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    毒戦BELIEVER③

    #毒戦BELIEVER
    ##毒戦

    Treat キングサイズベッドの中央にはライカが陣取り、心地好さそうにまどろんでいる。ライカと眠るために大きい物を選んだのだが、ウォノを誘惑するには正解だった。
     誘惑と言っても、心地良い眠りへの、だが。
     ラクは兄妹から『酷い目に遭って疲れただろう』と、強制的に一番風呂に浸かった。
     酷い目に遭わせた張本人と同じ寝室に寝かせるのは気にならないらしい。湯冷めしない程度に着込み、横たわってライカを撫でていると、風呂上がりのウォノが戻った。
     煙草の匂いが消えてしまった。なんだか違う人みたいだ。
     ああ、違う。髭が無いからか。
    「ウォノって、歳はどのくらい?」
     リラックスした気分に任せ、ゆるい口調でそう問う。お互い何にも知らないも同然なのに、秘密だけは知っている不思議な関係。
    「お前よりひと回りと少し上。お前をガキ扱いできるぐらいにはオヤジだ」
     無視されるかと思ったが、ストレスなく答えが返ってきた。四十代前半なら、まだ若い。
     目を合わせないのは、懐柔されるのを拒んでいるからだろうか。
     それとも、ラクへの気持ちがコントロールできなくなるから?
    「髭が無いと、年相応か若く見えますね」
     ウォノは聞き飽きたような顔をする。むしろ、若さを隠すために髭を伸ばしていたのか。
    「だからどうした。今まで老けて見えてただけだろ」
    「可愛らしい顔立ちなんだなって」
     笑んで目を合わせたら思いがけず、動揺される。
    「お前だっ――て」
     潜入先に馴染む芝居。
     刑事らしく見える芝居。
     刑事を辞めてしまったら、どれもする必要が無くなって、所在なさげに惑って見える。
     ただのチョ・ウォノは一体、どんな顔?
     ラクはそれが知りたい。
    「僕の顔?」
    「話し方と声は落ち着いてるが、未成年みたいな顔してる」
     可愛いとか、若いとか、そんな言葉を飲み込んで選んだ形容がそれか。
     きっかけを探す気まずさは恋の始まりそのものだが、距離感や空気は、もう何年も共に過ごした家族のようだ。
     目を離すと危険だと思って渋々話しているわけでもなさそうだし、かといって、親しみを感じているわけでもないだろう。
     人を騙すのが上手いのはお互い様だ。
    「僕も諜報員をやろうかな。罪滅ぼしになるんなら。情報屋とか、潜入捜査員とか」
    「やめろ。もう、偽る必要も騙し合う必要もない」
     自分にも言い聞かせるようにそう言って、彼は髪をタオルで乱暴にかき混ぜた。
     こんなところに隠れる必要も本当はないが、誰かを巻き込むのは不本意だ。こんな風に、自分から追い掛けて来ない限りは。
    「髪、まだ濡れてませんか?風邪ひきますよ」
    「風邪なんて、もう二十年はひいてない」
    「――へえ」
     丈夫そうだが、決して健康そうには見えない。
     そう思ったのが伝わったのか、ウォノはきまり悪そうに顔を歪めた。
    「いつも寝不足で不健康で働き過ぎだから、具合の悪さに気付かないだけかもな」
    「ゆっくり過ごすのは久し振りですか」
    「……まあな。お前だって大して穏やかな暮らしはしてなかっただろ」
     窓の外を遠い目で見つめ、ウォノは生まれたてみたいな顔をした。
     横顔に色気とあどけなさが同居する不思議な魅力を確認しながら、ライカを撫でる。
     ウォノには、周りの人間を落ち着かせる何かがある。
    「自分が仕切る範囲では、落ち着いてたんだけどな。何か飲みます?ウイスキー?ホットワイン?」
    「酒は、もういい」
     釈然としない表情はすっかり消えた。
     もういい加減、ここに来た意味と自分の希望は理解しているだろう。決して叶わない幻想だとしても。
     別れのためか、もう一度出会うためか、その両方か。
    「……家族は心配しませんか」
     聞くのが怖かった問いを、そっと口に出す。
     ただ勝手に希望を予想に変えて浮かれていただけで、愛情深い彼に、ラクより大事な人がいても何ら不思議はない。
     ウォノは、何を今更とでも言うような顔で、ラクと目を合わせた。
    「――いたら、こんなところに来ない」
     だったら、家族を探しに来たみたいじゃないか。仕事以外では思っていたより不器用なようだが、直感と行動力で乗り切るのか。
     不得意なことは自覚して才能ある誰かに任せ、失敗の責任は自分が取るタイプだ。
     誰かの命の危険がある時だけ厳しかった。自分も捨て身で捜査すれど、死んだら誰も守れないと知っている。命さえあれば作戦を立て直せるという意地がある。もし部下や協力者を捨て駒のように使うような男だったら、惹かれなかった。
     ラクをも守ってくれようとしていたから、独断で取った計画外の行動を責めた。
     兄妹もライカもそれを感じ取って、初めから距離が近い。
     本物の家族は選べないが、自分で望んだ相手なら上手くいくかもしれない。
     肉親に酷い目に遭わされた人間に会う度に、そう思っていた。
    「ホットチョコレートにしましょうか。スパイス入れても大丈夫?」
    「スパイス?顔も飲むもんも、洒落た野郎だな」
     そう言って少しおどけた顔に釣られる。さっきは幽霊やら化け物扱いしたくせに、洒落た顔だと思っているのか。
    「甘いのは苦手?」
    「苦手じゃないが、もう寝るよ。ライカと寝るのを邪魔して悪いな」
     名前に反応し、ライカがウォノの手に鼻を近付ける。ウォノはライカの額から耳を辿り、首周りをほぐすようにして落ち着かせた。
    「犬、好きなんでしょう。だったら多分、よく眠れますよ」
    「麻薬捜査官だからな。シェパードは馴染みがある」
    「あぁ、そういうことですか」
     動物が好きとか嫌いだという話ではなく、人間の同僚と同じような感覚でいるのか。
    「躾けたのはお前か?さっき俺の指示で芸をしてると言われて気付いた。警察犬じゃなく、軍用犬の動きだ」
     ウォノが手を振り短く命令するたび、ライカは姿勢を変えていく。
    「ええ。僕が仕込みました。僕が不在の時、何かあったら母さんを助けられるように――だから、あんなひどい火傷を負わせてしまった」
     胸が痛い。
    「……なるほどな」
     ドライフードを数粒渡す。ウォノに褒められご褒美を得たライカは満足げに元の位置に戻り、ゆるくしっぽを振っている。
     ライカの眠りを促すようにウォノの指が優しく滑るのを、どうしても目で追ってしまう。
     自分が撫でられているわけでもないのに妙に安らいで、知らぬ間に眠りに落ちていた。
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