初恋を捧ぐ私は今日、とある約束で花屋の前に立っていた。
いつもは花を買うだけだったが今日は違う。
(よし……身だしなみも、大丈夫…!!)
今日は花屋の店主さんと初めてのお茶会だ。
もっとお花の事を知りたくて、お話したくて、今日お茶会を開くことになったのだ。
ガラス窓で自身の姿を確認し、小さな小瓶を取り出した。
花のコロンだ。
きつすぎず、ふわりと香るそのコロンはもらった時からの私のお気に入りだ。
「いらっしゃ~い」
奥の方で声がする、店主はそこにいるのであろうか。
自動ドアをくぐった先は一面植物と花だらけだ。
見覚えのある花を優しく手の甲でかき分けて前へと進んでいく。
私は何度か来ているが、最初の頃は追い出された。
お店によっては一見さんお断りの店もあるらしいがまさか花屋にも…と思ったほどだ。
本当の理由は店主が花を売りたくない、というひねくれた理由だった、らしい。
「あ、こんにちは…!」
「あぁ、待ってたヨ~!!そろそろ来る頃かなって、…あ、チョット待って~!」
目の前で鋏やジョウロを片付けているのはここの花屋の店主、ジェルベーラさん。
花を愛するクルーメイトだ。
「あ、あと看板をcloseにしたり準備してくるから奥に行って先に座って待っててネ!!」
「は、はい!」
私はカウンター奥の小さな扉を開けた。
ここは初めて入る。
まるで温室のような広い空間が広がっていた。
決して植物園のようには広くはないけれども、ミラ本部のグリーンハウスに匹敵するほどだ。
(わぁ……すごい…)
その空間の真ん中には美しい装飾の白い椅子と白いテーブルがあった。
その上には控えめでかわいらしい空のカップとソーサー、アンティークの木箱の中にはキャンディースプーン、少し離れたところにタイマーが置かれている。
私は暫く椅子には座らずに足元の可愛らしい花に気づきしゃがんで微笑んだ。
「待ったカナ?…お待たせ!!この子、かわいいでしょ~おじさんの大切な子だヨ!!まあでもみんな大切なんだけれどもね~」
振り返ると横長の銀トレーを持ったジェルベーラが私に優しく声を掛けた。
「小さくてとてもかわいらしいです、色も優しい白色で甘い香りで…すごく私の好みと言いますか…花のお名前はなんですか?」
ジェルベーラは音を立てずにトレーを机に優しく置き、タイマーを手に持ちこちらに来てしゃがんだ。
「イベリスってお花だよ、別名はキャンディタフトと言って砂糖菓子みたいなかわいらしいお花なんだ。ちなみに花言葉は……」
言いかけた途端、タイマーがジェルベーラの手の中で鳴った。
「おっと、いけない。蒸らしすぎも良くないんだ。紅茶はね、蒸らす時間が長いほどタンニンが増えて苦みが増してしまうから…そうなった場合はミルクティーにするといいんだけれども今日はそうはいかないからね」
「初めて知りました、やはりジェルベーラさんは植物に詳しいだけあって紅茶に関しても博識なんですね」
「いやーそんな事ないけれどもおじさん褒められちゃって嬉しいナァ~!…さ、お嬢さん、お手を」
スッと立ったジェルベーラが私に手を差し出す。
私は素直にその手を取った。
ドキドキと胸が鳴るような感覚。
伝わらないといいな、手…緊張して汗出てないかな…。
そんな細かい事を気にするなんて数分前の私は思わなかっただろう。
ジェルベーラは椅子のところに私を連れて行き、椅子を引いた。
「どうぞ、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます…っ」
私が座るのを確認した後、ジェルベーラはポットを取り、ティーカップに紅茶を注いだ。
ふわり、と華やかな香りが舞う。
「今日は優しめの匂いのお花の紅茶だよ、まあでもお花の香りを邪魔しないように紅茶はアッサムなんだけれどもネッ」
