(水麿家族パロ)三人のコミュニケーション「ふふ」
唐突に清麿が笑い始め、水心子は首を傾げた。夕食後、二人でホットミルクを飲んでいた時。
「どうしたの、急に」
「ふふ……あのね、胎動が激しくて」
「えっ」
「すごいポコポコ蹴っている。ふふふ……どれだけ元気な子なんだろう……」
そのときソファに座った清麿の腹が、ぽん、と小さく突き上げられたのが見えた。
「……えっ!?」
思わず水心子は飛びつき、その腹部に触れる。
「えっ、え、今、いまちょっとお腹! きよまろ大丈夫!?」
慌てて撫でて、たった今突き出た箇所を凝視する。しかしその瞬間から胎児の動きは静まってしまったのか、まったく感じられなくなった。
「あ、あれ……」
「ああ、大丈夫だよ。ママではない誰かがいる、と思ってびっくりしているんだよ、今」
そう言われて、なるほど、と思うのになんだか少しだけ寂しい。そうか、お腹の中の子にとってはまだ母と二人だけの世界なのだ。
パパもここにいるのにな。そう若干拗ねてしまったのを見抜かれたらしく、清麿がくすくす笑いながら腹に触れた水心子の手の甲に手を重ねてきた。
「いっぱい話しかけてあげて、水心子。そうしているうちにパパのことも覚えるよ」
「……ほんと?」
「うん。今きっと起きているから、コミュニケーションが取れるよ」
頷いて、清麿の腹部に向き合う。どうしたらいいんだろうと迷いつつ、指先でその腹をとんとん、と軽くノックして声をかけた。
「ぱ、パパだよ~……産まれてくるのを待ってるよ。三人でいろんなことしようね。君のことが大好きなパパだよ~……」
呼びかけるのを、清麿はくすぐったそうに見下ろしてくる。実際くすぐったいだろう、ほとんど顔をくっつけているような状態で喋っているのだから。それでももうちょっと我慢してくれ、と思いながら話しかけ続けていると、ふいにまた皮膚がぽこんと押された。
「あ」
「あ! きよまろ、この子今蹴った?」
「うん、パパが分かったんだね」
「えええ、嬉し……じゃない、待って、胎動ってこんな外から分かるの? 痛くないの清麿……!?」
目を白黒させる水心子に、清麿は朗らかにあははと笑った。
「皮下脂肪の少ないママさんだと、傍目からも分かるんだって。僕もそうみたい。最初はさすがにびっくりしたけれど、具合が悪いとか痛いとかは僕はないから大丈夫だよ。……ふふ、でも本当に元気な子だよね、ふふふ……っ」
清麿がおかしそうに笑うので、腹部がかすかに揺れる。
「笑いどころなのか……?」
彼は時々、水心子の感覚からはずれたところで何か面白さを拾って笑い始めることがある。そういう時自分は本当に清麿を理解できているのだろうかと不安になるけれど、別に理解とは同じ行動ができるということにはよらないだろう。そういうものだ、と納得してやるだけでいいのだ。
ひとしきり笑い終えて、清麿がふうと息をつく。
「産まれたら、これは僕ら大変になるかもね。こんな元気さで走り回って、全然言うこと聞いてくれなくて、ってなるのかも」
そんな不安めいたことを言うくせに、彼の表情は楽しそうに笑んでいるから。
だから水心子も笑える。子供がどう育っても受け入れられる、それだけの土台は一緒に作れている。それが嬉しい。
「楽しみだな」
そう言葉をかけると、清麿は蕩けるように笑ってくれた。
「──それで、いざ産まれたら、泣きはしてもすごく静かにしている子だったから、なんだかまた面白くなってしまって」
「それおもしろいところなの……」
まひろが照れくさそうにぼやく。なるほど、清麿の笑いどころが不思議な部分は水心子に似てくれたらしい。
洗濯物を取り込む水心子と畳む清麿、清麿の前に座って畳み方を見ているまひろ。三人揃った祝日の午後の、家族水入らずの時間だ。
清麿はまたふふっと笑う。
「まひろはきっと、早くパパとママに会いたいって暴れていたんだよね。それで産まれて会えたから、安心して大人しくなってくれたんだよね」
その言葉を聞いて、娘は面映ゆそうにした。
「ママ、またそれいってる……ママのくちぐせだよね」
「ふふ、そうかもね」
しかし恥ずかしそうにはしても、まひろもその話が嫌ではないらしい。にこにこと微笑み合う妻子を、水心子も微笑んで眺める。
今、ここにこうして一緒にいられる。まったく奇跡のようなこと。
五体満足で、元気に産まれてきてくれることが当たり前ではない。そのまま育つことができることも、決して当たり前なんかではない。いつどうなるか分からない。それでもきっと、どうなっても、三人一緒なら笑っていけるだろう。
まひろがしげしげと清麿の薄い腹を眺めて、ぽそっと口にする。
「……ほんとうに、わたしここにはいってたの……?」
不思議そうに呟くので、清麿は声を上げて笑った。
「そうだよ。でも、還りたいとか言わないでね」
「えっ、だめなの」
「ふふ、だーめ。……だって、まひろのお顔が見られなくなったら、寂しいよ」
そう囁いて、彼は娘を両腕で抱き寄せた。
「その代わり、いつでもたくさんぎゅってするからね」
それは本当にいつでもいいんだからね。──念を押す清麿に、まひろはぎゅうとしがみつく。
「……うん」
ありがとう、と返す娘と、その子を抱く妻を、水心子もまた抱きしめた。
戻れない過去に戻りたいと、そう思うことがこれから先あるかもしれない。それでも家族は家族のままだ。ずっと一緒に生きていく。
だから、できることならこれから先、いつも『今が一番しあわせ』だと思っていられたらいい。それを更新していきたい。そうしたら、きっと不幸なんかにはならないから。
たくさん話をしていこう。君が腹の中にいる時だって僕たちはコミュニケーションを取れた。だから、話ができないなんてことはない。きっと一緒にやっていける。
どんな未来が訪れるか。楽しみにだけ思うことにして、水心子は二人の額にキスをした。
娘と妻が、幸せそうに笑った。