唯一の止まり木広い宇宙、一隻の美しい飾りが施された宇宙船が揺蕩っている。
「次は何処へ行きましょうか⋯」
「プライスレス」号の主人であるアルジェンティはバゲットを食べながら悩んでいた。
すると突然どこからか爆発音が聞こえ船が大きく揺れる。アルジェンティは迷わず少しパンくずの付いたランスを片手に爆心地へと向かった。
「このような訪問をするのは誰ですか!」
爆発音が聞こえてきたのは入り口だった。美しく船を装飾していた飾りがパラパラと壊れ落ちたがベース部分は壊れていないようだ。アルジェンティは警戒したまま煙の向こうを鋭い目で見ていた。煙が少しずつ晴れ、犯人が見えてくる。
「⋯⋯ブートヒルさん?」
「よぉ、いい夜だな。ちょうどいい所にアンタの船があったから乗らせてもらったぜ」
「今度からこのような方法で入らないでください!」
「ちょっとしたサプライズだ、そう怒るんじゃねぇよ。アンタのキレーな顔が台無しだぜ。
それにオレがこの邪魔くせぇ飾りを壊したおかげで掃除の手間が省けただろ?」
ブートヒルは何事もなかったようにズカズカと奥へ歩いて行った。そんな彼を咎めたくて口を開く前に、彼が振り返り1つ質問を投げかけた。
「なぁ、アンタのベッドの近くにコンセントはあるか?」
ブートヒルはアルジェンティの寝室に入るなり慣れた手つきで背中に充電ケーブルを挿した。そして帽子をサイドチェストに置き、ベッドに寝転ぶ。
「オレはアンタと寝る、その間に変なことすんじゃねぇぞ」
「⋯⋯ブートヒルさん」
「あ?」
「貴方、睡眠をとるんですね」
「何言ってんだ、当たり前だろ?
⋯ああ、そうだったな。確かにオレはサイボーグだが、ここにはまだ『人間』の脳が入ってんだ」
ここ、という言葉と同時に指先が帽子をとった頭を指さす。
「オレは毎日寝る必要がねぇ、充電中必ず寝るわけでもねぇ、だが流石にたまは寝ねぇとオレの脳チップだけで処理しきれなくて調子が悪くなるんだ。
当たり前だが寝てる間オレは無防備だ。だからオレは誰かと寝るんだ。前に星穹列車で寝た時、開拓者に腕を外されてからそこで寝るのは面倒だと思ってな。まあ、丹恒の部屋で寝りゃ問題ないんだが」
「では、なぜ僕の所へ⋯」
ベッドで横になり見上げていたブートヒルは、突然ニヤリと笑い、四つん這いでアルジェンティの方へと寄ってきた。手招きをされ近づくと鉄の手がアルジェンティの顎を掴み強制的に視線を合わせられる。
「オレはアンタを信用してんだ、失望させんなよ」
そんなことを言われてから1時間、アルジェンティは何も出来ずただただブートヒルを眺めていた。彼の口から聞いた「信用している」という言葉に舞い上がっているのだろう、眠ろうという気すら湧かない。
「ブートヒルさん⋯」
今の状態を彼はどう表現するだろう?血の気がない、重くて硬い鉄の塊がベッドに沈んでるだけだ、となんとも思っていないように言うだろう。もしそんな風に目の前でそう言われたら直ちに否定することが目に見えている。
所々傷ついた体が白いシーツに包まれ、モノトーンの髪は流れる川のように綺麗に広がり、普段キリッとした顔は赤子のようにあどけない。改めて思う、彼はとても美しい人だ。
無意識に身を乗り出し顔を覗き込みゆっくりと観察する。ふにゃりと下がった眉、戦闘時ギラギラと輝く瞳を覆う目蓋、日焼けを知らない白い肌。視線がゆっくりと頭の先から降りてゆき、弾丸を呑み込む口に目がいってしまう。
「少しだけ触れることをお許しください」
鎧を外した手で前髪をよけ、頬を撫で、唇に触れる。薄い唇は見た目以上に柔らかく程よい弾力を指先に返してくる。好奇心で指を唇に差し込むと鋭い歯が見えた。顎を優しく掴み開くと隙間からてらてらと濡れた舌が見える。その姿に見惚れていると潤滑油だろうか、少し粘度のある液体が舌を伝って唇の端からこぼれ落ちシーツに吸い込まれた。心臓がドクリと跳ね頭の中に声が響く。
━━━もっと彼に触れたい。
吸い寄せられるように覆いかぶさり、唇が重なる⋯⋯前にハッとする。僕は何をしているのでしょう?こんな事をするなんて美しくない!彼は僕を信用して眠っているのに僕は彼になんという事を!
サッと身を起こし距離をとる、これ以上近くにいれば己が「純美」の騎士としてふさわしくない振る舞いをしてしまう。そう思いアルジェンティは寝室を去った。
「ここに居たのか」
「おはようございます、起きたのですね」
挨拶をされたにも関わらずブートヒルは静かにアルジェンティをジッと見つめるだけだった。
「どうかされましたか?」
「アンタ、昨日寝れたのか?」
腕がアルジェンティの顔へと伸びてゆき、薄らと現れたクマをなぞるように指先で撫でた。
「⋯悪かったな」
「どういう意「オレのせいで眠れなかったんだろ」っ」
「オレがあんなことを言ったから責任感の強いアンタはオヒメサマを守る騎士みてぇに気を張っていたんだろ。
安心しろ、もうアンタには迷惑をかけ「違います!」
ブートヒルの声に被さるように大声でアルジェンティ叫び、顔から離れていきそうになった腕を離さないように力強く掴んだ。
「あれが迷惑なんて思っていません、僕は貴方に頼られるのが非常に嬉しく思います。
なのでどうか、貴方に頼られる機会を奪わないでください⋯」
みるみる声が小さくなっていき眉も悲しげに下げられる。そんな表情を見てついブートヒルは笑ってしまった。
「ふっ、アンタもそんな顔するんだな」
掴まれていないもう片方の手でアルジェンティの髪をぐしゃぐしゃと撫でた。それに気を取られ腕を掴んだ手が緩むのを見逃さずブートヒルは腕を引いた。そしてくるりと背を向け手を振りながら出入口の方へ歩いて行く。
「じゃあな」
「⋯ええ、いつかまた巡り会えたら」
「⋯⋯また寝にくる」
小さくブートヒルの口からこぼれた言葉をアルジェンティが理解する前にブートヒルの背後で自動扉が閉まった。
その後自分の体、というより髪や着ていた服から薔薇の香りがすることに気づき無意識に笑みがこぼれてしまったブートヒルがいたとかいなかったとか⋯⋯