陰陽師×妖狐出久は妖狐である。まだ何の力も無いイズクという子狐の頃に人を救けんとその身を賭して命を落とした。それを見た引子という巫女が八木の神に祈ったことで畜生である魂を掬われ、神域で修行をしてから力を与えられた。以降は西へ東へと昼夜を問わず人の為、妖の為、霊魂の為に駆けずり回っている。
だから陰陽師に目をつけられる悪行は記憶にない。それも爆豪─激しい火を操る豪傑─の二つ名の者に。
「…………」
自分の四肢を大の字で地面に捕縛した陰陽師は黙ったまま何も言わない。出久も口を閉じて様子を伺うことにしたが、彼は一向に話そうとしない。出久は気まずさに耐えかねて口を開いた。
「あの、陰陽師さん? 僕何かしましたか?」
「…………お前、名前は」
「えっ?! はいっ!! 出久です!!」
「いずく……。字は?」
「えっと、出るに久しいって書きます」
「ほーん?」
本当は緑谷という名もつくのだが、明かせば妖狐としての力を他者に支配されてしまうので禁句である。
だから引子に与えられた名だけを名乗った。すると陰陽師の男は納得したようなしていないような曖昧な返事をしたきり再び押し黙ってしまった。
出久は居心地の悪さから目を泳がせていると、陰陽師が髪を揺らして出久の後方、術の鎹で地に戒められた9本の尾に顔を向ける。そして静かに呟いた。
「その尻尾は、九尾か」
「あぁ、はい。そうですけど……」
「10年足らずで成ったっつーことか」
「え、なんで……」
確かにイズクが出久になったのは人間の両手の指だけで数えられるほど前のことだ。
「テメー俺を覚えてねえのか」
そう言って陰陽師は顔布を外した。
赤い宝石のような目が現れる。
紀伊海の砂浜のような髪色に、赤い目。
「もしかして、かっちゃん?」
「やっと思い出したんかクソデク」
懐かしい呼び名。それはかつて子狐の自分と共に遊んでくれた人間がくれた名だった。
「かっちゃん!忘れててごめん元気にしてた? 怪我とか病気はあれから大丈夫?もうしてない?」
「相変わらずコンコンうるせぇなクソ狐」
煩わしそうに眉間に皺を寄せながら、かっちゃん─勝己は出久の尾と後ろ脚にかけた捕縛の術を解きつつ出久の後方に移動した。
「─かっちゃん?」
「なあ、デク。俺は先日に生まれ日を迎えた」
「え、生まれ日を覚えてるの?凄いなあ」
「んで生まれ日を迎えたら娶るなり調伏するなりしていいってババアとクソ親父から言われててな」
「えっと?」
「今からテメェを調伏するわ」
「……へあっ!?」
突然の言葉に出久は耳を立てて素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと待ってよかっちゃん!というか娶るって言葉も聞こえたんだけど!?」
「引子さんが神の所にテメーの魂連れてった時、ババアが言ったんだわ」
ぴんと立った出久の耳に声変わりした幼馴染の低音が響く。
「そんなに手放したくなかったんなら陰陽師になってテメーを迎えにいけってな」
まさか九尾になってるとは思わんかったが。どこが不機嫌そうな声音を吐き出しながら、尾をかき分けて勝己は出久に密着する。持ち上げられた尻に当たる、硬いもの。
さっと血の気が引いた。
「待って人間の言葉喋れるけど僕は狐だし人間で言う男だぞ!?」
「それがどうした。んな話よくあるだろ」
「男とメスとかオスと女ならね!男とオスは聞いたことないだろ!?」
「あァ? ンなこと知らんわ」
「かっちゃあああん!」
悲鳴をあげる出久の身体に勝己の手が這う。顎下や背中を穏やかに撫でられる。
「ㇰ、クーン」
思わず喉が鳴った。
(だめだこれ気持ちいい)
「デク」
名を呼ばれてハッとする。
首だけで後ろを見れば、勝己と目があった。
「陰陽師になった祝い、テメーごと寄こせ」
瞳の奥で見え隠れしている情欲の炎から目を離せない。陽の気が視線と手から伝播し、出久の身体にちろりちろりと灯る。熱に浮かされて、出久はくらくらと力を沸き立たせた。
ぽふんっ
「……っ!─デク?」