熊なんか恐くない 同僚の池照と付き合い始めて半年経つが、未だキス止まりだ。糊のきいたシャツの裾に手を差し入れ、指を滑らせてもいない。ABCでいうところのAの段階で、長らく足踏みしている。今時中学生でももう少し進んでいそうなものだが、深く口づけた際俺の舌の動きに必死で応えようとする池照の愛らしさに、いつだって軽い懸念は霧消した。
今晩、池照を俺の家に泊めて映画鑑賞することになっている。学生時代から友人の家に泊まった経験のない池照は、訪問前から今日のいわゆるお泊まりデートを楽しみにしてくれていた。これ幸いと、何も知らない恋人に無理矢理手を出すつもりはない。俺達は俺達の速度で、ゆっくりと進めていけば良いのだ。
「お邪魔します」と礼儀正しく挨拶する池照を迎え入れ、リビングに通す。酒を飲めぬ池照のために烏龍茶を注いだグラスを並べ、慣れた手つきでDVDをセットする。体大同期の兎原や先輩の裏道さんなら、退屈を極めるB級映画を観せたって平気だ。しかし、恋人同士の親密な時間を過ごすにはそぐわない。なるべく途中で眠られたくないしな。ここは無難に、ファミリー向けの話題作を選んでおいた。
2815