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    男女CP、
    女体化シノ♀のネロシノネロ(左右不定)
    ほぼまほやく

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    〈大いなる厄災〉の襲来に向けて訓練を積んだ賢者の魔法使いたちだったが、〈大いなる厄災〉がこの世界に近付くことはなかった。紋章は残ったまま、帰る道は閉ざされたまま。
    月は近付くのを止めたのか。賢者の魔法使いと、賢者の行く末は。
    【〈大いなる厄災〉が襲来しなかった世界線】で生きる彼らの話。

    退紅の痕に歯を立てて・序ネロ・・・またどこかで飯屋でもやろうかとのんびり場所を探してる。
    真木晶♂・・・ネロの店探しの旅に同行させてもらってる。
    ブラッドリー・・・付かず離れずの関係。世界中に隠れ家がある。

    ワン太郎・・・とある魔法使いに愛された犬の一族。人懐っこい。
           彼の美意識からはかけ離れているが、名付け親はシャイロック。


    ◇・・・晶視点  ◆・・・ネロ視点

    **

    「たまご、たまご、籠いっぱい……♪」
     軽やかな足取りで石畳の道を歩いていく。空は晴れていて、陽射しは柔らかい。麗らかという言葉が似合う日だった。治安の悪い街ではないし、日中は人通りも多い。悪いことが起こる予感なんてまるでなかった。

     家で俺を待っているだろうもの達のことを考えると、どうしたってうきうきしてしまう。
     三日前から仕込んでいた宇宙鶏のハム。煙でいぶして、二日寝かせたスカイサーモン……。時間をかけて準備していた食材たちが一体何になるかというと、これまたネロ作の外はパリパリ、中はふわふわもちもちのバゲットサンドの具材になるのだ。
     付け合わせの火炎ジャガイモのポテトサラダも美味しくて、味見していいよ、というシェフの言葉に甘えて一口、二口……。「おいおい」という呆れた声に気付いた時には、ボウルの中身は半分ほどまで減っていた。

    「すみません、食べ過ぎちゃって……」
    「そんなに腹減ってたのか?朝飯も食っただろ?」
    「いえ、お腹が減っていたわけではないんですが、美味しくてつい」
     子ども染みた言い訳だ。自分で言って照れくさくなってしまうけど、一緒にいる彼らからしたら俺なんて子どもどころか生まれたての赤ちゃんみたいなもの。
     成人して数年の俺と違って、彼らは600年も生きている。数百も年の離れた相手に大人ぶってもしょうがない。甘やかされるのに慣れ始めても、それ故多少行動が幼くなってしまっても……致し方ないというものだ。

    「そう言われちゃ怒れないな。いいよ、また作りゃいいから……って、うわ……」
     俺を甘やかしている筆頭の魔法使いは、食材置き場を見回して「やられた」とぼやいた。

    「どうかしましたか?」
     ごそごそと食材の残りを確認しているネロの脇から、俺も覗き込んでみる。野菜の入った木箱に、銀河麦の入った袋……それから、空っぽの籠。

    「卵がないですね」
    「そうなんだよ。結構あったと思うんだけど、全部持ってっちまったのかな」
     ネロは困った顔で頭を掻いた。怒ってはいない様子だ。
    「ブラッドリーが食べたんですか?」
     昨晩遅くに帰ってきた魔法使いを思い浮かべて訊ねると、ネロは緩く首を振る。
    「いや、あいつはつまみ食いの常習犯だけど、調理前の食材には手ぇ出さねえよ。取ってったのは多分、この家に住んでる精霊だな」
    「精霊が住んでるんですか?」
    「ああ。家に住み着くタイプのやつだ。たまに食い物取ってくことはあるけど、それさえ目を瞑りゃあ家は綺麗に保ってくれるし、良いやつだよ。持ちつ持たれつって感じでさ」

     視線を食材置き場からキッチンへ戻す。まだ絶賛調理中といったところだ。切ったままの食材がまな板の上に並んでいるし、鍋からはぐつぐつ煮える音と良い匂いがしている。

    「足りないのは卵だけですか?」
    「そうみたいだな。残念だけど、卵サンドはまたの機会に」
     思わず「ええっ」と声が出る。具材は他にもたくさんある。どれもとっても美味しいはずだ。だけど食べられないと言われると、急に卵が恋しくなった。

    「俺、買って来ましょうか」
     手伝う気満々でキッチンに立っているものの、調理はほぼネロに任せきりで俺にできることと言ったら野菜の皮むきとか、料理とも呼べない下処理程度。何度か買い出しのお供をしているし、店まではそんなに遠い距離じゃない。俺一人でも買い出しくらいなら!

