放課後──学生達が勉強とは別に、人によっては勉強以上に熱意を持って取組む部活動の時間
軽音楽部の顧問を渋々ながらもすることになったオレは騒々しくかき鳴らされるギターの音を受け流しちょうど心地よい風を浴びながら惰眠を貪っていた
「…………ぐお〜…」
「………」
「ん〜…んぐ~……」
「おいクソ教師、グーグーいびきかいてんじゃねぇ!!気が散るだろうが!」
「ぎゃッ!!?」
爆音と怒鳴り声の合わせ技で叩き起こされるのはいつものことながら心臓と耳に悪い
「お前…いつも言ってるけどもうちょい優しく起こせっての…心臓に悪いんだよ」
「それはこっちのセリフだっつーの!!来る度来る度いびきかいて寝るんじゃねぇここは休憩所じゃねーんだぞ!」
相変わらずの騒がしさで怒ってくるのは受け持つことになった軽音楽部のたった2人の生徒の内の1人であるレオナルド・ライト・ジュニアだ。何かにつけてキーキー怒っているがこの学校ではなかなか見ない真面目な生徒である
「わかった、わかったから…寝起きにキーキー叫ぶなって…耳がやられちまう」
「わかってねーから言ってんだろ!」
「はぁ…おチビちゃんいい加減キース先生に直接言っても無駄って学んだら?何回やってるのそのやり取り?」
珍しく軽音楽部2人目の生徒フェイス・ビームスまでいるようで少しだけ驚いた
「おぉ?今日はフェイスまでいたのか珍しいな」
「たまたま気が向いたからね」
この間、文化祭でライブをするという目標ができてから以前よりは顔を出すようになったのをみるに成り行きではあるがフェイスも軽音楽部自体を悪くは思っていないのだろう
「おい、クソDJ!この怠慢教師も起きたことだし一緒にライブの事考えんぞ」
「えーそういう面倒なのはおチビちゃんの担当でしょ?」
「後からグチグチ言われるのも面倒だからな、先にお前の案を聞いてやろうと思って」
「うわ、すごい自信と上から目線」
2人でワイワイやり出したのを横目にオレはまた寝るかと欠伸をして椅子に腰掛ける
が、そうは上手くいかないらしい
「おいまた寝ようとすんじゃねぇ!」
「クソ、バレたか」
「バレたかじゃねぇよなんもしねぇで寝るだけならどっか行きやがれ!」
「そんなこと言うなって邪魔はしねぇよ」
「んー…先生がいるとおチビちゃんがキャンキャン吠えて終わらないから悪いけど別の場所で寝てもらえない?」
女子が放っておかないお綺麗な顔でにこりと笑いながら無慈悲な言葉を吐かれた
ジュニアはともかくフェイスにまで言われるとは予想外でいよいよ味方がいない
「なんだよ、どいつもこいつも もうちょい顧問の先生に優しくてもバチはあたんねぇっての」
「優しくされたいなら優しくしようと思えるような態度でいろよ」
正論である。そしてコレは本気で追い出される流れだ
しかし今生物準備室は改装中だし寝る場所はここ以外にない。一旦喫煙所にでも行くか有耶無耶になるまで粘るかどうするかと思案していると不意に耳によく馴染むピアノの音が聞こえてきた
「ん?なんだピアノ…?」
「上からだね音楽室かな」
2人が話をしている内にするりと部室を後にする。
「生徒の誰かが弾いてんのか?ってアレ?クソ教師は?」
「………ふーん…なるほどね」
「?何がなるほどなんだよ」
「言ったでしょ''キース先生''に直接言っても無駄だって」
「???」
「アハ、おチビちゃんにはまだ早いかな」
✿.*・✿.*・
軽音楽部の部室を抜けだし上の第2音楽室へ向かう。先程まであんなに重かった腰を上げるあたり自分でもわかりやすいし単純だなと笑ってしまいそうになる
階段を上がっている途中聞こえてくる音は途切れず自分を招いているような錯覚をおこす
他の教室よりも分厚い扉の向こう側に自分にとって慣れ親しんだ居場所があると少しだけ膨らむ期待とともに扉を開けた
──キィと音を立てて重い扉が役目を果たす
出来るだけ音を立てないように開いたつもりだったが思ったよりも音が出てしまった。
先程のピアノの音の発生源がこちらを向いて少し驚いた後あぁと納得するような顔をした
「いらっしゃい、キース先生」
ニコなんて文字が当てはまるような笑顔を浮かべながら自分を迎え入れる腐れ縁に彼程上手くはない笑みで返す
「よぉ珍しいなお前が放課後1人でいるなんて」
腐れ縁──音楽教師のディノ・アルバーニは2つの部活を掛け持ちで顧問をしているだけあって放課後はなかなか忙しい
