『箱根旅行記』~食欲の秋~『もしもし、左馬刻君?』
その声に逆らえる奴なんて、いない。
連休が取れたのでドライブに付き合って欲しいと、突然の誘いに頷いた左馬刻は寂雷が運転するアルファードに乗って国道1号を西に向かっていた。
代わり映えのない街並みを追い越して、人気のない海岸線を横目に古い城下町に入る。
途中、道の駅で腹拵えをして、今度はキツい傾斜の道を山へと向かった。
「道の駅、ではなくてあれは漁港の駅だよ。」
「……どっちだっていいだろ。」
至極冷静なツッコミにふんと鼻を鳴らせば、運転席でくすりと笑う気配。軽くあしらわれるその感覚が悔しくも心地よく。
ハマよりも一足先に色づき始めた山の稜線を見るとはなしに眺めやる。
狭い空間に二人きり。言葉少ないやり取りも不快ではなく。家にいるよりもむしろ寛いでいる自分にどこかくすぐったい気分になる。
2022