    「いや、賢者さん一人で外に出すわけにはいかねえよ。行くんなら俺も一緒に行くよ」
    「ネロはまだ料理中じゃないですか。ここに居ても手伝えることが少なくて……俺も役に立ちたいです」
    「でもな……あんたに何かあったら困るだろ」
     ぽかぽかの陽気は危機感を薄くする。心を弾ませる未来の予定も。色んな具材を焼き立てのバゲッドに挟んだら、それをバスケットに詰め込んで見晴らしの良い丘で食べるのだ。
     今日のお昼。あと数時間後の、楽しい予定。天気も気分もこんなに良い日に、悪いことなんて起きるわけがない。

    「うーん……」
     渋い顔でしばらく悩んでいたネロが最終的にOKを出してくれたのは、彼も今日の陽の麗らかさと悪意は結び付かないと判断したからかもしれなかった。
    「起きてりゃ護衛に付けるんだけど、ありゃ起きそうにねえな」
     部屋の奥、ソファの上に長い手足を投げ出してゴーゴーと豪快な寝息(と呼べる範疇ではない気がする)を立てているブラッドリーを複雑な面持ちで眺めてから、ネロは俺の手に籠を持たせた。

    「知らないやつに声を掛けられても無視しろよ。まっすぐ店に行って、卵だけ買って戻って来い。寄り道はしないこと」
    「あはは。はじめてのおつかいみたいですね」
    「実際そうだろ?一応お守りも渡しとく。ポケットに入れときな」
     ネロはそう言って俺のポケットに何かを忍ばせた。

    「じゃあ、行ってきます!」
     扉を開けて外へ足を踏み出した時も、振り返ってネロに手を振っていた時も……まさかこんなことが待ち受けていようとは、俺は夢にも思わなかった。



     卵を買った、までは良かった。
     籠いっぱいの卵が傷付かないように、そっと。でもこれからこの卵たちがふわふわの卵サンドになるのだと思うと、勝手に足取りが軽くなって、スキップしてしまいそうになる。

    「兄ちゃん、ご機嫌だね」

     路地の片隅、簡素な店を広げた商人風の男。
    「知らないやつに声を掛けられても無視しろよ」というネロの言葉はちゃんと覚えていたけれど、無視するのって簡単なようで難しい。元の世界でもよくキャッチに捉まって、断るのにかなりの労力を要した記憶がある。
     立ち止まっちゃダメなんだと誰かに言われたけれど、声を掛けられたら自然に足を止めてしまうのだ。止めてしまったら、もう聞くしかない。

     店先に並べられた売り物らしい品々は、魔法使いが取り扱う禍々しい呪具ではなくて、観光客が土産に買っていくような小瓶やアクセサリーが中心だった。
     怪しい店ではなさそうで、俺は密かにほっと胸を撫で下ろす。

    「何か楽しい用事でもあるのかい?デートかな?」
     愛想の良い笑顔を浮かべて店主は話し掛けてくる。
    「いえ……友人の作るご飯が楽しみで」
     食いしん坊キャラってわけじゃ、なかったんだけどな。食い意地の張った台詞に苦笑する。胃袋を掴まれるってこういうことなんだろうか。
     おじさんはにこにこしながら聞いている。

    「へえ、あんた、良い友人がいるんだね。俺は行商であちこち飛び回って暮らしてるから、なかなか縁を作るのが難しくてね。この通り、ずっと独り身さ。友と呼べる相手が居るなんて羨ましいよ」
     友人を褒められて、俺はその人への警戒心をさらに緩めた。

    「もっと話を聞かせておくれ。どんな人なんだい?その、あんたの素敵な友人ってのは」
     
    **

     一体何を話したんだろう。たくさんのことを喋った気がする。
     俺が今一緒に暮らしている、二人の魔法使いのことを。彼らがどんなに優しくて、格好良くて、素敵な魔法使いなのかについて。今は少しだけ離れてしまった、でもかけがえのないたくさんの友人たちのことについても、もしかしたら話したのかもしれなかった。

