願い事、ひとつ摘んだばかりの花をピアニーに差し出す。
しかし彼女は眉を下げ、悲しげな表情で花を見下ろしてはリーフに視線を向けた。
「本当にいいの?もしかしたら、誰か他に良い方法を知ってる人が居るかもしれないわ…。」
「誰にも解らなそうだから、この方法を取ったんだよ?」
「でもでも…!この方法を使えば、彼は貴方への想いの全てを無くすわ。そんなの、貴方が可哀想すぎる…!」
悪夢を晴らす花は文字通り悪夢を取り払ってくれる。
しかしただ悪夢を払うのではない。
花の雫を抽出し、そこに救いを望む相手(この場合はリーフ)の正の感情を込めて初めて効力が出る。
そして呪いを解く代償に対象は救いを込めた相手への強い感情を失う。
雫に込められた想いだけで呪いを剥がすのは難しい為、同じ感情を対象からも取り上げるのだ。
この花による解呪が難解なのはその為である。
呪いを受けた者と解きたい者が想いあっていなければ正の感情が足らず、解呪が成功に至らないのだ。
相手を想う強い正の感情が呪いを包み引き剥がし、そしてその感情諸とも消滅する形で対象を解放する。
呪いが解けた後、対象はこれまで抱いていた最も強い感情を失う。
人が持つ最も強く呪いに打ち勝てる感情は“愛情”だ。
相手を想い愛し、相手の為に己の身を厭わず救いたい、守りたいと奮い立たせ、時に傷付き傷付けながらも温かな気持ちにさせる、幸福の部分。
だからこそ、強力な呪いで心身へダメージを残さない為にも、解呪後の対象は相手を愛した記憶も感情も失う事になる。
それがどれ程辛いことだろうか。
相手は自分を好いてくれた事も想いを通じ遭わせた事も、その後の幸せな日々も何もかもを忘れてしまうのだ。
それでも
「…いいんだ。アレスが助かるなら、どうってことない。元々奇跡みたいな事だったんだ…一度でも幸せな夢をみれたと思えば、僕は大丈夫。」
リーフは目蓋を伏せ、在りし日を思い出す。
叶う見込みのない恋だったのだ。奇跡が起きて一時でも幸せな日々を過ごせた。
自分はその幸せな記憶を持っている。
それだけで、十分だ。
「さぁピアニーさん、お願い。」
納得出来ないと訴える彼女に精一杯の笑顔を向け、リーフは彼女の震える手に、そっと悪夢の花をのせた。