【無慈悲な男】崩れた瓦礫を横目に男が通り過ぎる。
遠くの方で銃声が聞こえた。
すでにこの国への国家の制圧は始まっている。
裏で武器取引の糸を引いていた…いや、引かされていた俺はその命令に反することなく現地に赴く。
これも妻と、娘の為…………。
俺は昔、とある武器商人をしていた。
その武器は人を守るためであり、攻撃を仕掛けるために売っているわけではない。
その武器商人ネットワークの中心に俺はいた。
そこに目を付けたのか、とあるテロ国家が妻と娘を人質に取った。
このテロ国家はそういう行為も惜しまない残酷な奴らの集まりだ。
国家に歯向かい、自分の意見が正しいと、力でねじ伏せる最悪な理想を掲げた奴らだった。
だから俺はその命令に従うしかなかった。
先ほど音が聞こえたのはこのあたりだろうか。
………やけに綺麗だ。
そこは全壊を免れた民家だったが、その床には数体死体が転がっていた。
すべて、正確に、頭の真ん中を撃ち抜いているが…死体は武器を構えている状態だ。
動いている状態で的確に、しかも真ん中を撃つことは不可能に近い。
この銃を愛しているこの俺でさえも。
わずかに後ろで空気の動く気配を感じた。
咄嗟に身を屈め、その方向を向き、銃を突きつけた俺の前に立っていたのは赤い色をした国家の奴だった。
聞こえるのはお互いの呼吸だけ。
お互い銃を突き付けあっているがどちらかが発砲すればどちらかが撃つ。
……確実に共倒れだ。
「お前か?こいつらをやったのは…?」
「……………」
「今お前は一人か」
「……………」
目の前の男は何も言わない。
気取ってやがるのか?俺たちテロ国家には口も聞かねぇってか。
……なんだか鼻につく野郎だ。
もしかしたらこいつに妻と娘を人質に取られていることを話せば…
いや、戦場では誰も信用ならねぇ…
俺の支給品に盗聴器があるかもしれない。
一瞬で片を付けてやる。
人差し指に力を込めた瞬間だった。
ダンッ!!!
目の前の男が急に横に動いたかと思うと一発撃ってきやがった。
咄嗟に俺も発砲するが、既に横にずれた男にはその銃弾さえ掠りもしない。
カラカラカラ、と銃が回転しながら床を滑っていく。
あれは俺の…銃……、……ッ!!!
「ぐ………ぅっ」
血に染まった己の右手を左手で押さえる。
これじゃあ俺の、妻と…!娘は……!
動け動け動け!!!!早くしろ!!そうだ後ろに手榴弾が……
いや……、1mmでも変な動きをするとこいつは的確に頭を狙うだろう!
「ま、待って、くれ、…俺には!!!妻と娘が…!!」
ダン!!
無慈悲なその銃弾は俺を無に変えた。
銃弾は俺のバイザーのど真ん中を通って後ろから突き抜け、壁に血が飛び散る。
どさり、と壁に凭れ掛かって崩れ落ちた俺は徐々に意識が遠のいていく。
死んだと同然だ。
「こちら第2部隊隊長ジェルベーラ、本部総指揮官、応答願います。」
(首尾は上々かね?)
「イエス、サー。ただいまこちらの地区を制圧したところです」
(第1部隊が苦戦の様子じゃ、急ぎそちらへ行け)
「イエス、サー」
無線を切った男は何もなかったかのようにその民家を後にした。