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    そのこ

    @banikawasonoko

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    文責 そのこ

    以下は公式ガイドラインに沿って表記しています。
    ⓒKonami Digital Entertainment

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    そのこ

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    昔書いたやつです。何だったか。フリックをかっこよく書こうと思って書いたやつ。

    #ビクフリ
    bicufri

    2025-06-08

     月が明るい。ほうほうと梟の声が聞こえる。奇襲に備え、陣内は引き締まった空気に満ちている。
     
     幕舎、地図に見入っていたフリックに来客の声がかかる。軍師からの使者かと問えば、聞きなれた声の応えがあった。しばらくぶりに見たような気がする、数年来の友人の姿だった。男は勝手に机の傍にあった丸椅子に陣取り、感情の読めぬ目でフリックを見つめた。
    「どうだ」
    「その聞き方はないな」
     にべもなく返し、フリックはまた地図を見た。圧倒的に不利な自軍を、いかに戦術的勝利に導くか。いまだ実戦指揮官の少ない新同盟軍にとって、青年の知識はある意味玉よりも貴重だった。時折、盤上の駒を動かしながら考え込む青年の顔を、ビクトールはじっと見ている。
     フリックが手のひらの中で触れ合わせている駒が、かつかつと音を立てた。吸って吐く、小さな音。ランプの油が悪いのか、時折火さえ音を立てる。さまざまな音が回りにあるというのに、青年そのものは静かなままだ。頭の中で幾度も戦を繰り返し、最上の結果が得られる道を探っている。彼が見ているのは、平面的な地図などではないのだ。
     わずかにうつむいた横顔に、濃い金色の髪がかかる。ずいぶんと伸びたそれは半分ほど乱雑に結ばれてはいるが、いかんせん長さの足りない髪が多すぎて、ずいぶんと落ちてしまっていた。フリックは時折うっとうしそうにかきあげながらも、集中は一切乱さない。
     ビクトールはただ、じっと見ている。こと戦術に関しては、彼がたった一人で答えを求めたがる癖を知っている。豊富な知識と、それをさらに上回る経験に裏打ちされた彼の戦術眼がこうと決めたならば、それは大概外れない。外れることがあるとすれば、それは戦略的に大敗する前兆だ。
     砦のときがまさにそうだった。優れた戦術家が、すべて優れた戦略家になれるわけがない。だからこそ、軍師が必要で、あのもと交易商は手に入る最上の才だった。
     ああでもない、こうでもないと盤に駒を、縦横無尽に這わせていた手が不意に止まった。形のいい目が、ビクトールを見た。珍しく、意見でも求められるのだろうかと思ったほど真剣な瞳だ。薄い手のひらが、駒を打ち鳴らす。
    「何か、用なのか」
     一向に立ち去る気配のないビクトールにじれたのか、フリックは低い声で言う。軍師の命でならば、何かしら話があるだろう。それいかんによっては、作戦変更すらありえる。
    「まあ、確かにシュウの頼みで来たんだが」
    「そうか。言付けでもあるのか」
     至極冷静な指揮官の顔。見慣れてはいるが、少々壁を感じるのも事実。ビクトールはゆっくりと立ち上がり、乱れた髪に手を伸ばした。髪を切る暇すらない状況がいつまで続くのかわからない。トゥーリバーを仲間に引き入れたといっても、強大なハイランドからしてみればまだまだ我らは小蟻のような存在だ。
     小蟻が命を維持していくために、彼の才が必要だった。誰も、それは否定できない。上げてはいるが、ずいぶんと落ちかかっている前髪をかきあげ、額に触れると、青年は安堵のようなため息を漏らす。
    「おつかれ」
     部下の手前、隠されてはいるが疲労は濃いはずだ。髪をかき混ぜながら、偶然を装って紐を解けば硬い髪がふわりと舞った。目元まで髪で隠れた顔を、ビクトールはゆっくりと抱き寄せる。逆らわずに落ちてきた身体は、ひどく冷たかった。
     人は足りぬというのに、守らなければならない領土ばかり広い。いや、西側はまだトゥーリバーという壁があるだけまし。問題は、もともとビクトールの砦があった辺り。きちんとした拠点もなく、さりとて放棄するわけにはいかない。どちらも攻めあぐねているが、生半可な能力を持った人間では守れない。
     青年がここに来てから、一月ほど。非戦闘員を通行させられるほど平定できたわけではないが、それでも敵陣も味方も入り乱れた、なんて混乱状態は改善された。彼にとっては、このまま攻め込むほうがよほど楽だろう。そうしないのは、無尽蔵に土地を増やせない、ただそれだけの理由だった。
    「うん、ビクトール」
     はあ、と大きく息を吐き、体重を預けてくる。普段は苛烈な表情と鮮烈なしぐさばかり際立つ青年が、気を許した人間にだけ見せる甘えの相。手のひらに握りこんでいた駒を地図の上に置かせ、ビクトールはさらさらと髪を撫でた。
    「まあ、俺は慰安婦なわけですよフリックさん」
    「婦じゃないな」
    「そこはそれ。姉ちゃんたちじゃ、お前もちょっとは気を使うだろ」
    「まあねえ」
     小さく笑う姿から、緊張は感じられない。猫のように、額を摺りつけてくる。長い髪が少しばかりくすぐったい。
    「髪、伸びたな」
     切ってほしいといっていたのは確か、砦が落ちる少し前。ハイランドを退けたらな、と言いはしたものの、砦は落ちそれからとにかく暇がなかった。ミューズにいる間も、かの地すら落ちてからも、気の休まる暇などなかった。
    「誰かに切ってもらうの、相変わらず嫌いか」
    「普段なら平気だよ。だけど、今はちょっと」
     平時と戦場の境目が、うまく作れない。知らぬ他人に刃物を持って背後に立たれるなど、その他人の命が保障できない。フリックがそんなことを、始めてビクトールに言ったのは革命戦争終結時の傷が癒えかけた頃だったはずだ。だから切ってくれ、なんて甘えた台詞を吐かれるとは、あの時思ってもいなかった。俺を殺す気か。お前なら何とでも逃げられるだろ。少々の押し問答の後、折れたのはビクトールのほうだ。恐ろしいやつだとは思うが、その実彼が全幅の信頼を寄せている証拠だとも感じた。骨が細い、肌が白いとはさみを動かしながらぼんやりと見ていたものだ。
    「今、切ってやろうか」
     ビクトール自身、すぐに帰らなくてはならない身だがそれぐらいの時間はある。各地の調整ついでに、働き詰めの青年を少しだけでも休ませてこいと、軍師のありがたい命令も出ていた。さらさらと髪を撫でながら言ってはみたが、フリックは首を振った。
    「あとで」
    「いいのか」
    「いい。また、こんど」
     フリックはぎゅうと抱きついてくる。少々痛いのだが、そんなことはお構い無しだ。
    「疲れた、ビクトール」
     唯一、ビクトールにだけは何も気負わないことを言う。デュナン語を操ることすら面倒なのか、ふと気づけば青年が使っているのはトランの言葉だ。
    「おう」
    「寝たいー」
    「ちょっと寝たら」
    「まだ検討終わってない」
     そればかりは手伝えない。フリックはひとしきりビクトールに懐いた後、ひどく不満げな声を上げながら身体を離した。細い指が乱暴に髪をかき回し、纏め上げる。手首にもう一本巻いていた紐で縛り、はあ、と大きく息を吐いた。一つ頭を振るだけで、やはり髪は幾分か落ちる。
    「シュウからの伝令は、ないんだな」
    「ない。まあ、周ってきた感じ、お前の好きにしてよさそうだ」
    「そりゃ、ありがたい」
     瞬く間に、ビクトールの手に届かない場所へといってしまう青年の邪魔をせぬように、ビクトールは静かに立ち上がった。いないほうがいいだろう。帰るときにまた顔を出せばいい。そう思って踵を返した男の服のすそを、フリックがつかんだ。持っていた駒がぱらぱらと落ちる。
    「すぐ終わる」
     駄々でもこねるかのような口調で、フリックはそれでも端的に言った。だから、と声には出さずただ首を傾げて見せれば、眉根を寄せて続けた。
    「そこにいろ。終わったら、寝る」
    「一緒にか」
    「お前は起きてろ。何かあったら、俺を起こせ」
    「どんだけわがままだよ」
     軽く拒絶して見せれば、眉間の皺が深くなる。なにやらいじめているようだ。
    「……なあ」
     頼りない声で言われれば、降参せざるを得ない。手を広げ、わかりましたよと呟けば、青年は晴れやかに笑った。


