【WS】Good morning shock 昨日の事だ。ウィリアムからこう言われた。
「今日はね、皆任務で貿易社を空けるんだ。アルバート兄さんも別件で君のお兄さんに呼び出されていない」
少し頬を赤らめ、こてんと小首を傾げ言われた。その意味がわからないほどシャーロックは愚かではない。
三年の間で友達から恋人にまで発展してしまったウィリアムとの関係を秘密にしたままロンドンでの生活を再開させた。皆に言うか未だに迷っている。そのため、なにかと理由をつけて外泊するのも大変なのだ。自分は衆人環視の的でもあったため、ロンドン内のホテルにでも入ろうものなら大変な事になる。逢引場所は唯一、自分達の関係を知っているビリーに手配してもらった市内の中心地から外れた一軒家である。逢引場所は一応ピンカートン側の建物という事になっているらしい。ビリーには感謝だ。しかし、外泊の言い訳をするのも、場所へ向かうのも、意外と重労働なのだ。それに、ロンドンのウィリアムの部屋を見てみたい気持ちもあった。好奇心には勝てない。
誘われるままにユニバーサル貿易社へ行きシャーロックはウィリアムとチェスやカードを楽しんでそれから……
一晩中帰ってこないなら後処理だって長引くはず。今のこの状況はそう結論付けた自分たちの落ち度だ。
乱れたベッド。床に散乱した衣類。裸にシーツ一枚だけを被った自分たち。それを見下ろす殺気を放ったルイスと冷静に観察するアルバート。ちなみにウィリアムはいまだ夢の中である。
シャーロックは一人で視線を彷徨わせ狼狽えるしかなかった。
「どういうことか……僕たちに説明していただけるんですよね? シャーロック・ホームズ」
わなわなと声を震わせてルイスは尋ねる。この状況ではどう足掻いても言い訳は不可能である。アルバートの方はまだ冷静なのか自分を値踏みするかのように観察している。ここで誤った答えを出せば、確実にウィリアムとの交際を認めてもらうなど夢のまた夢だ。
「結論だけ言う。リアムと……ウィリアムさんと真剣に交際してる。最初に言わなかったのは俺たちにまだ言い出せる覚悟がなかったからだ。今からリアムを起こすから……頼む、仕切り直しをさせてほしい。だから部屋を……」
「しゃーりー……?」
もぞもぞとシーツが揺れる。ウィリアムが目覚めたのだ。家族に見られたなどウィリアムにとっては醜聞である。ルイス達に一旦部屋を離れて欲しい。そう口にするつもりがそれどころではなくなった。
「んぅ……あさからげんきだね」
舌足らずにウィリアムは声をかけのそりと起きあがろうとした。シャーロックは非常にまずいと思った。ベッドを見下ろすはウィリアムの家族だ。きちんと自分の口から改めてシャーロックを紹介したいとウィリアムは言っていた。紹介する前どころか言い逃れができぬほどに乱れたこの有様を見られたなど、ウィリアムが傷つくに決まっている。
咄嗟に思いついたのは気絶させること。もう一度寝てもらい、その間にルイス達には一旦ご退室願おうではないか。
シャーロックはウィリアムの首筋に一発手刀を入れようと腕を振り上げた。しかしガッチリと腕を掴まれ身体がベッドに沈む。ウィリアムが愉快そうにシャーロックの顔を覗き込んだ。
「おはよう。僕の探偵さん、いきなり殴ろうとするなんて酷いよ」
「おはよう。俺の犯罪卿。悪いが緊急事態なんだ。大人しくもう一度寝てくれないか? とびっきりのモーニングティーを用意するからよ」
「うーん……君の淹れてくれた紅茶も好きだけれど、久しぶりの君との朝だからね」
そう言ったウィリアムは完全に目が覚めてしまったようで、ギラギラと欲を携えてシャーロックを見つめる。ただし寝起きからか周りは見えていないようで、シャーロックは青ざめた。もう、こうなってしまっては隠すどころではない。そしてふと思いだした。今ウィリアムの家族が立っている場所が左側だという事を。そう、ウィリアムにとっては死角となる位置だ。
「頼むから、変な気を起こさないでくれ……後悔する事になるぞ」
「変なシャーリー。昨日、たくさん意地悪しちゃったからかな? 怒ってるの?」
「怒ってねぇよ、頼むから周り……んんっ!?」
周りを見てほしい。そう伝えたかった。
舌を捻じ込まれ絡めとられる。拒否するように押しのければただただキスが深くなっていくばかりで……。チラリと見てしまったルイスとアルバートの驚きで声も出ない様に、シャーロックは本格的にまずい感じた。空いている方の手でウィリアムの肩を先ほどよりも強く押して抵抗する。それが癇に障ったのか、ウィリアムはシャーロックをの内腿を掌でまぜる。股関節を指先でなぞって下腹部を押した。
「ふっ……んんッッ!!」
かろうじてキスをされているおかげか、声を聞かれる心配はない。が、上顎を擽ぐられ官能に火がつきそうだ。二人が見ていると言うのに。
シャーロックはウィリアムの行いから逃れようと精一杯もがく。いつもであれば身を任せるところではあるが、見られたままなど冗談じゃない。
「ぷはっ……! リアム、マジで冗談抜きでやめろ! なぁっ」
「どうしたの? シャーリー、そんな事言うなんて……確かに昨日はちょっとヤリすぎちゃったかなって思ったけれど……」
「ウィリアム、そこまでにしなさい」
凛とした声にウィリアムは即座に反応した。素早く声がした方向を向いて事態を把握する。そしてみるみる顔色が青白くなっていった。
気を失っているのか呆然とし焦点の合っていないルイスを支えて、真っ直ぐにこちらを射抜くアルバートの瞳。
