夷陵での再会 子どもがずっと乱葬崗にいるのは良くないかもしれないし、阿苑なら温氏だと誰かに気付かれることもないだろうと、魏無羨は街の様子を見せるためにも阿苑を夷陵の街に連れてきていた。目を離したほんの一瞬でいなくなった阿苑に肝が冷えたのは一瞬で、阿苑はなんとあの雨の中で別れたきりの藍忘機の足元でわんわんと声を上げて泣いていた。
久しぶりに遭遇した見知った顔が、阿苑を泣かせているなんて思いもしなかった。あんな別れ方をしたのに、再会がこんな笑える場面だなんてことも思いもしなかったけれど。お陰で声を掛けることに悩まずに済んだし、冗談を言って揶揄って、まるで何もなかったかのように話をすることができた。
屋台の玩具屋の前で足を止め、阿苑に玩具を見せてひやかした。乱葬崗には玩具などないし見せてやるくらいしてもいいだろう。しかし、阿苑に玩具を見せて喜ぶ姿を見た藍忘機は、なぜ買ってやらないと不満気に疑問をぶつけてくる。そりゃあ、お金があったらいくらでも買ってやりたいが、今の魏無羨にはなかなかそうもいかない。
さて、藍忘機に夷陵の街を少し案内でもしてやろうか、なんて思った時だった。
「君は何が欲しい?」
藍忘機が阿苑に玩具を買ってくれることになった。しかも、次に足を止めた店の前では「買わないのか?」という疑問を発することもなく、阿苑に何が欲しいかを聞いて金子を店に渡した。そんな風にして次々と阿苑の手元には玩具が増えていった。
「阿苑、良かったなぁ」
「うん!」
魏無羨が阿苑の頭をわしゃわしゃと撫でると、阿苑はニコニコと笑う。阿苑は温家討伐以降、食べるのにも苦労してきたようだから、こんなに玩具を買ってもらったのはもしかしたら初めてだったかもしれない。
そんな阿苑に玩具を買ってくれた人は魏無羨と阿苑が遊んでいるのを見ているばかりで、一緒に遊ぼうというつもりは無いらしい。
(もしかして、藍湛はこういう子ども用の玩具で遊んだことがないのか?)
いくらなんでもそんな事は無いだろうと思わなくも無いのだが、藍忘機なら子どもの頃でもやんちゃに遊んだりはしたことも無さそうだし、玩具を振り回して喜んでいるようなことも想像できなかった。
木でできた玩具の武器屋の前で、阿苑にどれが良い? と聞いた藍忘機は、そのまま魏無羨にも同じ言葉を投げかけた。
「お前はどれが良い?」
「ん? 俺に聞いてるのか?」
「そうだ」
様々な長さと木材で作られた剣や刀が並ぶ屋台の前で、魏無羨はその玩具の剣と藍忘機を交互に見てしまった。
「阿苑に買ってくれればそれでいいよ」
「お前も選べ」
「なんで……?」
頑なに選べと迫ってくる藍忘機に、どうしたものかと思わず阿苑を見てしまう。すると、阿苑はどれにしようかと木の剣や刀をいくつも手にとって振り回す仕草をしてみようとしてみたりと、随分熱心に選んでいるところだった。
「お~? 阿苑も大きくなったら立派な仙師になりそうだな」
阿苑の頭を撫でると、刀を手にした阿苑は随分と得意げだ。
「あー……、わかった。剣なら二人で戦ったりして遊ぶんだし、もう一本必要ってことか。そうだろ、藍湛」
魏無羨が聞くと、藍忘機はそうだとも違うとも答えなかったが、剣を選ぶ気になった魏無羨に満足したらしい。阿苑とこれが良いか、あれが良いかと散々悩んだ挙句選んだ二本は、悩んだ割にはただの木でできた剣と刀でしかなかった。玩具でも剣を持ったのは久しぶりで、何だか不思議な気分だ。
草編みの蝶、竹とんぼ、それに木でできた剣と刀。両手で持ちきれないほどの玩具を抱えた阿苑は満面の笑みを浮かべている。その姿を眺める藍湛の表情も、阿苑に泣かれて困惑している姿だったことを考えれば随分と穏やかに見える。
(もう少し、藍湛のそんな顔を見ていられたらいいのに)
玩具を買ってもらったことで阿苑は藍忘機のことが大好きになってしまったらしい。藍忘機の元へと駆け寄ると太ももを掴んで離さない。
久しぶりに再会した友とのひと時をもう少し三人で過ごしたいと思った。
「夜狩なんて行くな。一緒に飯でも食おう」
藍忘機を気に入ってくれた阿苑に感謝しながら、魏無羨は藍忘機を食事に誘ったのだった。