せてきた。ほんの少しだけ空いていた最後の壁が消え去って、ふたりのぬくもりが服越しに溶け合っていくのがわかる。
だけど、これは、まずいのだ。ただでさえ慌ただしい毎日である上に、今日はルシファーの部屋に行く前にみんなでいろんな映画を見て騒ぎまくっていた。つまり、今の私の背後には眠りの気配が漂っている。
「ずいぶんと眠そうだな。ちゃんと部屋に帰れるのか?」
「ねむくないよ」
それに、部屋に帰す気なんて最初からないくせに。じっとりとした目線を斜め上の彼に向けると、うすく細められた瞳と目が合う。
「そうむくれるな。もっとからかいたくなる」
そういいながら、ルシファーは机の上に散らばっていた書類を片付けはじめた。
「お仕事はもういいの?」
「なるべく早めに処理してしまいたかっただけで、急ぎというわけでもないからな。それよりも、おまえを甘やかしたくなったんだ」
さりげなく頭に手を回されて、額に口付けが落とされる。ジワリ、ジワリと熱が集まっていくのがわかる。さきほどまで頭をもたげていた眠気が、霧が晴れるみたいに消えていった。
「目、覚めちゃった」
するりと移動して、ルシファーの膝の上にまたがるようにして乗る。黒と赤が混じった美しい宝石を見下ろすような形で、彼と見つめ合う。
「俺にどうされたい?」
「キス、してほしい」
端正な顔が近付いた。優しいキスが何度も角度を変えてやってくる。ほんの少し緩んだ口に、舌がぬるりと滑り込んできた。こうなるともうされるがままだ。ルシファーは私の舌を絡め取り、上顎を撫でて、ゆるく吸い、全てを蹂躙していく。
自分の思考が全部彼に染まっていくのを感じながら、首に回していた手の力を強めた。私たちの夜はまだ、明けない。