「はぁ……ウィリアム、お前が存外オオカミだと言うことはよくわかったよ。てっきり逆なのかと思ったが……シャーロック、君が受け入れる側なんだね」
「そーです……」
もう顔を合わせられないとシャーロックは自らに顔を手で覆う。
「まぁ、どっちがどっちでも、お前達の問題だから構わないが……ウィリアム、寝起きだからなのか、お前の死角に私達が入ってしまっていたからか……原因は両方なのかもしれない。が、シャーロックを観察すべきだったね。アレはルイスには刺激が強すぎる」
「す、すみません……兄さん」
いそいそとシャーロックから離れ、ウィリアムはシーツで身を覆う。
「お前らしくない……気をつけなさい。けれど、シャーロックは本当にお前を変えたのだとわかったよ」
ふと寂しそうに笑うアルバートにウィリアムは意を決したように口を開いた。
「あの、報告が遅くなって申し訳ありませんが……」
「そう言う話はきちんと格好を整えて、ルイスが回復したら一緒に聞く。それでいいかい?」
「はい……」
「私はしっかりお前の話を聞くよ」
項垂れるウィリアムにそう声をかけて、今だに茫然自失のルイスを支えながらアルバートは部屋を出ていった。
ぱたんとドアが閉まったのを確認してシャーロックはウィリアムに謝った。
「悪りぃ……油断した」
「シャーリーは悪くないよ。僕がきちんと周りをよく観察していなかったのが原因だし」
「それだけじゃねぇよ! こんな形でバレて……リアムを傷つけたよな」
「僕は大丈夫だよ。僕よりシャーリーの方がショックだったよね」
経験上ウィリアムの『大丈夫』は信用がない。確かに見られて恥ずかしい事この上ない。が、大事な家族にこんな形での報告など自分の感情よりもウィリアムの方がよほど辛かっただろう。
「ショックじゃないと言えば嘘になっちまう。けど、リアムはこんな形で報告したくなっただろ?」
「まぁ……それはそうだけど。アルバート兄さんは、大丈夫。ルイスは……」
しゅんと項垂れるウィリアムの肩を軽く叩いて元気づける。ルイスの真面目な性格を考えると今回の一件は印象が悪い。
「最初は反対されるかもしれんが、リアムが俺と付き合って幸せだってわかったらルイスだって認めるだろ……大丈夫」
「いや、そうじゃなくってね……その、ああいった大人の関係をルイスから今まで遠ざけてきたから……その辺りアルバート兄さんもなんて言うか」
「つまり性教育の面で心配してるのかよ!」
「うん……僕たちの関係について認めてもらえるかは、今のところ五分五分かな。もう少しみんなにシャーリーの事知ってもらってから言おうと思ってたのにな」
「そーかい。んで? ルイスを大人の関係ってやつから遠ざけてる理由は? 元伯爵家なら、社交界なんか避けらんねぇだろ。そーいった話もあっただろうし」
「ルイスが可愛くて守ってあげたくてね。小さい頃は病弱だったし……アルバート兄さんも同じ気持ちだったから二人であの手この手で今まで守ってきたんだよ」
過保護な兄とはまさにこの事である。ニコニコとした、いい笑顔でウィリアムはそう言った。犯罪卿のあの手この手なんて、絶対ルイスに女性を近づけさせなかったのだろう。想像は容易い。
「なるほどな、そりゃあ兄貴の意外な一面をみて倒れるわけだ」
「本当に悪い事しちゃった」
「ま、アイツも大人なんだ……お前やアルバートさんが嫌がっても好きなやつできたら自ずと知るわけだし?」
「ルイスが僕たちから離れていっちゃうの寂しいよ……」
「ルイスだって、お前が側を離れたら寂しいと思うぞ。けど、あ、新しく家族? 作るってその寂しさを受け入れて送り出すって事だろ」
「……ふふ、そうだね。家族か」
「嫌か? まだ、そっちの話は保留っていうか、その……もうちょっと理解深めてからって考えてるが」
「ううん……シャーリーと一緒がいいから。ちゃんとした形にはできないけれど、僕今凄く満たされてる。それはシャーリーと一緒にいられるからなんだ」
ウィリアムはシャーロックの頬を撫でて顎を掬うと形の良い唇に惹かれる様にして重ねた。シャーロックは顔を少しだけ赤くしてウィリアムの首に腕を絡める。少しだけ口を開くとお互いに目も閉じずに見つめ合って舌を絡める。
「ん……ふぁ」
漏れる声を抑えることができずにシャーロックは喘ぐ。
心地の良いキスに身を任せていると、ぐいと肩を押されて再びベッドへと身体が沈んでいった。
「っ……なぁ、不味くねぇか?」
「なにが?」
「朝からヤんのが……その、声とか気になる」
「ふふ、安心してシないよ。ただ君とこうして甘い朝を過ごしたいだけ」
ウィリアムは徐にシャーロックの鎖骨の間から喉仏にそってを舐め上げキスをする。ちゅっと吸い上げて赤い花をつけると満足そうに顔を上げた。
「今日は違うシャツを着た方がいいかもね」
「お前……ふっつーにその位置見えんじゃん」
「僕とお揃いにすれば少しは隠れるよ」
「俺、タイ結べないんだけど?」
「僕が結んであげる」
「絶対にわざとだろ……キスマークつけてお前の大事な人たちに挨拶って、印象悪い気がするんだが……」
「そうだね。でも、逆に僕がどれだけ本気なのか見せつけるためにつけたのだとしたら?」
「はーリアムのそういうとこマジで好き」
「僕もシャーリーのこと大好きだよ」
それから二人でまた笑って触れるだけのキスをする。もしも反対されたとしても大丈夫だ。なぜか心の底からそう思った。