     気が付いたら俺は暗い路地裏に居て、目の前に居る話し相手だった商人風の男は、怯え切った表情で両手を上げたままガタガタと震えていた。
     キィ、キィ、と何かが甲高い鳴き声を上げている。その音はポケットから聴こえていた。

    「こいつに何したか言え」
     ガチャリ。装着音がすると、目の前の男はヒィ、と哀れな声を上げた。
    「お、俺は頼まれただけだ、殺さないでくれ」
    「それはお前の態度次第だ。質問に答えろ。どんな呪いだ?」
    「知らない。俺はただ、言われた通りに……」

     頭の中がぼんやりする。そんなに、何に怯えているんだろう。隣に誰か立っている。
    「大丈夫だよ。ほら、こっち」
     気配があったのとは逆の方、別の誰かが俺の腕を引いて、路地から連れ出そうとする。
    「やっぱり一人で行かせるんじゃなかった。ごめんな」
     路地から出ると、誰かの手が俺の耳を塞いだ。音が消えた一瞬、背後で空気が震えた気がした。

    「帰ろう」
     声はとても優しかった。
     ぼんやりした頭は起きたことのほとんどを理解していなかったけど、おつかいに失敗したことだけはわかった。
    「ごめんなさい」
    「……あんたは何も悪くないよ。行かせたのは俺だ。次からはまた一緒に行こう。な?」
     ぽん、と背中を叩かれる。俺は惨めな気持ちになった。



    「ピクニックはまた今度にしよう。今日は家でゆっくり食おうぜ」

     帰宅して硬めのソファに腰掛ける。手のひらがあったかい気がして視線を落とすと、いつの間にか湯気の立つカップを持っていた。
     口を付けて、こくりと飲み込む。甘くて、あったかい……ぼやけていた意識が覚醒していく。
     キッチンに立つ見慣れた後ろ姿と、カチャカチャと何かを掻き混ぜる音。

    「あれ?ネロ……俺、」
     立ち上がると、ネロが振り返る。ボウルを持っているのが見える。
    「あー、いいって。まだ座って休んでな。もうちょいで出来るからな」
     ふわふわした美味しい匂いがする。グウ、とお腹が鳴ると、ネロは笑った。
    「腹減ったか?食欲あるならとりあえずは大丈夫そうだな」

    **

    「えっ?俺、呪われちゃったんですか?」
     テーブルに並べられた色とりどりのサンドを頬張る頃には、俺はすっかり普段通りに戻っていた。
    「呪いっつーか……悪い魔法?みたいな……多分だけど」
     空になったスープの器におかわりを装いに立ちながら、ネロは曖昧な返事をした。
    「はいよ」と器を置いてから、今度は棚に置いた何かを取って来る。持っていたのは翼を畳んだコウモリのような、黒い人形だ。

    「これさ、賢者さんが出掛ける時にポケットに入れておいたんだけど」
    「ああ……そう言えば、何かの鳴き声が聴こえたような……」
     警告音のようなキィキィという声を思い出す。

    「こういうの、覚えがあります。ミスラが前に似たようなものをルチルに渡していました。危険が迫ると警告してくれるっていう……」
    「効果自体は珍しい物じゃないからな。この手のは魔力の感知が苦手な魔法使いとか、魔法使い相手に仕事する人間が護身用に持ってたりするよ。性能はピンキリだけど……」

     耳と口は大きいのに対して、離れた目は小振りでどことなく間の抜けた印象がある。不気味といえば不気味にも見えるが、愛嬌のある顔付きの人形だった。

    「単純に強い魔力に反応するものもあるけど、賢者さんに渡したこいつはさ、魔法をかけられた時にだけ反応するやつなんだ」
     詠唱はせずに、ネロは軽く指を振った。途端に人形の口が開いて叫び出す。俺は思わず耳を塞いだ。

    「こいつが鳴いたってことは、誰かがあんたに向けて魔法を使った。ブラッドの持ち物だから、出自はともかく性能は良いよ。治癒や祝福の類と、害を為す魔法の区別は付く。だから……何かしらよくないもんをかけられたのは間違いない」
    「そ、そうですか……俺、何があったかよく覚えてなくて」
    「どんな魔法がかけられたかわかりゃ良いんだけどな。体に変化はないか?いつもと違うところとか」

