天秤を傾けたのは、小さなライター寂雷がそれに気づいたのは、自分では使わない灰皿を片付けてしまおうとした時だった。
古くも質の良いジッポライターが、柔らかな銀色の光を湛え、陶器の灰皿の横で静かにその存在を主張している。
(今度は、ライターか)
左馬刻は寂雷の家に来ると、何か一つ忘れ物をしていく。その度寂雷が「忘れ物だよ」と連絡を入れ次に会う日を決める。――お互いに、何も気付かないふりをして。
ちょっとした好奇心で寂雷がライターを手に取ると案外重みがあり、手に吸い付くように馴染んだ。よく手入れされた愛用品だということは一目瞭然で、普通なら忘れるようなものではない。
(彼も、そろそろ痺れを切らしてしまったのかもしれないな)
一つ息を吐いた寂雷は携帯端末を手に取り、メッセージを送った。
『ライター、忘れていたよ。
もし空いていたら、一四日に会えるかい』
仕事鞄の中に隠していた小さな包みを取り出し、返事が来るのを待つ。つい買ってしまったが、一五日に自分で食べてしまおうと思っていたチョコレート。これを渡したら、左馬刻はどんな表情をするのだろうかとぼんやり考えていたら、端末の画面が光った。
『空いてる。
こっちに来るなら、甘いもんに合うコーヒー、淹れるぜ』
どくどくと動き出した心臓を宥めながら了承の返事をする。心地よい距離を手放して手に入るのが良いものだけとは限らない。それでも、この瞬間は、幸せな期待の方が上回ってしまった。
ライターと小さな包みを大事にしまって、今度こそ灰皿を片付けようと手に取る。その内、いちいち片付ける必要も無くなるかもしれないな、と思いながら流し台に向かった寂雷の頬が赤らんでいることは、本人すらも、気づかなかった。