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    毒戦BELIEVER⑫

    ##毒戦
    #毒戦BELIEVER
    #ウォノラク
    wonorak.

    Escort ラクと二人で買い出しに出掛けた帰りに、馴染みのカジュアルなバーに寄る。
     ここなら軽食のテイクアウトもできるし、ラク達も、わざわざ年齢確認をされずに酒が飲める。
    「トイレも借りとく。お前は?」
    「大丈夫です」
    「フライのテイクアウトセット頼んでもらえるか?」
    「はい。飲み物は?」
    「水で」
    「わかりました」
     そもそもウォノ以外の三人は母国でも若く見えるぐらいだし、ことさら若く見られる。
     用を足して戻ると、ラクの両隣に客がいる。
     ラクは落ち着いているが、どうやらあまり柄が良くない上、酔って絡んでいるようだ。
     兄妹と親しいデフの店員が軽食の包みとミネラルウォーターのボトルをウォノに渡しながら、『警戒中。安全に』とハンドサインで伝える。
    「おい!行くぞ」
     人の動きを止めるのに適切な音量というのがある。職業病だが、ヤクザと変わらない。
    「はい」
     椅子から身体を滑らせたラクの腕を、奴らにつかまれそうになる。ラクの背に手を回し、自分の側に寄せる。
     ウェイターが上手く間に割り込んでくれたので、急いで店を出て車に乗り込む。
    「大丈夫か」
    「ちょっと絡まれただけです」
     慎重に発車する。誰も追ってはこない。店員が上手く止めてくれたようだ。
    「なんて」
    「BTSって言われました」
    「ん?」
     ふざけているわけではないようで、ラクはやや神妙な顔で続けた。
    「似ているメンバーもいないのにね。ウォノと話していた時に、韓国人だと気付いたんでしょう。よくいるレイシストかと思ったら、『買ってやる、いくらだ』と――売り物ではないと言ったら、未成年の不法滞在者なら通報する、ここで商売するなら俺達の許可がいるとか、まあ、典型的なチンピラです。暇なんでしょう」
    「詐欺なら負けねぇけどな、お前も」
    「そうですね」
    「そうですねってなぁ」
     チンピラの相手はお手の物だろうが、大した後ろ盾もないここで変に目を付けられるのは損だ。
    「バーテンが、僕は男娼でも未成年でもないと言ってくれました」
    「馴染みの店で良かったな」
    「一応、行動範囲内の危険人物は把握しています。絡まれている動画を多分、誰かが共有してくれるはず。見ない顔でしたから、今後は大丈夫だと思います」
     足を洗ったも同然とはいえ、警戒はしている。ラクはわざと知らない振りをしているようだが、兄妹は足を洗う気はないだろう。あのチンピラたちは最悪、消される。
     ラクは恭しくフィッシュ&チップスの包みを運転中のウォノに渡し、ボトルの蓋を緩めてホルダーに置いた。
    「外ならここのメシが美味いと思って寄ったが、やっぱり家で飲む方が安全か」
    「大丈夫ですよ。酔っ払いなら動きが鈍いから逃げられますし、シラフで危なそうな輩は店員が気付くから。大体、この辺で酒を出している店の店員は客より強いです。デフの彼も元傭兵。音響爆弾で聴力を失ったんです」
     水を飲みながら、ミラー越しに目を合わせる。
    「無事で良かったな」
    「ふふ、ああいう輩はどの国にもいますけど、エスコートされるのは新鮮ですね。ありがとうございます」
    「無害な一般市民でいる方が都合がいいだろ。お前が俺に保護されるのが嫌ならやめる」
    「嬉しいですけど、ウォノが危ない目に遭うのも避けたいです。さっきはちょっと、ハリムたちとのやり取りを思い出しました」
    「思い出したくねぇな」
    「時計とタイピンにギミックを仕込んであるので、いざとなったらそれで対処します」
    「『キングスマン』?『名探偵コナン』か」
    「あはは」
    「……冗談だよな?」
    「マジです。そこに弁護士さんもいます」
     運転席と助手席のちょっとした隙間に、なるほど、スタンガンが挟まっている。
    「はは、『犯罪都市』か」
    「まだ実際に使ったことはないので、上手くいくか知りませんけど。ドンヨンはこういうガジェットが好きで」
    「催涙スプレーぐらいにしとけ」
    「逆に、僕らが職質された時に、何も持ってないように見えた方が無難なんで」
     交差点の信号待ちで、二人ともフライをぺろりと平らげた。腹が減っていたのだ。
    「知ってるだろうが、まずは逃走回避が第一だからな」
     煙草をくわえたところで、おもむろに指をパチンと鳴らしたラクの指先から火が出る。
    「存じ上げております」
     そのまま煙草に火を点けられ、ウォノは呆れた顔のまま、煙をラクの顔に吹き付ける。
    「何してんだ」