     手、胴体、脚……視線を落として考えてみる。なんだろう、いつもと違うとこ……
    「うーん……特にないですね……」
     ネロは黙って俺を見つめると、しばらくしてふっと視線を逸らした。

    「そっか。大した魔法じゃなかったのかもな。調子悪いとこが出てきたら言えよ」
    「はい。今のところは大丈夫そうです」
     笑顔を返して、新しいサンドに手を伸ばす。

    「あれ?卵サンドだ」
     ずっしりしたバゲットに、淡い黄色が挟まれている。
    「卵は無事だったよ。ちゃんとおつかいできて偉かったな」
    「うう……」
     頭を撫でられたことに、子ども扱いしないでと文句を言いたかったけど……迷惑をかけてしまった手前、今日は甘んじて受け入れる。
     齧り付くと、さくっと小気味好い音がした。



    「あ、帰ってきた」

     声につられて扉を見ると、バンと乱暴にドアが開いて、不機嫌そうに顔を顰めたブラッドリーが入って来た。

    「おかえりなさい」
    「あー……おう」

     彼は俺を一瞥すると、ネロに向かって「様子は」と訊いた。
    「今んとこは何もねえよ。本人もそう言ってる」

     な、とネロは俺に同意を求めた。頷くと、ブラッドリーは睨み付けるような険しい顔を少しだけ和らげる。

    (……あれ?)

     傷のあるその顔を見た途端、めらっと。頭の中に変な感情が芽生える。
     それは俺の今まで抱えてきたどの感情とも違う、異質なものだった。

     ……俺の、じゃない。

    「ネロ……っ」
     きっと『よくないもの』になる。そんな気がして、俺はすぐに助けを求めた。
    「俺……なんだろう。やっぱり、変かもしれないです」

     和んだ空気が急に張り詰める。
    「どうした?どこがおかしい?」
     席を立って、ネロは俺に近寄った。その腕に縋って、頭に沸いた異質な願いを口に出す。
    「俺……ブラッドリーに……」

    「めちゃくちゃ噛み付きたいんです!!」



    「うーん……牙もない……」
    「外側は特に変化はねえな」
    「魔法が不完全だったのか?もしくは進行するタイプのやつかな」
     二人の魔法使いは俺を取り囲んで、あーだこーだと予測や見解を並べ立てている。

    「わかんねえな」
     議論はかなり早期に終わった。

    「晶」
     顔を上げると、紅紫の瞳が俺を見ている。
    「……昨日酒場で揉めたやつがいる」
     不服げに、彼はぼそりと呟いた。

    「賭けで派手な勝ち方してて、裏がありそうだからちょっと突いたら案の定インチキでよ。ノったフリして有り金全部巻き上げてやったらすげー怒って、呪ってやるだの抜かしてたからそいつかもしんねえ」
    「ええっ、俺が話してたおじさんですか?」
    「いや、あいつじゃない。雇われたと言ってたが、大した情報は持ってなかった」

    「どんなやつだった?」
     ネロが訊く。
    「特段強い魔法使いじゃなかったが、変な道具や呪具を持ってた。賭けにも道具を使ってたし、賢者にも何か使ったんだろ」
     呪いに使う道具なら、ミスラやファウストに見せてもらったことがある。魔法をかけられた時の記憶が曖昧だけど、あんな禍々しい道具を自分に使われたのだと思うと、背筋がひやりと冷たくなった。

    「俺に噛み付きたいっつったな」
     ずっと不機嫌な顔をしていたブラッドリーが、ふいに愉快そうに口元を歪めた。
    「へ?は、はい……」
     試すような、あるいは探るような鋭い目付きで俺を見据えて、彼はそのままニヤリと笑う。自分の袖をたくし上げると、剥き出しの腕を目の前にずいと突き出した。

    「やってみろよ。どうなるか見てやる」
    「ええ!?か、噛み付けってことですか……?」
    「わかんねえことが多いからな。とりあえずやってみろ」

     隣のネロに視線を向ける。止めてくれるかと期待したけど、どうやらネロも賛成らしかった。

    「うう……じゃあ、ちょっとだけ……失礼します」

     かぷり。控えめに腕に噛み付いてみる。二人からの視線が痛い。
    「遠慮すんなよ。がぶっといけ、がぶっと」
    「ひゃい……」
    「で?何か変わったか?」
    「うーん……ふぉふひふぁひほ……」

