(ワードパレット・水麿)抱擁の処方箋(一番効く・がまん・ぬくもり) お預けをくらった。
昨日は久々の非番が重なったことが嬉しくて、部屋に二人だけなのをいいことにずっと清麿にくっついていた。肩を寄せるだけでは足りなくて、抱き寄せるようにして肩や背中や腹やら脚に触れ続けた。充電させてもらいたくて。
けれど清麿はそれが耐えかねたらしい。夕方になったころ、爆発するように怒ってしまった。
『もう触らないで、離れて!』
身をよじって逃げるようにしてそう放たれて、大好きな綺麗な瞳に睨み上げられた時、あっ折れてしまいたいと本気で思った。
そのまま夕食を終えても湯浴みを終えても彼の機嫌は戻らず、しまいには布団を部屋の端まで離して就寝されてしまった。
そんななので、起きたところで彼が横にいるわけはないのである。
分かっているのに瞼を押し上げる一瞬に期待をしてしまって、遠くに離れたこんもりした布団にかえって絶望を深める結果となった。馬鹿だ。当たり前なのに。
重たい身体を起こす。こんなに朝がつらいことはなかった。清麿はまだ眠っているのだろうが、それすらも離れすぎていてよくわからない。
――離れて。か。
「苦しい……」
昨日の拒絶を反芻して布団の上で膝を抱える。胸のざわつきでおかしくなりそうだ。
誰に遠ざけられても構わない。避けられようが無視されようが、それはそんなに重要ではない。
「……きよまろが遠いのは、一番効くよ……」
涙で滲んだ声が細く漏れて、情けなさでまた折れたくなる。
わかっているのだ、彼の嫌なことをしてしまった己が悪い。それ一択だ。けれど彼に拒絶されるのはどうしても悲しかった、いやだった。いつでも一番傍にいたい。何もかもを分かち合いたい。親友で恋人という宝物の立ち位置を、他の誰にだって譲りたくなんてなくて……。
「反省しているかい」
ふいに声が耳に飛び込んで泣きそうになった。顔を彼の布団に向けると、いつの間にか起き上がって座っている清麿がこちらを見ていた。
「……きよまろ」
「反省している?」
厳しい声音に表情を歪める。反省。それが必要だから念を押されているのだ。けれど。
「……がまんしてる」
清麿が目を丸くした。苦しみを吐き出すように、水心子は続ける。
「なにが、悪かったのか分からないから、反省はまだできてない。……けど、清麿が本当に嫌な思いをしたんだってことは分かるから、だから、傍に行くのがまんしてる……」
「……水心子……」
「ね、何が駄目だった? 触られるのいやだった? ごめんね、でも、僕清麿と一緒にいられるのが本当にうれしくて……久々だったから、どうしても触れたくて、……けど清麿が嫌なら頑張って触らないようにするから……だから……」
――離れて、なんて、言わないでよ……。
「水心子」
雫がこぼれる。なんだって己はこれほどまで身勝手なのだろう。けれど本心を言えたことで、つかえていたものが取れてしまって、もう止められない。
俯いて泣いていると、膝立ちで彼が近寄ってきてくれる気配がした。畳の擦れる音にも顔を上げられずにいた時、頭をぬくもりに覆われた。
彼の両腕にいだかれている。
「……きよまろ、」
泣いた朝の頭は状況をうまく処理できない。触るなって言ったんじゃなかったっけ、なんで抱きしめてくれてるんだろ。でもあったかくて、いい匂いがして、ものすごく安心する――……。
「……水心子、あのね、僕は君が好きなんだ」
唐突に、それでいて意を決したように耳元に言われた言葉に首を傾げる。同時に胸の靄がすこしだけほどけて、ああちゃんと同じ気持ちだったんだと思ったのだけれど。
「僕も、好きだよ……好きどうしなのに、どうして触っちゃ駄目なの?」
「好きどうしだからだよ……」
その声音がふにゃふにゃで、瞬きをして彼の顔を覗き込んだ。
清麿の顔は真っ赤だった。
「き、君はどうか知らないけれどね、……僕は浅ましいやつだから、大好きな君に二人きりの空間で触れられてしまったら……その、……変な気分になってしまうんだよ……」
言いよどみ、恥ずかしそうに目を瞑る染まった顔。
つまり清麿は、水心子に触れられるとそういうスイッチが入ってしまいそうで、それを怖がって離れてなんて言ったのだと――。
「、ち、ちょ」
彼の頬に口づける。慌てる手が押しのけようとするけれど、そこに力が込められていないのだから間違っていないと思うのだ。
鼻先を触れ合わせて伝える。
「……変な気分、大歓迎なんだけど」
「今日は非番じゃないよ……!」
「馬当番の仕事は引き受けるから。大丈夫無理はさせない」
「もう心臓が無理なんだけれどなあ……!」
恥ずかしい折れそう、と先程の水心子のごとく呟く彼を自分の布団に押し倒す。薄紫の髪の毛が散らばるのを見て、ああやっぱり清麿はぼくの布団のほうが似合うんだよなあなんて茹だったことを思いながら薄い身体を抱きしめた。