    「手品、得意なんです。言ってなかったなって」
     ライターと煙草の箱を消したり出したりしながら、得意げになるわけでもなく、ラクは淡々とそう言った。
     一通り技を披露した後、ラクの分の煙草にも火を点けた。
    「そういや、家でもよく手遊びしてるな」
    「イカサマも少しできます」
    「俺も手先は器用な方だが、お前は何考えてるかわかりにくいから有利だな」
    「……わかりにくいですか?」
     あのビニールハウスで煙草を吸った時、至極冷静に煙草をねだるラクに惑わされた。
     ソ・ヨンナクかどうかは重要でないと思わされ、質問に対する答えも嘘ではなかった。
    「今なら俺は多少わかるが、他人には読みづらい」
    「もう他人じゃないですもんね。照れるな」
     ラクはわざとらしくニヤついて、いつの間にか紙ナプキンで作ったらしいジュエルリングを見せつけた。
    「悪党一味に仲間入りしたからな」
    「ウォノの分はど〜こだ」
     変なノリだと思ったら、手品の話が続いているのか。
    「――くそ、ちょっとおどけたディズニーキャラかお前は」
     この体勢ならと、上着のポケットを探る。案の定、もう一つのリングが出てきた。
    「着けてあげます」
    「人が運転中だと思って好き勝手しやがって」
     文句を言いつつ逆らわずに右手を出すと、不服そうにされる。
    「左手の薬指がいいな」
    「あのなぁ」
     さらに不平を続けようとしたら、二つのリングは炎とともに消え失せた。
     まだ手品が続いているらしい。
     思わず笑ってミラーを見る。いつの間にかウォノの耳元に紙ナプキン製の花が飾られていた。紙ナプキンが尽きるまでやる気か。
     花を手に取り、ラクの胸ポケットに差して返す。
     マジックに引っ掛かった時特有のくすぐったい悔しさは、自分の油断に気付かされるからだろうか。
    「着けてくれるんなら、今度ちゃんとした指輪を選びます。ピアスとかタグの方がいいですか?GPS?それとも、お揃いのタトゥーでもします?」
     ハンドルを握る手にラクの手が一瞬掠めた。
     二人の手の甲に犬のシルエットが描かれている。
    「ライカか」
     おおよそやり方はわかるものの、確かに手品は得意らしい。さすがに感心して見せる。
     紙ナプキンが尽きてもまだ技はあるようだ。
    「ライカもですけど、あの二人もそれぞれ推してたわけで、結局みんなウォノが好きなんですよ。可能な限り長く、楽しく暮らしましょう」
    「ドンヨンはトミーの俺を推してたみたいだが、ジュヨンは別に推してないだろ」
    「ジュヨンはウォノを、僕の彼氏に推してました」
    「その推しか。誑かして上手く使おうって魂胆だっただけだろ」
    「別に、協力者は要りません。秘密を共有する人間は絞りたいし。でもずっと『あのチーム長に惚れてるんだろ』ってひやかされてました」
    「そうかよ」
     これが会社や学校でなら平和な話だった。
    「僕も自覚は無かった。でも実際会って直接話したら凄く、腑に落ちたというか」
    「何が」
    「違法薬物の売買は、僕にとっては目眩ましのゲームみたいなものでした。ウォノが憎んでるのも麻薬じゃなくて、薬物に溺れる人の成り立ちとか環境だったでしょう?だから、敵は同じだ。流通を止めてもイタチごっこになることを理解してた。だからこそイ先生の正体と成り立ちを知りたかったんだなって――それがわかれば、同じ環境を作らない方に動けるから。現にいくつかの貧民街はウォノのチームが介入後、環境改善されてた」
    「そうだな」
     その状態が継続するよう尽力してきたが、自分の無力さを感じることばかりだ。
    「だから、イ先生かどうかとは別に、ソ・ヨンナクの成り立ちにも興味を示してるんだとわかった。もし捕まるなら――イ先生として読み解かれるよりも、目の前にいる僕を読み解いていくことでイ先生に辿り着いてほしいと思った」
    「捕まえられると約束したのに結局、逮捕できてない」
    「僕が捕まえてほしかったのはブライアンでしたから、約束は守った。僕がイ先生だと突き止めたのは、あなただけです」
     建物がまばらになり、白い雪原が眩しい。
     気温は韓国の山奥と大差ない気はするが、その広さに開放感と自然への畏怖を感じる。
     ラクの持つ自由さと孤独感に似ている。
    「お前に、幸せな時はあったかと聞いただろ」
    「ええ」
    「ここに来て過ごすうち、お前は俺が思うより愛されて育ってたこと、家族やあの兄妹とも、ちゃんと幸せな時を過ごせていたんだとわかった。兄妹も常用者ではあっても、廃人じゃないしな」
    「そう?」
     年相応の若者らしい振る舞いを見ていると、そう思うのだ。
    「お前があの時、俺たちの側に留まったのは、引き込むためじゃない。悪い方に行かないようにするためだろ。お前は世界に線引きしていたが、爆風でこちら側に飛ばされた」