     噛み付いてはみたものの、自分でも「で?」という感じだったので早々に口を離してごしごしと腕を拭く。
     かなり控えめに噛んだから、歯形は残っていなかった。俺は内心めちゃくちゃ安堵したけど、ブラッドリーは噛み痕なんてどうでも良いようで、確認もせずに袖を下ろした。

    「噛み付きたくなる、なんて呪いはねえよ。少なくとも恨みのある相手にかける呪いじゃねえ」
     
    「失敗して中途半端な効果になったのか、これから変わっていくのかはわからねえ。ただ、お前にかかった呪いの目的は、俺様を噛み殺すことだ」

     突然飛び出した物騒な言葉に驚く。殺すだなんて。殺意なんて誰に対しても抱いたことはない。ましてやそれを、大事な友人に向けるだなんて……いくら呪いの力とは言え、起こり得るんだろうか?俺が、ブラッドリーを……?

    「いやいや……無理でしょう」
    「当たり前だろ。お前みたいのに殺られるかよ」
     フンと鼻で笑って、強面の友人は座りなおした。

    「まあ様子見だな。メシにしようぜ。俺は肉が入ってるやつ」
    「はいはい。皿持ってくる」

     小さな不安がずっと胸の奥にある。大事な人たちを傷付けたくない。負担になりたくない。迷惑をかけたくない。

    『お前は俺を噛み殺す』

     言われたわけではないその言葉は、なぜだかブラッドリーの声になって時折頭の中で再生される。それは正しく呪いだった。



    「賢者さん、最近よく食うな」
    「えっ、そうですか?」
    「必ずおかわりしてくれるじゃん。作り甲斐があって嬉しいよ」
    「あはは……ネロのごはんが美味しいからですよ」

     些細な変化だった。
     食の好みが少し変わった気がする。そんな程度のもので。

    「今日の夕食、何かリクエストある?」
    「肉」
    「あんたには聞いてねえよ。聞いてたら毎食肉料理になっちまう」
    「良いじゃねえかそれで。なあ、晶?」
    「実は俺も、お肉がいいかな、なんて……」
    「だろ?今日は肉な」
    「まじで?昨日もだったじゃん……」
     
     好き嫌いは特にないはずだ。
     なのに最近、肉料理が格段に美味しく感じられるようになった。
     反対に野菜は食べ辛くなった。残したら心配をかけそうで、ほとんど噛まずに流し込んで誤魔化したりしてる。

     それから、夢を見るようになった。
     人気のない暗い路地を歩いてる。何かを探してる。体の自由は利かないから、俺はその探してる「何か」が見つからないように、祈っている。



     音を殺して、ゆっくりとドアが開いていく。
     ひゅう、と冷えた空気が室内に入り込んで来る。

    「おかえり」
     身に纏うのはいつだって夜の色。雲が月を覆い隠した空みたいな髪の毛も、闇に紛れるにはうってつけだった。
     つくづく、こいつは夜に生きる男なのだと思う。

     外套を掛けると、はあ、と大きく息を吐いて椅子に深く腰掛ける。疲れているようだった。

    「何か飲むか?」
    「いや、いい。少し寝る」
    「あいつは?」
    「眠ってるよ」
    「変わりは?」
    「目に見えてどうってのはないけど……でもやっぱり、変だと思う」
     そうか、と独り言のように呟くと、ブラッドは目を瞑って後ろに凭れた。

    「あのさ、ファウストに見てもらったらどうかな。呪いなら先生の専門だし……」
    「ネロ」

     声に鋭さはなかった。ブラッドは椅子に凭れたまま、魔法を使う気配すらない。
     なのに銃口を向けられている気がする。

    「俺に売られた喧嘩の始末を、俺が誰かに頼むと思うか?」
    「いや、俺はただ……」
    「見くびられたもんだぜ。お前は俺じゃ足りないと思ってる」
    「そういうことじゃない」

     短い沈黙の後、深いため息を吐く。それからブラッドは立ち上がった。
    「寝る」と、一言だけ残してベッドへと向かう。
     俺は眠る気にはなれなかった。

    <つづく>
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    inutotori1

    MAIKING『9月のラプソディ』開催おめでとうございます!

