【冬瑞】キミの優しい目をもらえることがいつか日常になってくれるのなら「っ……! 冬弥くん、おはよう!」
教室に入って真っ先に目に入った顔に、思わず浮かんだ動揺を隠して努めて明るく挨拶をすると、件の相手である冬弥くんは「おはよう、暁山」と普段通りの優しい声で返事をしつつ「もう2限目が終わったところだが」と言葉が続く。
あはは、と笑って誤魔化すそれは、痛いところを突かれたなぁの意として捉えてもらえているだろうか。
きっと冬弥くんのことだからすっごく大事な予定が~とか体調不良で~とかでもない限り今日もきっと教室にいるだろうなとは思ってたけど。
名簿順ってそう考えるとかなりトラップだ。いや、トラップっていうか、別にそんなこと考えたことないけど今のボクからしたらトラップだ。トラップだった。だって教室に入って真っ先に目に入るのは名字あ行の青柳さんちの冬弥くんなわけだから。
だからといってわざわざ教室の後ろから入るのもなあ、というのは誰に対しての言い訳なんだろう。
――ていうか冬弥くん、いつも通りすぎない?
ボクはこんな感じなのに。というのは文句なわけじゃないけどちょっとした文句だ。文句なんじゃん。あーもうこんなことばっかり考えててボクってしょうもなさすぎない? ボクってこんなキャラだっけ? 違うでしょ。違うよね?
いつも通りの冬弥くんのことを、ちょっと不満を込めてうっすら睨んでみたり…………とかできるわけないよね。いつもかっこいいなと思ってたけど今日ばっかりは三割増しかそれよりもっとかっこよく見えちゃうな。多分実際かっこいいんだろうな。いやいやほんとにボクってこんなキャラじゃないじゃんこのテンションはダサすぎる。平常心じゃないことを自分でもわかってる。
「……あの、さぁ、冬弥くん……?」
「うん?」
何か適当な話題を、と思ってさっきの授業の教科書をおもむろに取り出してみる。今日ってどこまで進んだの? とかそういうことを。
椅子を動かして身体ごと振り向いた暁山瑞希の前の席の青柳冬弥くんが、ボクの開いた教科書をぱらりとめくって、おそらく今日の授業で進んだところのページを開く。
「……ちょうど、このページのここまでだな」
「ん……そっかぁ、ありがとー……」
ほんとは話題なんてどうでもよかったんだ。お礼を言いつつ、ちら、と教科書を見てるフリして冬弥くんに視線を――
「……うん?」
――ばち、と視線がかち合って、それを反射的にそらせなくて代わりにどっと心臓が大きく鳴った。気がした。
ちょっと笑った顔。なんか知らないけど優しい目だった。――冬弥くんいつも通りすぎないって思ったけど全然そんなことなかったね。
動揺なんかしてないフリをして、ちょいちょい、と手だけで冬弥くんに耳を貸してもらう。
「…………あのさ、今日、お昼一緒に食べれる?」
耳元で囁くように問いかけると、耳を離した冬弥くんがにこりと笑いながら今度はボクの耳に口を寄せた。
「ああ、勿論」
場所はどこがいい? と続けて聞いてくれる冬弥くんに、昼休みまでに考えとくねと返して一旦そこで会話は終わり。
――冬弥くん、いつも通りすぎないって思ったけど全然そんなことなかったね。
だって冬弥くんのそんなやわやわであまあまな目を初めて見た。
冬弥くんって実は結構顔に出るタイプだったりする? いや実はボクももしかしたら今すっごい顔に出てるのかもしれないけどさ。顔とかなんかわかんないけどめちゃくちゃ熱いし。キャラじゃないよなって思うよ、こんな自分のこと。
なんかアレだね。好きな人と付き合うってこういう感じなんだね。いやちょっと一般的なあれそれは全然わかんないんだけどさ。
平穏な学校生活にはほど遠いなあって心の底から思う。平穏とは呼べない出来事、既に今までの学校生活で何個か思いつくけどこれもそこに加えていいかな。これはプラスの方のやつだけど、少なくとも冬弥くんの前でこんなにドキドキしてたら平穏にも平和にも平常心にも程遠い。
これが日常だって思える日っていつか来るんだろうか。
……来たらいいなぁ、って、ボクがそうやって願うことを冬弥くんが許してくれるなら、ホントはずっと、そう思ってるよ。