    「今更、イ先生は僕じゃないとでも?」
    「お前はイ先生でいたつもりでも、イ先生という悪魔はとっくに、それ以上のものになってた。だから、切り離して置いてくるためにブライアンのような憑代が必要だったんだ」
    「シャーマンみたいなこと言いますね」
     ラクは自分の残虐性を恥じてはいないだろう。それは、生き残るための力だから。
    「お前は自分より悪いものがイ先生になりたがるのを待ってたんじゃないか?期待はずれの偽者ばかりだったとはいえ、多分、ドンヨンの右腕を奪われた頃から、あちら側からの脱出計画が具体的になったんだろ。それまではただの夢みたいな空想だった。あちら側でも穏やかで幸せな時を侵されていなかったから」
    「確かにそうです。ブライアンが相応しいなんて思ってないけど」
    「手柄を横取りされずに始末できれば、してたか?」
    「今回の展開も自業自得と言える範囲でしたが、自滅を狙うのがベストだった」
    「それでもいい。復讐は褒められたことじゃないが、お前も運が悪けりゃ一緒に爆発してたかもしれない。そのままイ先生を切り離せ。お前がこちら側にいる覚悟になるんなら、指輪でもタトゥーでも何でもしてやるよ」
     また「偉そうに」と、言われるかと思ったが、ラクはしばらく遠くを見ながら黙った。
    「まだ全部、憑き物は落ちてない気がします。僕たちは境界線の上にいる」
    「じゃあ、俺が半分引き受ける。それが新しい呪いみたいなもんか」
    「あなた――本当は結婚に向いてるんじゃないかな」
    「……本質的な意味ではそうかもな」
     苦楽を共にし、分け合う誓いという意味では。
     ただ、ウォノの痛みを分かち合える相手が今までいなかった。
    「イ先生がいつからか僕の思う以上の存在になったって言うなら、あなたにも取り憑いてたんでしょうね。手柄を横取りされても、あなたが真実を知っていれば僕は満足です」
    「そういうことかもな。俺からもやっと切り離せたから、誰かと結ばれる気になれたのかもしれない」
    「切り離したのに、僕といるのは変じゃないですか?」
    「じゃあ、まだ何か取り憑いてるんだろ。呪われるようなことをしてきた自覚はある」
     二人を繋いだのはライカだ。幼くして死んだ少年や、養母のせいにはしたくない。
    「じゃあ、数珠にする?隕石で作った指輪にしましょうか。何がいいかな。隕鉄?」
    「この星も宇宙の一部だ。なんだっていい」
    「ドッグタグに『ライカに愛された男ウォノ』って刻印します?」
    「わざわざ身バレするようなもん着ける気か」
    「だったら、これがいいかな」
     ラクはいつの間にか取り出した手錠にキスをして、ウォノと自分の手首に嵌めた。
     ウォノがグローブボックスに入れておいた物だろう。
    「……鍵はないぞ」
    「え?これじゃないんですか」
     いつの間にか、ウォノのキーケースまで盗られている。
    「そういう意味じゃない」
     ラクが二人を繋ぐ拘束具を望むなら、鍵など要らない。
     お互いの暗い独占欲と依存関係を認めて、開き直ってしまえばいい。
     隠れ家に向かう長い道の入り口で、車をゆっくり止める。
    「ウォ……」
     両手首をつかみ、無言で口付ける。
     ロマンチックには遠い、フライと煙草の味。
    「……ラク」
     ゆっくり唇を離して、目を合わせた。
     無垢で残酷なラクの目が、ウォノに答えを求める。
    「ウォノ?」
    「手品ができるのはお前だけじゃない」
     にやりと笑って手首を離す。
     ラクの両手を繋ぐようかけかえた手錠。
    「――ズルい」
    「悪戯し過ぎだ。生きて償うのを俺が見届ける」
     そう言い捨てて運転を再開する。
    「――楽しかったでしょ?」
     悪びれずに手錠を外しながら、ラクが言う。
     少し前の自分に戻り現状を観察する度、どうしてここにいるのか、わからなくなる。
     本当の自分はラクに撃ち殺されているのかもしれない。
     死ぬまでの間見る走馬灯のような、夢の中にいる気分だ。
    「まあな」
     始まりの合図を自分で出して物語を進めてきたのに、展開も結末もわからない。
     だがそれは、これまでの現実も同じことだ。
    「手錠に興奮してキスしてきたのかと思って、ちょっと油断しました」
    「馬ァ鹿」
     キーケースを返すよう手を出すと、そっと握るように渡される。
    「呪いじゃなくて――魔法ならいいのに」
    「手品はもう腹一杯だ」
    「そのマジックじゃありません――煙草臭いキスに弱くなったのは、呪いかな」
     笑って水を飲み干すのを横目で見ながら、ウォノは黙ってラクの髪をかき混ぜた。
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