「國神が好きな動物ってシロクマだっけ?」
國神がこちらを振り向いた気配がする。目の前の水槽でペンギンがすいすいと泳ぎながら千切の前を通り過ぎていった。
「そうだけど、いきなりどうした?」
「いきなりでもないだろ、ここ水族館だし」
「……それもそうだな」
「ここにはいないけどな」
今日は久しぶりのオフがてら千切、國神、潔、蜂楽の四人で遊びにきていた。東京観光の名目でスカイツリーに行き、同じビルに水族館があることに気付いてせっかくだし、と寄ることにしたのだ。ビルの中のいささかこじんまりした規模のため國神の好きなシロクマなどの大型の生物はいないが、それでもふよふよと水槽の中をただよう魚やペンギンを眺めるのは楽しい。この規模の水族館は潔曰く東京にはいくつかあるらしい。流石大都会だな、と九州の田舎育ちの千切は思う。
千切は後ろを振り返る。「俺これ飲みたい!」と可愛い装飾のついたドリンクを見つけた蜂楽と潔はショップの列に並んでいた。それほど混んではいないし、あと数分で戻ってくるだろう。
「國神」
「どうした?」
再び目の前でペンギンがふよふよと泳いでいくのを眺めながら、今度は國神の方に顔を向ける。國神は先程からずっと千切を見つめていたようだ。飽きさせる気はないけれど、こいつも好きだな、とつくづく思う。好きな相手に好かれているという事はこの上ない幸福ではあるのだが。
「ペンギンもかわいいけどさ」
「うん?」
徐に話し出すと、國神は話しかけられたことは理解したらしい。首をこてんと傾げている。
「や、さっきからペンギンが泳いでるのかわいいなって」
「え、あ、うん。かわいいな?」
「だけどさ、シロクマはいねえじゃん」
「そうだな」
「だから今度はシロクマいるとこにも行こうな」
「……え、あ、おう!?」
千切の言うことを理解するのに数秒要したらしい。薄明かりの中ではわかりにくいが、國神の表情の変わりようからしてきっと顔も赤いのだろう。きゅ、と心臓の辺りに甘い痛みが走る。こいつかわいいな。千切は思いながらも一旦それは置いておく。
「そんでさ、その時は二人きりだと嬉しいんだけど」
「へ……」
「お前は?」
答えなんて聞かなくてもわかる。けどちゃんと國神の言葉で聞きたくて千切は國神を見つめ続けた。はくはくと國神の口が開閉して。先に千切に伝わったのは國神の座っている方の手に重ねられたぬくもりだった。
「……俺も、行きたい」
千切と二人で。水族館の淡い光に國神の恥ずかしそうな、しかし真剣な表情が照らされている。重ねられた手はじわりと力を込められて。千切を見つめる瞳は真っ直ぐだ。
「失敗したかも」
「え」
千切は國神の耳元に口を寄せる。
「今めちゃくちゃキスしたい」
流石にそれなりに人がいる中でするわけにはいかないが。今周囲に気づかれているかはわからないが一応今はそれなりに有名人だし、そもそも人前でキスなんて浮かれきった姿を晒したくはない。そんなものは國神だけが知っていれば良いのだ。耳元から口を離し再び國神を見つめれば、言うなよ、と口を窄めている。
「……言われたらそんな気持ちになるだろ」
「言われなくてもなれよ」
「ハイ」
肩をすくめて、視線は逸らして。そのくせ様子を伺うようにちら、と再び千切に視線を寄越してくるその顔は薄暗い中でも真っ赤だろうと確信を持てた。國神の瞳の奥に揺らいだ熱を捉えて、やはり失敗したなと思う。どうしようもなくキスがしたい。
「ちぎりーん!おまたせー!」
「蜂楽、声でかい!」
空気が読めるのか読めないのか、お目当てのドリンクを得たらしい蜂楽に声をかけられる。声の方に目をやると蜂楽も潔も両手が塞がっていた。どうやら千切と國神の分も買ってきてくれたらしい。先ほどみたショップでの写真だと、かなり甘そうな飲み物だったが、今の千切と國神にはちょうど良いのかもしれない。
「また二人で予定立てようぜ」
「……オウ」
それだけ告げて、千切は蜂楽に向かってひらひらと手を振る。甘い気分は飲み物の物理的な甘さで誤魔化すことにして。
今夜は二人きりになれる時間取れるかな。次の予定を立てる時間と、今から飲み下す甘やかな空気を味わうための時間と。
水槽に目をやると、ペンギンは千切を見つめるようにふよふよと水面に佇んでいた。