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    グッズを受けてざかざかーと書いてみたくらおうです。大学生だしモブがいます。

    ふわり。寝坊して慌てて家を出てきたせいで朝食を抜いてきた身にはあまりに毒な、柔らかく甘い匂いが鼻腔をくすぐった。くそう。心の中で毒づく。猛ダッシュしてなんとか授業開始十分前に滑り込めた真面目な学生になんて仕打ちだ。これならばコンビニにでも寄れば良かったかもしれない。遅刻しなくて良かったという安堵が少しずつ後悔に傾きはじめたその矢先。
    「……」
    ちらりちらりと自らに視線が向くのはわかるが勘弁してほしい。だが自らの腹の虫は制御できるものでもない。くそう。再び心の中で毒づく。今日は厄日だ、そうに違いない。俯きながら思わず下唇を噛む。
    「……その」
    「……あ、俺?」
    「ああ、もしよかったら、これを貰ってくれないか」
    隣の席の男から差し出されたのは、友人達ともたまに行くことのあるカフェのクロワッサンだった。近づけられてつんと鼻に届く匂いは先程腹の虫を刺激したのと同じものである。なるほど、匂いの元は隣からだったのか。それは刺激が強いはずだ。
    「……え、それはありがたいけど、あんたのじゃないのか?」
    「いや、朝食は食べてきたんだが、つい買ってしまってな……食べる予定も今のところないから、貰ってくれるとこちらも助かる」
    「すまない、ありがとう。金は払う。寝坊して朝食えなかったからとても助かった」
    カフェのクロワッサンを朝の忙しい時間に食べる予定もないのにわざわざ買うのはおかしいと思いはしたが、そんな疑念は暴力的な空腹の前には無意味だった。気づけばぱん、と手を合わせて礼を告げている自分に内心呆れるが今回は相手からの申し出だから許されたい。
    「それは良かった」
    隣の席の男は穏やかに笑いながらクロワッサンを渡してくれ、お金は食べてからでいいと気遣いまでしてくれた。うっかり惚れかけたが、ぶんぶんと頭を振って受け取ったクロワッサンにかぶりつく。口の中に香ばしい香りがぶわりと広がり、柔らかな甘さとあたたかさに舌が喜んだ。
    「あんたは神だ……」
    思わずこぼれた独り言にぷっと吹き出される。
    「そこまで喜んでもらえたならよかったよ」
    慌てて財布を探すふりをして顔を逸らす。本当に惚れてしまうところだった。大学生の男が食べる予定のない食べ物をうっかり買ってしまうなんて、ほとんど確定でいい人を思ってだろうと察せられるのに。
    少し多めの金額を払い、釣りを余計に出そうとしてきたのを止めている歌に教員が入ってきたから内心胸を撫で下ろす。自分にこれ以上願えることがあるとすれば、隣の男とその想い人が上手くいっていますようにということだけだ。



    「……クラウチ」
    「……はい」
    「分かってるならいいんだよ」
    ふぅ、と息を吐きながらも王子は目の前の包みに手を伸ばす。大学生になったからといって高校時代からの食欲がいきなり落ちるわけではない。太っているわけではないけれど、王子も蔵内も人並みに食べるのだ。クロワッサンの一つや二つくらいであれば割といつでも苦もなく食べられる。好物であるし、大学の近くのカフェのそれはスーパーで売っているものとしたら外側のさくさく感と中のしっとりとした柔らかさの加減がやはり違って美味しい。案外カロリーが高いから、食べすぎるわけにはいかないけれど。
    「……うん、美味しい」
    口に入れたクロワッサンは良く知る美味しさだった。ほっとしたのか蔵内も自分の分に手を伸ばしていた。
    いつだって美味しいし、安心して食べられる。だからこそ頻度が問題だった。突然の差し入れはせめて週に一度くらいにしておいてほしいと思う。もらったらどうしても食べてしまうし、あまりに高頻度だと流石にお返ししないといけないかな、とか考えてしまうから。
    あっという間にクロワッサンは口の中に消え、手に残った包み紙はくしゃりと握りつぶしてからゴミ箱に捨てる。ぺろりと口元を舐めると残っていたらしいかけらが舌に触れた。
    「でも、悪い気分ではないからね」
    一応、誤解のないように告げておく。
    「愛されてるなあって実感できるから」
    しれっとそう続ければ、蔵内の顔がわかりやすく赤く染まった。誤魔化すようにもくもくとクロワッサンを咀嚼して、飲み込んで、口元をティッシュで拭っている。というか、多分口元は隠したいだけだろう。
    「……頻度だけ気をつける」
    「そうしてよ」
    王子は蔵内の顔からなかなか引かない赤みをただ眺めていた。そろそろ他の二人も来る頃だし。
    だけどもクロワッサンの良い香りは、しばらく部屋から消えそうにもなかった。
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