     来るやつ来るやつに、何でいるんですかといわれた。護衛だよ、とまるきり嘘という訳でもないのに答えても、ただ笑われるばかり。ついたての向こうの姫は、ただ静かに眠っている。そろそろ一時間半。もう少ししたら起こしてやるか、と思っていたのだが、ついたての向こうで気配がふと動いた。
     ほぼ同時に、兵が駆け込んでくる。敵襲、と叫ぶよりも前に寝起きとは思えないりんとした声が響いた。
    「敵の数と、できれば指揮官を教えろ」
     ぎょっとしたビクトールを尻目に、駆け込んできた兵は答えをかえした。その間も、衣擦れの音がする。姿を現さないまま、フリックは指示を出し続ける。なれているのだろう、伝令兵も黙って聞き続ける。
    「まあ、部隊長は5分後にここ。よろしく」
     結局、最後まで彼はついたての向こう。それでも、張り詰めた雰囲気が幕舎を包んで、ビクトールの背筋を伸ばす。伝令兵が一礼の後に出て行くのを見やったビクトールの肩が不意に叩かれた。
    「ありがと。ずいぶん休めた」 
     彼はもう、ビクトールを見ない。迷いのないまっすぐな背中が、地図の広げられた机に向かっていく。
     もう己のものではないのだな、とビクトールはぼんやりと思う。俺のものといえる彼は、いつだってするりとどこかへ行ってしまう。それを惜しいと思っているのか、誇らしいと思っているのか分からぬまま、ビクトールも意識を戦場へと切り替えた。


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