【教令院七不思議】『精肉室』妙論派と騒音は切っても切れない関係なんだ。
だって創造には破壊が伴い、破壊には騒音が伴う。そういうものだろう?
他学派に比べて音が響きやすい金属類や工業資材を多用する妙論派で、”だんまり”を貫くのがどれ程大変なものか!
失礼、話が逸れたね。だからこそ、妙論派の研究室からどんな騒音が聞こえようと基本的に気にする人は居ない。ああ、またあの学派か、って目で扉を見られるだけなんだ。
でもね、妙論派の課題提出日の前日──正確には当日の午前二時。とある研究室からこんな騒音が聞こえることがある。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
おかしな音だろう?最初は何だろうってみんな思うんだ。聞きなれない音だから。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
まるで金属の間に布を挟んで摩擦しているような……とにかく、耳障りな音なんだよ。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
三度ほど聞いて、見識のあるスメール人ははっとするんだ。
酒場の精肉機で肉を挽く時の音に似ているって。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
流石に何かおかしいぞ、と思って扉の前に立つ。すると、
急に、強い力で下に引きずり降ろされる。
見れば扉の下、数センチの隙間に自分の学生服の裾が引き込まれているんだ。
まるで、何かに挟まれて、そのまま巻き込まれてしまったかのように。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
這いつくばってもがいても、磨かれた床は助けにならない。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
どんなに叫んで助けを求めても、誰も来ない。
”妙論派に騒音は付きものだから”。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
服を破ろうとしても、格式ある教令院の学生服が簡単に裂けるような粗雑な質のわけがない。
「ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ、ギュリッ」
課題提出日の朝。もし当日登壇すべき学生が消え、何処かの研究室の扉が血塗れになっていたら……
『精肉室』に造り替えられてしまったのかもしれない。
……なんてね。
大方、学生が塗料を扉にかけてしまって誤魔化す為の言い訳に考えた作り話だろうけど、実際に研究室で事故が起こってしまった実例はある。残念ながら。
だからこそ学者たちは口を酸っぱくして言うんだ。
「モーター駆動する機器を使用する際は髪を縛り、装飾品を取り、服を着替えること」ってね。