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    norico_nnn

    センチメンタルな話が好きです。

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    norico_nnn

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    熊池SS。書いたのはいいけれど、アップする機会を見失っていたもの。誤字脱字衍字を発見した場合、マシュマロ(https://marshmallow-qa.com/norico_nnn)で教えていただけると幸いです。[23.12.31]

    熊なんか恐くない 同僚の池照と付き合い始めて半年経つが、未だキス止まりだ。糊のきいたシャツの裾に手を差し入れ、指を滑らせてもいない。ABCでいうところのAの段階で、長らく足踏みしている。今時中学生でももう少し進んでいそうなものだが、深く口づけた際俺の舌の動きに必死で応えようとする池照の愛らしさに、いつだって軽い懸念は霧消した。
     今晩、池照を俺の家に泊めて映画鑑賞することになっている。学生時代から友人の家に泊まった経験のない池照は、訪問前から今日のいわゆるお泊まりデートを楽しみにしてくれていた。これ幸いと、何も知らない恋人に無理矢理手を出すつもりはない。俺達は俺達の速度で、ゆっくりと進めていけば良いのだ。
    「お邪魔します」と礼儀正しく挨拶する池照を迎え入れ、リビングに通す。酒を飲めぬ池照のために烏龍茶を注いだグラスを並べ、慣れた手つきでDVDをセットする。体大同期の兎原や先輩の裏道さんなら、退屈を極めるB級映画を観せたって平気だ。しかし、恋人同士の親密な時間を過ごすにはそぐわない。なるべく途中で眠られたくないしな。ここは無難に、ファミリー向けの話題作を選んでおいた。
     一通りセッティングを済ませ、ようやく腰を落ち着ける。レンタルした映画の冒頭は、鑑賞者の視聴意欲を刺激するために構成された、最新作の情報ばかりだ。本編を急く心に、観る気も起きぬ予告映像はつまらない。早送りするか。おざなりに片手を伸ばし、テーブルに置きっぱなしのリモコンを無造作に握った。
     淡々と十秒飛ばしを繰り返していたら、何やら熱烈な視線を感じた。隣で膝を抱える池照が、飽かず俺を見つめているのだ。テレビ画面をおさめる視界の端にちらついてやまぬ、形の良い唇の微動する、物言いたげな様子が気にかかる。

    「何、池照」
    「熊谷さん。俺を襲ってください」

     何度もボタンを押す、単調な動きが止まった。ついでに停止しかける思考を強引に回転させ、左隣を振り向く。聞き違いだろうか。驚くべき爆弾発言を投下した張本人は長い脚を抱え込んだまま、おにぎりを思い浮かべる時の如くきょとんとしている。まるで自分が発した言葉の意味を分かっていない。このいたいけな無防備さで襲え、とは。俺はこいつを、俺自身からも保護したいくらいなのに。
     凝る眉間を揉み、短く息を吐き出す。こんな危なっかしい性質で、俺と出会う前のこいつがよく無事でいられたものだ。俺以外の男であれば二秒とはもたぬ発言を、咎めはしないが質しておく。

    「……誰に吹き込まれた?」
    「兎原さんに熊谷さんとの進展を話したら、教えてくれました」

     俺と池照の交際を、番組メンバーは知っている。当初は黙っているつもりだったが、俺と違って秘密を隠し通せそうにない池照を見かね、開き直って一同に報告した。“池照を保護する会”でも集合した部屋で交際事実を聞かされた彼らは、さして驚きもしなかった。何かにつけ池照の世話を焼いていた俺が、保護者から恋人になるのもさもありなんといった風情だったのだ。
     メンバーは俺達の関係にノータッチで、以前と変わらぬやり取りを続けていた。付き合っているからといって変に気を回されるのも嫌だし、年長組の大人の対応が有り難い。やや特殊な職業とはいえ、今時職場恋愛は珍しくもないしな。
     そんな完璧に凪いだ状態の中、わざわざ首を突っ込みたがるのが兎原だ。あからさまに好奇心を露にし、断固とした態度で黙秘を貫く俺でなく、お人好しで隙だらけの池照を狙った。興味本位で質問した兎原へ律儀に答えたところ、『熊谷はこう言えば喜ぶよ』と先ほどの台詞を教示されたらしい。あいつ、次会った時に絶対締める。
     床に手をつき、そろりと間合いを詰める。身長差があるため軽く見上げるのが常だが、こうして隣同士に座ると意図せずして目線が近い。時々、付き合っているはずなのに意識されていないのではないかと訝しんでしまうこともある。保護者と被保護者の感覚が抜け切らないのか、二人きりでいても恋人らしい空気感を作り出すのはなかなかに難しかった。
     容易にキスを仕掛けられるほどの至近距離まで近寄れば、白磁の頬に微かな紅潮を認めて気分が高揚する。よしよし。こいつにもちゃんと、恋人同士の自覚はあるんだな。やや前屈みの姿勢によって丸みを帯びる背中に手を添え、努めて穏やかに覗き込んだ。

