おやすみと言ってふと、目が覚めた。
いつから眠っていたのであろうか。
昨日の…いや、一昨日か?
あの人の相棒のJと料理の事で少し話しただけだ。
じゃあそれからずっとこの身体をあの人が?
私は重たい上半身を起こす。
時計を見ると午前4時をもう少しで過ぎるところだった。
あの人はまたジェルベーラさんに何かしたのだろうか、ジェルベーラさんは無事なのだろうか。
ジェルベーラさんは同じ敷地内に住んでいるが少し離れた花屋と併設した広い屋敷に住んでいる。
その屋敷にはポルペッタくんとネーヴェちゃん、ラメットちゃんとスファレちゃんもいる。
昼頃チカさんのラボの皆も来て、毎日皆がそこに集まるのだ。
深夜とも早朝とも言えないこの微妙な時間に外へと出る。
ジェルベーラさんを起こすわけにもいかないが確認は大事だ。
私の大切な…大好きで優しくて強くて頼もしい憧れの先輩。
玄関を出ると真冬に差し掛かったこの季節の冷たい風が肌をぴりっと刺した。
少し身震いをして濡れた芝生の上を歩く。
ふと目の前の屋敷の二階の一室の明かりがぼんやりと点いているのが見える。
あそこはジェルベーラさんの部屋だ。
(起きてる…のかな)
私は急いで屋敷へと駆け寄り、塀を上り、屋根に上る。
どうか、あの人が出てきませんように。
そう願うしかなかった。
私とあの人が切り替わるのは突然だし予兆も何もない。
ただ、私が長時間記憶がないということはあの人がこの身体で長時間起きていたのだ。
だからきっとこの身体の奥底で眠っているに違いない、と私は思った。
ちらり、と窓から覗く。
ジェルベーラさんはベッドで上半身を起こしながらベッドサイドの明かりを付けて本を読んでいた。
室内は様々な種類の花がドライフラワー用に吊り下げられていて、ベッドから少し離れたところにある暖炉が小さい炎を灯しながらゆらゆら揺らめいていた。
寝れないのかな、でもよかった…ジェルベーラさんが今日も生きている。
大丈夫だ、帰って私は寝よう。
帰ろうとしたその時…
「うわっ……!!」
屋根の上で少し滑ってしまい、咄嗟に手すりに掴まる。
ガタガタと窓が揺れてジェルベーラさんが顔を出した。
「サンタにしては少し早い到着だネ?眠れない私にプレゼントなのカナ?」
そういいながら頬杖を付き、私の方を見て笑いながら手を差し伸べる。
私はおずおずとその手を取った。
「ジェルベーラさん…えっとその、これは違うんです!不法侵入とかじゃなくて泥棒とか盗み見とかそういうものでもな…いっ」
ジェルベーラさんの人差し指だ私の目の前に差し出された。
「クローバーチャン、まだみんな寝てるから。…ネッ?」
「………す、すみません」
「さあ、上がって。外よりはマシだろうから」
私は申し訳なさそうに窓から部屋に入る。途中少しお尻が引っかかってしまい少し恥ずかしい思いをした。
夜中に映画を見ながら塩とバターたっぷりのポップコーンを食べるのはやめておこう…、私はそう誓った。
「わぁ…」
初めて入るジェルベーラさんの部屋は仄かにいい匂いがした。
「さ、クローバーチャン。お布団入ってヨ」
「……え?なんて…?今なんて言いました?」
「冷えたでしょ?私もちょっと寒いからちょうどいいなって、ホラ!!」
ジェルベーラさんはベッドに潜り込むと入れと言わんばかりに布団を捲りあげる。
「いやっ、あの、うれしいですが!!むしろ私が緊張してしまうというかジェルベーラさんに申し訳ない気持ちであのあのっ!!」
「クローバーチャン、だから、シー…」
「う……すみません、ではあの、失礼します」
私はゆっくりと布団に潜り込んだ。
ラベンダーのような、石鹸のような、そんな優しい香りが私を包み込む。
「柔軟剤使ってるんですか?」
「いや、お手製のポプリだヨ」
ほら、と枕下に隠してある小さくかわいい半透明の袋に入ったポプリを見せてきた。
「安眠できるようにネ、でも今日は寒すぎたのか夜中に起きちゃって。読みかけの小説を読んでいたんだ」
「そうなんですね…どんな小説を?」
「ふふふ、植物に寄生されたクルーメイトがこの星を侵略する話でネ…」
「えっ!?怖いじゃないですか!!やめてくださいよ…!!」
「嘘だヨ、ただの有名なストーリー小説。クローバーチャンも今日は寝れなかったようだね、そういえば…早いけれども私から…」
ふとジェルベーラさんは横を向き、ベッドサイドテーブルの下にあった何かを取り出した。
動いたことで布団に少し冷めた空気が入り、私は深く潜る。
「はい、クローバーチャン。早いけれどもジェルベーラサンタからのプレゼントだよ、もう少し大人っぽいものを渡そうとしたけれどもクローバーチャンって意外にかわいいトコロあるからサ」
そう手渡されたのはテディベアのぬいぐるみ、ちょっとだけ柔らかくてクタクタだ。
嬉しくて抱きしめると、仄かにラベンダーとオレンジの匂いがした。
「これにもポプリを?」
「うん、だから明日からはきっと安眠できるヨ」
「ジェルベーラさん、…私なんかの為に!!ありがとうございます!!」
ふふふ、と笑いながら抱きしめる。
だが、私はもう死んでいるという事実を何故か今のタイミングでふと今思い出した。
寄生生物が持ち込んだクローバーという概念でしかない。
それでも、いいのだろうか?