     書いている小説の前編です。

    『受験の邪魔をしないことを条件に先輩とお付き合いすることになった後輩ちゃんが、卒業前に「一度だけデートしてみたい!」とフラれる覚悟で恐竜の幽霊を見に誘う話』
    を書いています。

    後編も近々上げたい……。
    恐竜の幽霊 紙の上をペンが走る音がする。斜め前の席に座る先輩の、癖のある柔らかそうな髪の毛にちらと目を遣って、それから彼が何やら記入している手元のプリントを盗み見た。
     学籍番号、氏名、そして先輩がこれから受ける予定の大学名。私は無言で視線を外すと、隣にあるテニスコートを眺めることにした。
     ご夫婦と思われる四、五十代の男女が、ゆったりしたペースでラリーを続けている。ポーン、ポーン、軽快な音の反復に、私の寝不足気味の瞼は段々重たくなっていく。
    「退屈なら帰っていいよ」
     うとうとしかかった私に、先輩は素っ気なく言い放った。プリントから顔を上げる気配もないのに、目敏い。初めの頃は慌てて否定したり謝ったりしていたものだけど、「好きにすれば」とか「どうでもいい」みたいなつれないことしか返ってこないので、最近は何も返さずそのまま居座ることにしている。
    3951

    inutotori1

    MAIKINGファ&ネ全関係性内包Webオンリー『隣にいてもいなくても』開催おめでとうございます!2の開催もやったー!!
    全く間に合わず、二次会にも大遅刻ですがキリのいいところまでやっと仕上がったので上げます……。これからアフタータグを廻るぞ!

    ※ネロシノとファウストの話です。ネロとファウストの間に恋愛要素はありません。
    ※シノのみ先天性女体化、捏造設定多数あります
    罪悪感と呪いの話 いつだったかも覚えていない、何百年も昔のことだ。
     傷にも思い出にもならない、ただ通り過ぎたいつかの記憶。



     朝食の仕込みが早く終わったんで、偶には、と魔法舎にあるバーに足を向けた。
     静かに飲める雰囲気じゃなきゃ帰ろう。薄く開けたドアから様子を窺うと、ぐい、と思い切りドアが開いて勝手に中に吸い込まれる。

    「じゃじゃーん!ご開帳じゃ!」
     双子の明るい声が響いた。普段は静かな店内が、今日は随分賑やかだ。無理やり連れて来られなければ、絶対部屋に引き返してた。
     あまりバーでは見かけない若い魔法使いたちが、双子と、その前に広げられた怪しげな骨董品を囲んでる。

    「……なに?露店でも出してんの?」
     店主好みの趣味の良い調度品も今は脇に寄せられて、中央にできた空間に雑多に品が並んだ様は、さながら西の国の蚤の市のようだった。
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    inutotori1

    PROGRESSパラロイオンリー用展示*
    『ファウスト×モブ♀』小説・書けたとこまで

    以前書いた『呪い屋さんと名の無い魔女』というお話の二人の、パラロイ軸の話です。
    ぴくしぶで一章読めます(全然読まなくても楽しめます!)
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14198497
    この二人を書いた12万字の本最近完売しました、心から感謝しています・・うれしい
    パラロイ軸ファ×モブ♀(書きかけ)SEE THE WORLD2開催おめでとうございます!
    イベスト何度か読み返しましたがやっぱり最高……!そしてどんな世界線でもファウストが大好きです。

    **
    ※捏造設定多数※

    ◆捏造世界観設定

    アシストロイドの普及によって(特にハイクラスの)婚姻率、出生率が低下、人口の大幅な減少が危惧されている。
    それに伴い、出産証明書の提示で報奨金がもらえるようになった。
    出生率の減少は緩やかになったが、一部で報奨金目当ての出産や育児放棄が増え、養護施設で暮らす子どもの数は増加している。孤児が集まってできたスラム街がある。

    ◆こんな話

    スパイ疑惑を掛けられた新人研究員♀の調査のため送り込まれた猫型アシストロイドを通して顔のない交流をしていくうちに、なんやかんやに巻き込まれてめちゃくちゃ好きになっちゃう感じのいつもの小説です。
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