2025-07-14
仇を討った時は随分と冷静だった。終わったのだと理解したし、今ビクトールが軍のために、ひいてはタイラギの為に何をすべきかも分かっていた。
辛いことももう終わり。あとは好きなように生きていくだけだ。戦争が終わったら旅に出ても良いし、ここにとどまってもいい。枷はもう何もない。
そんなの夢物語だ。
勢いよく目を開け、枕元に立てかけてあった剣を鷲掴みにした。乱暴な所作だったにも関わらず、しゃべる剣は何も言わない。呼吸音だけが部屋に満ちる。窓からは月の光が差し込み、部屋を明るく照らしていた。
まだ真夜中だ。しんと静かで、波の音さえも聞こえない。見回りの時間からもずれているのか、本当に何の音もしなかった。
意識をして一つ息を吐き出し、ゆっくりゆっくり吸い込む。息を吐く。吸う。繰り返す。そうしてやっと力が抜けた。骨がきしむほど握りしめていた星辰剣を枕元に戻して、今度は呼吸ではなくため息をついた。
あれは夢だと分かっている。
早く仇を討てとぼやけた顔で皆が言う。討ったじゃないかと言えば、ならばなぜ生きているとまるで世の不条理を眼前にしたように言うのだ。ぼやけた顔をしているのに、その目だけが射抜くように強い。
そのために生きていたのだ。そのために生き残ったのだ。ならば終えればどうなる。やるべきことが終わった以上、皆のためを思うならば道は一つだ。皆のもとへ行かなければ。
そうですよ、とネクロードが笑った。
一人で先に進もうなど、許されない。
ベッドに座り込んだまま、顔を覆って息を吐く。許されないと言われても、許さないのは自分自身だ。死者は何も語らない。ネクロードは灰に帰った。
終わったことは知っている。分かっている。やるべきことは死ぬことではなく、次を見つける事だ。かつてのように全てを投げ出す事はしない。タイラギの為にきちんと背筋を伸ばして見せなければならない。自分たちが巻き込んだ少年に対するそれが最低限の礼儀だ。
分かっている。理性では全部。
昼日中なら笑っていられる。全部片付いた顔も出来るし、それが本心だと胸を張って言える。
夜がいけない。思い出さなくても良いことを思いだし、益体もない考えがばかりが胸をよぎる、夜がいけない。
顔を上げて、なんとなく壁を見た。隣の部屋。当然寝ているだろうフリックを起こして、酒にでも付き合ってもらおうか。
怖い夢を見た。俺は生きていていいのだろうか。
泣き言を吐けば、きっと慰めてくれるだろう。何にも言っていないのに、全部分かった顔をして慰めてくれるに違いない。それを望む自分もいる。
だが足が動かないのはどうした事だ。
笑うように息を吐き出した。知られたくない。復讐劇は終わったのだと、フリックには思っていてほしい。いつまでも足を囚われて、動けない絶望をビクトールが抱えていることを、フリックが知らなければなかったことにはならないか。
フリックをネクロードとは無関係なところに置いておきたい。出来るだけ遠く、出来るだけ綺麗なところ。復讐とは縁遠いところに、そっと置いておきたい。
フリックがその扱いに、どれだけ不満を持ったとしてもだ。
ビクトールは何とか立ち上がると、酒と上着を手に部屋を出た。きしむドアが深夜にはあまり相応しくない音を立てるが、幸いな事に起きてくる者はいない。
一回りすれば眠れるだろうか。シエラが起きていれば良い。酒を持っていけば許してくれるかも知れない。
隣の部屋を眺め、起きてくることを少しだけ期待し、勝手な期待は裏切られ、ビクトールはそっと歩き出す。