    「お前は、俺に襲ってほしい?」

     心許なさそうに、抱える腕がますます膝に強く回される。断じて俺を拒絶している訳ではない。頑なな両腕は、未知の行為への不安の現れだ。ようやく、発言内容の意味も了解したらしい。池照は顔の下半分を交差させた腕に埋め、消え入りそうな声音で呟いた。

    「今はまだ心の準備が出来ていませんけど、いつかは……」
    「じゃあ、ちょっとだけ襲っていいか?」

     数瞬考えた後、おずおずといった頷きと共に腕を解く。優しく上体を押せば、眼前に晒される清らかな首筋。純白のなめらかさは大層魅惑的だが、今宵の目当てはそこではない。
     緩く開いたシャツの襟元をずらし、露出させた肌に唇を近づける。服を着れば隠れる場所に強く吸いつき、小さな痕を一つ付けた。「んっ」と鬱血の痛みに耐える声は、微かに色づいている。理性の崩壊を喚起する恋人の喘ぎに、興奮はする。でも約束通り、胸元への刻印以外は不要に身体を暴かない。ちょっとだけの範囲内で進められるのは、本当に少しずつだ。こうした行為の積み重ねの連続で、将来必ず池照を抱く。布石の打ち始めの今は、これで満足だった。

    「はい、終わり」

     些かの名残惜しさに、離れ際に刻みつけた痕を親指の腹で撫でる。これは、俺だけに無条件で許されたしるし。いつかちゃんと襲う日までの、遠い約束の証。俺の欲望の色を多分に孕んだ赤は、池照の清純な白さによく映えた。目元に落とされた黒子同様、雪白の肌を美しく際立たせる。

    「今度兎原に訊かれたら、襲われたって言っといて」

     胸元に残された痕に触れ、わぁ、と小さく感嘆する池照。彼は過去の女性との性的経験で、一度もキスマークをつけたことがなかったし、その逆もない。つまり俺はこいつの肌に所有印を刻み込んだ、初めての男なのだ。俺が池照の、初めて。なんて素晴らしい響きだろう。真顔の下でほくそえむ俺に、池照は純然たる本物の笑顔を送る。

    「熊谷さんは優しいですよね。熊谷さんが狼なら俺、ちっとも恐くないです」

     無心の信頼を寄せてくれる池照の言葉に、淡い邪念もたちまち浄化されてゆく。こいつに手出ししようなんて思うのが、大きな間違いだと思わされる。そもそもこうして付き合えていること自体、奇跡のようなものだ。独占欲まみれの痕をつけるのに成功しても、狼になる日は遠い。俺は狼にはならないのか、なれないのか。それはこいつの信じる神と、恋人の俺のみぞ知るところだった。


    (了)

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    norico_nnn

    PAST熊池SS。書いたのはいいけれど、アップする機会を見失っていたもの。誤字脱字衍字を発見した場合、マシュマロ(https://marshmallow-qa.com/norico_nnn)で教えていただけると幸いです。[23.12.31]
    熊なんか恐くない 同僚の池照と付き合い始めて半年経つが、未だキス止まりだ。糊のきいたシャツの裾に手を差し入れ、指を滑らせてもいない。ABCでいうところのAの段階で、長らく足踏みしている。今時中学生でももう少し進んでいそうなものだが、深く口づけた際俺の舌の動きに必死で応えようとする池照の愛らしさに、いつだって軽い懸念は霧消した。
     今晩、池照を俺の家に泊めて映画鑑賞することになっている。学生時代から友人の家に泊まった経験のない池照は、訪問前から今日のいわゆるお泊まりデートを楽しみにしてくれていた。これ幸いと、何も知らない恋人に無理矢理手を出すつもりはない。俺達は俺達の速度で、ゆっくりと進めていけば良いのだ。
    「お邪魔します」と礼儀正しく挨拶する池照を迎え入れ、リビングに通す。酒を飲めぬ池照のために烏龍茶を注いだグラスを並べ、慣れた手つきでDVDをセットする。体大同期の兎原や先輩の裏道さんなら、退屈を極めるB級映画を観せたって平気だ。しかし、恋人同士の親密な時間を過ごすにはそぐわない。なるべく途中で眠られたくないしな。ここは無難に、ファミリー向けの話題作を選んでおいた。
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