邂逅暗い研究室の中、ブザーが鳴り響く。
周りの照らすものは警告を示す赤のライトの点滅だけだ。電気系統を真っ先にやられたのか、電源は全て消えてしまった。
ここはさまざまな生物の生態を調べる国家の研究所だ。動物、植物、鉱物、カビや金までなんでもある。
そんな最高レベルの防犯が張り巡らされている施設に誰かが侵入したらしい。
見つからないよう、机の下に身を隠す。
私は震えながら怖がるペットの青い犬を抱きしめながら守るように背を向けた。
私は後悔した、こんな遅くまで残業なんかすべきではなかったと。
だが、国家には侵入者が入ったと連絡は行っているだろう。
数分もしないうちにここに……
「……!!」
カツン、カツン…と誰かが廊下を歩く音が聞こえる。間違いない、もうこの研究所に残っているのは私だけだ。その足音はとても堂々としているように聞こえる。
足音が止まった。
どこかへ行ったのか、立ち止まっているのか…私には確認する術がない。
カチリ。
後頭部に冷たい硬いものが当たる。
「黙って俺の質問に答えろ」
「………ッ!!!」
「この研究所の植物生態ラボでジェルベーラという男が最近来なかったか?」
「あ、あの、…私、わ、わからないで、す…!!」
「言え」
後頭部に当たっている物が強く押し付けられた。
震えて声がうまく出せない。
「ほっ、ほ、本当に、知らないんで…す!!わた、わたし、は…ッ!動物の生態の、け、研究者で、して…!!だからッ…わた、…見逃して…」
「チッ……国家の犬が…」
パァン、とラボの中に乾いた音が響いた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「(ザザっ…)こちら現場……
殺害されたのはここの研究所の研究員。
……あぁ、それはまだ捜査中だ。
分かることは資料が盗まれたようで個人情報との事…………あ、いや、金目のものは盗まれてない。
また連絡する」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「……私を探している者が?」
青色の軍人が、花を見ているジェルベーラに語りかける。
「えぇ。先日、植物生態ラボが何者かに襲われて、一人の研究員が亡くなったのご存知ですよね?」
「……その襲撃者が」
軍人はこくりと頷く。
「ですので、護衛を付けようかと話を」
「いや、必要ない」
ジェルベーラはゆっくりと立ち上がる。
「退役した者に人員を割けるほど人数が足りてるわけじゃないだろう」
「ですが……」
「それに」
ジェルベーラは悲しげな笑みを向けた。
「今まで向けていた銃口が私にも向いたというだけだ」
(この時期は特に日の入りが早いな……)
辺りは徐々に暗くなり、空が夕焼けから宵闇へと変わる頃。
自宅へ向かうジェルベーラは、後ろからついてくる何者かに気づいていた。
その人物は足音を殺し、ジェルベーラに気づかれないよう、ある程度の距離を保ちつつ背後についている。
だが、隠しつつも漏れ出ている殺意を、ジェルベーラは肌で感じ取っていた。
ジェルベーラは不意に歩みを止める。
「私に何か用かな」
ジェルベーラは振り返らなかったが、自身に銃口が向けられたのを風の動きで読み取った。
「貴様に殺された者だ。俺はインポスターになって蘇り、貴様に復讐する為ここに来た」
インポスターと名乗った人物は、ジェルベーラの後頭部に銃口を押し付ける距離にまで近づく。
だが、ジェルベーラは怯える様子も、手を挙げる仕草もせず、
「なら撃てばいい。今の私には何も無いが、キミの心を満たすくらいの事は出来るだろう」
その答えに、インポスターは舌打ちをする。
「……失う物が無いのはつまらないな。貴様に大切なものが出来たら再び殺しに来てやる。
いつ殺されるか分からぬ恐怖と共に過ごしていろ」
ジェルベーラから銃口が逸れる。
直ぐに振り返るが、後ろには誰もいなかった。
不気味な静けさが広がっていた。
(大切なもの……か)
ジェルベーラは踵を返し、家へと向かう。
(そんなもの、私の最期までできることは無いに決まっている……)