2025-05-24
そりゃま戦士の村の特産は傭兵なんだから、こうやって渡り歩いてりゃ会うことはある。フリックが時々情報をもらったり流したりしてたのも知っている。そうやってゆるく繋がっていることはあいつらなりの処世術の一つなんだろう。
今だってあいつの部隊にも何人か所属している。弓騎兵なんて急ごしらえで作れるものじゃないんだから、金で雇えるんならありがたいぐらいなんだろうけど、なんとなくもやつくのはあれだ。距離感がよく分かんねえからだ。
聞いた話によれば、戦士の村は年が上のやつが順々に年下のやつの面倒を見ていくシステムらしい。親元から離れて、子供らと数人の大人で一緒に生活をする。だからどうしたってその中のつながりは深くなる。それは、分かる。フリックとあいつらもそういう仲で、小さいころからの付き合いだ、と言われりゃ俺だって邪険には出来ねえよ。する気もない。
でも、だ。
全軍上げての合同訓練のさなか、マチルダとフリックの騎兵がぶつかっているのが見えた。あいつの手足のように動く騎馬の中で、ひときわ動きの良いのがいくつかいる。頭が考えるよりも前に、頭の望むように動ける奴らだ。
今は自分たちの出番はない。だからあいつらの曲芸か戯曲みたいな動きを特等席で見ていられると言うのに、横からいきなり声をかけられて肩が跳ねた。
「不満気な顔してぇ」
「うっわ」
普段はフリックの副官をしているアラムは今回、俺のそばについている。外から見て感想を聞かせてくれなんて殊勝な事を言っていた。こいつも、その待遇にどこか不満げだったのは俺も似たような感情を抱いているからなんだろうか。
跳ねた心臓が落ち着くのを待っている間にも戦況はどんどん変わっていく。鏑矢の陣で一息に駆け抜けたフリックはマチルダが体勢を整えるよりも先に少しだけ小さく切り取った赤騎士の方へ急速に方向を変えた。元気よく騎士団を殲滅しようと動く先頭にもあいつらの一人がいる。
「よく動くよな」
「しみついたドクトリンが似てるんでしょ。早えんだよな」
普段ならこいつがあの場にいるはずだ。不満げに突き出された唇を、なかったことにしたいみたいに指先でつまんだアラムが肩をすくめた。
「お前が不満なのは分かるがよ」
「あんたのほうが不満げですよ。取られた、みたいな顔をして」
「取られたってことねえだろ」
そもそも戦場での役割がまったくもって違うのだ。そんなことは百も承知。俺があの場にいたら、単なる足手まといでしかない。
じゃあ戦場以外なら。俺に対してのいつもほんのちょっとだけ怒っているような、手を引っ張るような、対等といえば聞こえの良い顔。
そう言うのが本当の本当にまったくない、ただ庇護する、される存在としてのあいつの顔。ハンフリーに対するのとも違うんだよな。ああいうの、やっぱさあ、小さいころから知ってる奴の前で、自然とそうなっちゃうって奴だろ。
それが嫌。嫌なんだよな。
「自覚しといた方が良いですよ。フリックのやつ、なんだかんだと人気はあるんですからね」
「お前も含めてか」
「あんたがいなきゃ、まあ多少はね」
戦士の村なんてブランドですよ。一人拾っとけばこうして集まってくる。
アラムが言うのは本当だ。それぞれが個別に動いているといったって、下手したら知り合い同士で殺し合いになるなんて望むやつらがいるはずもない。やたらと強くて、関係が密で、裏切りはあまり想定しなくていい。
単純な「使いで」だけを考えるんなら、あいつらは本当に拾い物だ。
ため息をつく。素早く体制を整えたマチルダの残りが後ろからフリックの部隊に襲い掛かるのを当然予測したあいつらは、反転する愚を犯すことなくそのまま赤騎士を貫いていく。赤騎士が持ちこたえられるか否かが分かれ目だ。
部隊の真ん中で、フリックが楽し気に暴れているのが見えた。俺はあいつの手足にはなれないし、なってほしいなんて思われてないし、なれると自分でも思えない。
「あいつらさぁ。フリックに兄さまって呼ばれてんだぜ」
「はぁっ?!」
アラムがゲラゲラと笑う。ほんのすこしだけ羨ましいと思っていたのはそっと胸にしまっておくことにする。