「ジェルベーラさんがブレンドしたんですか?」
「そうだよ、おじさん直々にネ!!」
嬉しそうな笑顔でこちらを見ながらジェルベーラは自分のカップにも紅茶を注いだ。
「一番手前に香りが来るのがライラックってお花ダヨ。食べると幸せになるっていうお花なんだ」
「えっ、食べれるんですか?食べてみたいです…!」
「そう言うと思ってちゃーんと持ってきたヨ~!!」
ジェルベーラは向かい側の椅子に座って、トレーに置いてある蓋の付いた陶器を持ち上げて私に渡す。
「ほら、開けてみて」
カチャリと開けると、紅茶と同じような香りがした。
「わ、すごい…!どう表現したらいいんでしょうか、懐かしいような安らぐようなそんな香りで…本当にいい香りです…!!」
「これを紅茶に浮かべてみなさい」
ジェルベーラはキャンディスプーンを手に取り、私に渡す。
ひと掬いしていくつかの花びらを紅茶に浮かべると、花びらたちは沈まずに表面でゆらゆらとかわいらしく揺れている。
「すごい…写真に撮っておきたいほどかわいいです…!!」
「でしょでしょ~?」
「それにこのお花の色が紅茶と合って、本当に………あっ、私ったらこんなにはしゃいじゃって…」
私は顔を赤らめて手で少し覆い隠した。
こんなにたくさん喋って恥ずかしい、死んじゃいそう……
「んー?別にかわいらしいなぁっておじさん見てたけれど…」
「そ、そん…な、かわいらしい…、なんて…!!」
「ここまで感動してくれるなんておじさんも嬉しいし、何より私がプレゼントしたお花のコロンとか付けてきてくれるのかわいいなーってずっと思ってたヨ」
「気づかれていたのですね…コロン」
「カウンターに来た時に分かったんだ」
「なんだか、照れてしまいます…えっと、その、そうだジェルベーラさんから植物とお花にまつわる楽しいお話を聞きたいです…!」
「話を逸らされた上に無茶ぶりだナァ~」
まあいいけどねっ!と笑ったジェルベーラは様々な植物や花のお話をしてくれた。
神話と花の関係、過酷な環境で育つ植物、雑学など…
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕方が来てしまった。
「もうこんな時間なんですね……」
「あっという間だったネェ…」
「あの、ジェルベーラさん……また来てもいいですか?」
「もちろん、またお茶と一緒に待っているよ。今度はハーブティーにしようか」
「嬉しいです…!!またじゃあ連絡します…!」
「たまには私も質問していいかい?おじさん、お嬢さんの事も知りたいと思ってるんだが…それはダメかい?」
「えっ、あの、私もジェルベーラさん自身の事も……知りたいと思ってたんです」
「嬉しいよ…!!あ、そうだ、この子持って行ってあげてよ」
スコップで根を傷つけないように、先ほどのかわいい白い花を一株地面から掘り出して別の小さな植木鉢に植えた。
「これは……、いいんですか?」
「もちろん。私からお嬢さんに」
「あ、ありがとうございます!あの、すごく大事に、育てますね…!!」
「うん、この子も絶対喜んでるよ。では、暗くなる前にお帰り…気を付けて帰るんだよ」
「はい、ジェルベーラさんも…!!さようなら」
「またねぇ~」
手をひらひらと振るジェルベーラが見えなくなり、花に目線を落とす。
キャンディのように甘い香りだ。
(そういや、この花言葉…なんだったんだろう)
―――――――――――――――――――――――
「おい鬱陶しいゾ」
「チカチャン辛辣ぅ~~~…」
「なんださっきから花なんか眺めて独り言ばかり」
「おじさんの初恋を捧げちゃったナァ……このお花の花言葉は初恋の思い出…なんだァ…」
「うお……気持ち悪ぃ、おいポルペッタ。こいつ今の内に調理してしまえ」
「えっ!?ジェルベーラ料理になりたいの!??!」