更に担当でもないのにその人柄のせいか生徒にアレを教えてくれコレを教えてくれとなにかと頼まれ事をされる事も多いのでこうして音楽室で1人ピアノを弾いているのは本当に珍しい
「たまたま野球部が休みで牛部もすぐに終わる日だったから手が空いてさ、ちょうどいいから気分転換と練習もかねて弾きに来たんだ」
「ふーん…下まで聞こえてきたぞソレ」
「下って?あ、軽音楽部の部室があったか!ごめんうるさかった?」
うっかりしていたとばかりに罰の悪そうな顔をして謝ってくるディノは相変わらず人がいい
上階からのピアノの音なぞ爆音で鳴らされるジュニアのギターの前では儚いものだろう
「別にうるさくは無かったけど」
「そっか、一応今度ジュニア君にあったら謝っておこう」
「気にしてねぇと思うけどなぁ
そういえばさっき練習って言ってたけどなんかあんのか?」
「ん?いや別に何かある訳じゃないんだけど今の子って俺たちの時と違って音楽に触れる機会が多くて耳がいいだろ?」
「そういうもんか?よくわかんねーけど」
「うんスマホ1台で手間がかからずサイトとかで簡単に聞けるからな。それが悪いって訳じゃなくて誰でも簡単に好きな音楽を聞けるからさ自然と上手い上手くないがシビアになるんだよ」
「だから先生としてジャンルは違っても下手だなって思われないようにたまには練習しないとなって」
そう話すディノの顔はしっかりした教師の顔で自分には真似出来ないと感心してしまう
「相変わらずブラッドとは違う方向でお前も真面目だよなぁ」
「キースももうちょっと日頃から真面目にやれば怒られたり呆れられたりしないんだぞ」
「オレはいざという時のために温存してんの」
「はぁ…そのいざって時はいつくるのかなぁ」
呆れたようにため息をついてこちらに視線をよこす。すると何か思いついたように悪戯めいた顔でピアノの真正面の特等席に引っ張りこまれた
「急に引っ張んなよ、あぶねぇ」
文句を言ってみるが聞いている気配はない
むしろディノのいらんスイッチを押してしまったようだ
「ふっふー!やる気の出ないキース先生の為に特別にラブアンドピースな演奏会をはじめます♪」
戸惑うコチラはお構い無しにまるでホンモノの演奏会のように礼をしてピアノを弾き始める
滑らかな音が2人きりの音楽室に響いた
聴こえてきたその旋律はとても懐かしく胸の中に過ぎ去った自分達の青い春を呼び起こした
ディノが選んだ曲は学生時代よくやったゲームのBGMでアレンジを加えているがすぐにわかった。明るいメロディの中にどこか切なさが混じるこの曲が昔好きだと話をしたような記憶がある。よく覚えていたなと驚くとともにこんな些細なことであっても覚えていた自分もお互い様だ
「そう言えばキースって昔から俺が練習してると傍で聞いてくれてたよな」
演奏の手は止めないままふと思い出したと言うようにディノが話しかけてきた
「たまたまだよたまたま 居眠り場所探してるとお前が演奏してるからさ」
本当は弾いてる姿を見るのが好きでわざわざ探していたなんて素直に言えるわけもなくそう誤魔化す
「あはは! 昔からそう言ってなんだかんだ最後まで寝ずに聞いてくれるんだよなぁ〜終わった後はすぐに寝ちゃうクセに!」
「………たまたまだっての」
今までのことももしかしたら全てお見通しだったのかもしれないと思うと居心地が悪い。
そんな自分を尻目にディノはニヒッと笑いながら嬉しそうにピアノを弾き続けている
その姿に学生服を着たあの日のディノが見えた気がして目を細める
昔からその姿が眩しくて、けれど暖かくてありふれた言葉だが好きだった
此処にいていいと、大丈夫だと言われているようでそれに安心していつだって聞いて、見ていたかった
あの服を着ていた日から随分時間が経って変わったことも山ほどある
けれど昔、今ほど上手くはなくたどたどしい様子で練習していた彼が、ピアノを楽しそうに弾く姿は昔から変わらない
自分も昔より色々なものを経験してきた。それでも目の前の人物の奏でるそれが1番好きだと言うのは変わらない
お互いに色々と変わりながらここまで長く付き合いが続いていることを素直に嬉しく思う
願わくはこの特等席に自分がずっと座っていたい
そんな感傷に浸りながら目を閉じると既に散った筈の桜の匂いがふわりと鼻をくすぐった気がした