2025-04-01
「おい青いの」
「その呼び方止めろ」
「そうだぜシュウさんよ。怒らせると面倒だぜ」
およそ傭兵には見えない優し気な顔とは裏腹に、この男の戦歴はすさまじいものがある。トラン解放戦争の立役者の一人であり、わずか一年の間に元々この辺りで名前と顔の売れていたビクトールと組んで、傭兵組織を作り上げた。赤月帝国の片隅にある戦士の村の出身であるという事も、これからおそらく使える材料になる。
ビクトールの方もだ。表ざたに出来ない世界での評判はすこぶる悪かったが、実際に相対した人間からは妙に好かれる雰囲気がある。あの人のところで働くのも悪くないな、と傭兵たちに自然と言わせる力は、後天的には得られないものだ。
「これから、の話がしたい」
シュウは交易商だ。人とものの流れをつかみ、橋渡しをすることで財を成す。マッシュ・シルバーバーグの下で培った能力はそのために使っていた。
だがこれからシュウが成そうとしているのは戦争だ。マッシュが知っていたとしても、シュウにはわからぬ世界の話だ。ならば、分かる人間を右腕に据えればいいだけ。
ラダトまで噂は聞こえてきていた。ミューズの傭兵隊は話の分かるやつらで、あのあたりの治安はたちまち良くなった。自分たちの話も聞いてくれるし、乱暴な事なんて一つもない。この男たちが作り上げたのはそういう部隊。少なくとも、周辺住民にそう思わせた方がいいと彼らは分かっている。
「これから、ね」
「何しろ勝っちまったからな。ジョウストンが負けた相手に、俺たちがよ」
締め切った狭い部屋の外は、ハイランドからもぎ取った勝利に湧いている。少年の名前を歓喜とともに叫び、ハイランドへの復讐を誓う声が上がる。その熱が冷めないうちに、自分たちは熱の行き場を定めねばならない。
勝った事を偶然とは言わないが、戦争が終わったわけではない。ハイランドが体勢を立て直し、再び攻めてくる前に自分たちはもっともっと大きくならなければならない。沸き立つ群集の熱に方向性を与え、自分たちが使いやすいように整えなければ、今度こそ死ぬだろう。
死ぬ気はなかった。死ぬためにここに来たわけではない。
生き延びるために、こいつらの力を使わねばならない。
傲然と顔を上げ、シュウは二人を見据えた。
「俺の命に従ってもらうぞ。見返りもなく、金もなく、ただ、勝つためにだ」
弱みを見せてはならない。どだい無理な注文をつけているという自覚があったとしても、見せてしまえばつけ入れられる。
自分はタイラギに賭けたのだ。そして、少年を地獄に縛り付けたのだ。単なる子供のタイラギを、英雄の座に祭り上げた。その罪は勝利でしか償えない。
シュウの言葉に、傭兵たちは目を瞬かせた。そうしてお互いに顔を見合わせ、小さく呟く。
「意外と真面目だぜこいつ」
「本人を前に、意外とかいうなよ」
「返事は!?」
ここで序列を作っておかなければ、とも思う。タイラギを勝たせるために必要だと思う。いくらでも理由は思いつく。なんの因果かこんな時にこんなところにちょうどよく存在している傭兵と、どうすれば同じ道を進んでいけるのか。
伸ばした手が振り払われないと確信できるのか。
ビクトールが笑った。
「別にあらためて言われなくてもさ。軍師さんがタイラギに感じる責任感は分かるし」
「見捨てたら目覚めが悪いしな」
向こうから伸ばされた手に手を取られた。手袋越しでも分かる固くてあたたかな手をしている。
「よろしく頼むわ軍師さん」
「乗りかかった船だからな」