「エアコン付けたまま寝たくはないんだけどな」
「俺も気持ちはわかるんだけどねえ……」
二葉は苦笑する。
「消したら室温三十度超えるよ?」
「おかしいだろう」
「俺に当たらないでよ」
とはいえ兄の気持ちは十二分にわかる。記憶に残る子供の頃の夏は果たしてこれほど暑かっただろうか。まだはじまったばかりの夏に、これからの不安を抱かずにはいられない。
「とりあえずお前は風除けな」
ベッドに潜り込みながら兄はそう命令してくる。
「いいけど、俺も喉は痛めたくないから兄さんの方向くよ?」
「あ?今更だろ」
「……それもそうか」
思わず吹き出しながら二葉もベッドの中に潜り込む。手元の照明のリモコンを手にしようとした時兄と目が合う。
「どうした」
「どうした、っていうか……」
目を逸らす気配のない兄を二葉もじいと見つめ返した。エアコンをつけたまま寝るのは案外楽ではない。室温は快適になるかもしれないが、どうしても喉や肌が乾燥しがちになってしまう。そして温度調整に気をつけていても、寝ている間だと身体は冷えやすい。
だからこその風除けになれ、という理屈。わからないではないが、見つめ合う必要性はない。兄は二葉に背を向ければ良いはずなのに。
ぴ、と照明のリモコンが音を立てると室内は一気に夜の帷に包まれた。まだベッドライトは消してないから、兄の顔の輪郭はしっかりと捉えられている。まだ、真っ直ぐに見つめられたまま。
「……兄さん」
呼びながら頬に手を添えると、兄は黙ったままようやく目を伏せる。だが二葉から背を向けるわけではない。二葉が兄に身体ごと寄せると、少しだけ冷えた足の爪先同士が触れた。そして、それから。
(……)
僅かな身じろぎで布の擦れる音がした。枕か、シーツか、薄い掛け布団か。静かに音を立て続けているエアコンより耳に響く。もう一度、唇の音。離れてから目を開けば、兄は再び閉じた瞼を開けて二葉を見つめていた。
誘ったわけでも、誘われたわけでもない。ただ二人薄明かりの下で同じベッドに入っただけだ。ただそれだけ、と言うには二人これまで重ねてきたものがあまりに多いのだけれども。
唇を重ねながら空いた方の手で腹の下辺りをまさぐれば、なんでもないと言うにはいささか高い熱を感じる。ずくり、と自らも疼き出す。
「……明日は朝早いからな」
兄はぼそりと小さく呟く。そのくせ二葉に背を向ける様子はないし、手を払い除けようとする気配はない。最後までは流石に拒まれるかもしれないが、多分、最後『は』拒む、というだけだろう。
エアコンの冷えた柔らかい風は二葉の背中を時折撫でていく。その冷たさはきっと、ベッドライトを消すまでは二葉に心地よさをもたらしてくれるだろう。
再び二葉が寄せた唇を、やはり兄は拒むことなく受け入れた。