勇敢なお姫様は…… それは一瞬のことで、その場にいた全員がすぐには反応できなかった。麻薬組織の一派を追い詰めたところまでは良かった。証拠も事前に揃え、後は捕まえるだけという状況の中でシャーロックが撃たれたのだ。倒れるシャーロックを尻目に捕物が行われ、彼はすぐに病院に運ばれていった。幸いにも弾をかすめた程度で大事には到らなかった。
それはそれとして、怪我をした事よりもシャーロックは今直面している大きな問題にどう立ち向かうかで頭を悩ませていた。
「痛ってぇ!! もうちょっと優しくしてくれよ!」
「自業自得……」
「悪かったって言ってんだろ? リアム機嫌直せって!」
シャーロックの足に包帯を巻きながらウィリアムはその言葉を無視する。シャーロックは大きなため息を吐いて途方に暮れた。
弾をかすめた場所はふくらはぎ辺りで、今は松葉杖生活を余儀なくされている。こうして一緒に住んでいるリアムの手を借り、一日一回の包帯の交換をお願いしているわけだが……ずっと機嫌が悪いのだ。大方無茶をした事に腹を立てているのだろう。心配させてしまった事を詫びても一向に機嫌は良くならないが……
「なぁ……どうしたらいい? リアムが心配してくれてんのはわかってる。悪かった」
「……相棒のワトソン先生が医師だから、無茶をするのですか?」
唐突にジョンの事を持ち出したウィリアムに首を傾げるシャーロック。
「はぁ!? なんでジョンが出てくんだよ。関係ねぇだろ?」
「先生と組む前から無茶をしてたと……なるほど」
「だから、ジョンは関係ねぇだろ! なにが聞きてぇんだよ」
「ワトソン先生って怒らせたら怖そうです。彼からも怪我をする度に怒られていたのでは?」
「そーだけど! 一体何の話なんだよ……なぁ、リアム。ジョンの話してお前の機嫌が直んなら、いくらでも話すけど……そうじゃねぇんだろ?」
相変わらず無表情のまま淡々とジョンの話を続けるウィリアム。話の核心が見えずにシャーロックは焦る。ウィリアムからの冷たい視線をこれ以上浴びたくはない。無茶したことは反省しているし、心配をかけたことも申し訳なく思っている。敬語口調も勘弁してもらいたい。
「ワトソン先生。心労が絶えなかったでしょうね……僕も、今同じ気持ちです。でも僕は先生のように優しくはないので……」
数時間ぶりに見たウィリアムの笑顔はなにかを企んでいる時の嫌な笑顔だった。背筋に変な汗が伝う。ウィリアムが怪我をした方の足を徐に持ち上げて足背に唇を寄せてこう言った。
「怪我が治るまで君のことをお姫様扱いすることにします。幸いにも君は今自由に動けませんし、僕の手をどこかで借りなければなりませんから……エスコートされるのは嫌でしょう?」
上目遣いで宣言された言葉にシャーロックは、恥ずかしいやら後悔やらでいっぱいになる。
「さて、シャーリー。飲み物は紅茶でいいかな? あ、タバコも必要だね。君は大人しく待っててね。動く時は僕が抱っこするから、これは玄関のところに置いてくるね。外では流石に必要だからね」
楽しそうな微笑みを向けたまま、ウィリアムは松葉杖を回収し、紅茶を淹れに行ってしまった。こうなってしまっては、ウィリアムにされるがままだ。頭を抱えたシャーロックは思い切り叫ぶ。
「俺が悪かった!! 反省してるから本当に勘弁してくれ!!」