分からない。
しかし今あるのは本物の感情だ。
私は少し怖くなった、この先に何があるのだろう。
「ジェルベーラさん、もう一つプレゼントをもらってもいいでしょうか?」
「えっ!?でも何もあげるものないヨ!?」
「ううん、あの、おやすみって私に言って欲しいんです」
「そんな事だったんだネ、大丈夫。言おうと思ってたから。…クローバーチャン、じゃあおやすみ。また明日…良い夢を…」
「はい、ジェルベーラさんもおやすみなさい…」
きっとこれで明日目覚めなくても私はもう満足だ。
ポプリの匂いとジェルベーラさんの匂いに包まれて私はバイザーを細めて、満足気に静かに眠りに就く。
「うわぁああああああああっ!!なんだ貴様っ!?」
朝7時50分、ジェルベーラの屋敷に大声が響いた。
勢いよく蹴とばされたジェルベーラは意味が分からないような顔をしてこっちを見ている。
「なぜ俺が貴様と一緒に仲良くオネンネしてるんだッ!!」
「えっ?クローバーチャン?昨日クローバーチャンの方から私の部屋に来たんだヨ!?」
「ア、アイツ…、また余計なことを…!!今日は勘弁してやるっ、覚えておけっ!!」
さすがにこんなパジャマ姿となにも持っていない状態では殺すこともできないだろう。
「あっ、クローバーチャンほら忘れ物!!」
ぐいっと何かを押し付けられた。
手には可愛らしいテディベア、投げ返そうと思ったがクローバーに後々泣きつかれたら困る。あいつだって利用価値があるからこの身体に残してあるわけで…。
「ちっ…!!」
そう舌打ちをするとクローバー(カルド)はジェルベーラの部屋のドアを蹴り、下に降り、玄関を出る。
残されたジェルベーラはぽつりとつぶやいた。
「遅めの……反抗期?」
「おはようございます、死神さん」
玄関には見慣れた格好のJがいた。
と言っても頭にいつもあるゴーグルは眼鏡に代わっている。
「やはりここでしたか、今朝見なかったので探してたのですよ。ってテディベア…貴方に似合わないですね…」
「すまない、クローバーが夜中に勝手に…この熊のぬいぐるみも……くっ…」
「顔が赤いですが…なにかあったんでしょうか?この格好では寒いですし、まあ戻って朝食を食べましょうか」
Jはジャケットを脱ぎ、クローバー(カルド)の肩に優しく掛けた。
「ぐぬ………、分かった…」
「今日はたくさんの野菜が入ったオムレツです、パンも焼きたてで…サラダも今朝収穫したものなんですよ」
ふふふん、と鼻歌を歌いながらJはクローバー(カルド)の横に並んで歩きだす。
その様子をジェルベーラは二階から見ていた。
「あの二人、仲良しだナ。おじさんちょっと妬いちゃうナ~…ナンチャッテ!!」
コンコン、とドアを叩く音がした。
ガチャリと静かに開くと黄緑のかわいい娘が顔を覗かせた。
「ジェルベー…お父さんっ、ごはんできたって!!今日はポルペッタが作ってくれたよ、私シリアル食べるね」
「ラメットチャン…!!」
いや、私もどちらかというとシリアルがいいなぁ…と言いたいところだ。
朝食を食べて少ししたらチカチャン達も来るだろう。
それまでに花に水をあげて話しかけて、お世話をしよう。
砂糖漬けのスミレと、エディブルフラワーの甘いクッキーもラメットと一緒に作ったあと皆に紅茶を振舞うんだ。
色々と考えていたら私は少し、今日が楽しみになった。