裏垢持ってる加州清光の話 主は一人だけど刀剣男士はたくさんいる。
その中で主に選ばれる一振りになれるなんて奇跡に近いんだってわかっていた。だって俺は名刀でも、すごい逸話を持つ刀でもない。見目だって俺よりずっとかわいいやつもカッコいいやつもいる。そんなことはわかってた。だけどさ、やっぱほんとに同じ本丸の誰かが主に選ばれるのを見ちゃうってのは辛くない?
主に恋刀ができた。
もちろんそれは俺じゃないやつで、でもそいつのお陰で主は見たことないくらい幸せな顔で笑ってる。
泣きたい。よかったねって言ってやりたい。なんで俺じゃないのって縋って、困らせたい。幸せになりなって伝えたい。
ぐちゃぐちゃの心のまま部屋に戻る。一人部屋。電気もつける気なんて起きない。
ネットの世界は良い。いつどんな時間に入っても誰かがいてくれるし、文字だけれど声をかければ返事がもらえる。俺がいることを許容してくれる世界。
薄暗い部屋に一人でいることが絶え難く配信画面を開く。
暗闇の中に浮かび上がる画面。
俺だけを照らし出す灯は背景をいい感じに黒くしてくれる。特になにを話すかもなにをするかも考えてなくて、誰かリスナーさんがいたらしてほしいことある?って聞いてみよう。
配信開始ボタンを押せば始まる配信。
暗闇に浮かび上がる俺の姿だけが映る。いつ誰が入ってくるかもしれないから画面に向かって髪を直してみたり、イヤリングをいじってみたり。
「あれ?」
普段なら配信開始をすればまあ1分もしないうちに誰かが気づいて入ってきてくれるのに今日は入ってきてくれなかった。
「なんでだよ。」
ついついた悪態にハッとしつつ。まあどうせ誰も見てないし、といつもより油断した顔をしてぼんやりと画面を見ているとぽんと通知がついて誰かが入ってきた。
それにパッと笑顔になりカメラに向かって手を振ってやる。
だけど一向にメッセージは帰ってこず首を傾げる。
「おーい。見えてる?聞こえてる?」
画面の向こうにいるはずの誰かに声をかける。そこまですれば大抵のリスナーさんはメッセージなりスタンプなり何かしらリアクションを返してくれるんだけど何故か一向に反応は帰ってこなかった。
そこでちょっとカチカチっと画面を操作してリスナーさんを表示して目を見開いた。
「あ、あんたっていつもの。」
見覚えのあるアイコンだ。よく見にきてくれるリスナーさんの一人。
「ねえ、二人っきりでもやっぱ反応返してくんないんだね。」
だけれど、このアイコンの人はいつも決まった額のスパチャをしてくれるけどメッセージを一切入力してくれないのだ。俺の中ではお金だけをくれて消える謎の人物となって認識されていた。だってそこそこの額入れてくれるから目立つところに表示されるのに、応援メッセージもなにもくれない人なんてそういない。しかもそれが毎回だなんて。
でも今はふたりきり。もしかしたらなにか反応をしてもらうチャンスかもしれない。だからあえてちょっと寂しげな顔をしてカメラを覗き込む。相手が画面を見ていたら目が合うように。
「ふーん。これでもダメかぁ。あんたってだいぶ恥ずかしがり屋?それともメッセージのやり取り苦手だったりする?」
だけどいつも通り反応は返ってこない。ただ見ているんだとわかる、いやつけてるだけで画面の前にいてくれてない可能性はゼロじゃないけど、アイコンだけがこの人の存在を示していた。
リスナーからの反応がないのではやりにくい。一人で喋るのも良いけど正直今はそんな気分じゃない。
それになぜか今日はこんなに時間が経ってもこの人以外誰も入ってこない。
「……んー、どうしよっか。今日。あんたしかいないみたいだし。」
そういうとぽこんとスパチャの表示。またいつものように投げてくれたのだ。それにハッとする。
「あ、待って。まだ配信終わりにしないから。ちょっと切らないで。」
この人はいつも終わりを知らせるとスパチャを投げてくれるのだ。メッセージなどなに一つつけないで。
きっとさっきの俺の言葉で終わりだと思わせてしまったんだと慌てて言葉を続ける。そして本当はいけないことだけど、俺はその人のアイコンからその人のホームに飛ぶとDM画面を開いた。
急いでメッセージを書き込んで送信ボタン。きっとすぐに相手に届くだろう。
「ねえ、いま送ったの届いてる?開いて?今すぐ。」
画面の向こうにそう話しかける。
それから数秒。ピコンといいねの通知がついた。
「ありがと、じゃあ。また。」
それだけ伝えて配信を止める。
まさか一人だけしか来てくれないとか、全くこんな日についてないと思う。でも今まで反応を返してくれなかったリスナーさんからのたった一つの反応になぜか心が浮足立つ。おかしいな。俺にはたくさんのファンがいて、愛されて、満たされて。満足していたはずなのに。なんでかたまたまこんな最悪の気分の日に、いつも通りに来てくれたあの人のことが気になってしまった。
再びピコンと通知音。それに飛びつくように画面を立ち上げると、メッセージがひとつ。
『これでいいですか?』
先ほどとは違うアプリだ。
これは俺の個人的な通話アプリ。そちらへ先ほどと同じアイコンの人からメッセージが送られてきていた。
『ビデオ通話、してもいい?』
『声、聞きたい。』
『あ、変な意味じゃなくて』
『その、文字だと、さみしくて』
そう連続してメッセージを送る。
薄く頼りない端末を抱きしめて、どうか返事が返ってきますようにと祈る。こんな寂しい夜に一人なんて耐えられない。誰でもいいから俺に付き合ってよ。俺に構って、愛して。
『わかりました。ただ、こっちのカメラはオフでもいいですか?』
『もちろん!俺のことだけ見えてれば配信みたいで安心でしょ?』
返ってきた返事に飛び上がるほど歓喜した。
個人的なやり取り。ふつうならリスナーである相手の方が喜ぶはずなのに、まるで事務的な返事。だけれどなんだかそれが今はとってもあったかく感じた。
俺の方から電話をかけると、ほどなくそれが取られて通話が始まる。
カメラが起動すると、言っていたように写っているのは俺だけでその人はカメラをオフにしていた。
「もしもーし」
思わず配信とは違う感じで声をかけると、おずおずと言った感じで画面の向こうから声がした。
「こんばんは。」
女の子だ。まあ、そうだとは思ってたけど若干安心はした。もし変な親父とかだったらヤバいやつでしょ、流石に。
「ごめんね。びっくりした?」
「……はい、まあ……加州さんてこんな、個人的なこともするんですね。」
「はあっ?ちょっとまってもしかして色んな人にしてると思ってる?」
「違うんですか。」
「違うし。こっち教えたのあんたが初めてだし。」
「…………」
沈黙が痛い。絶対疑われてる。でも本当だ。こんな個人的に会話したりなんて誰ともしたことがない。
「ほんとだって。……まあ証明する方法全然わかんないから、あんたに信じてもらうしかないんだけど。」
ねえ、お願い信じて。
そう念じながらカメラを覗き込む。
するとふっと小さな吐息が聞こえてホッとする。
「ねえ、今笑った?」
その時が笑顔が漏れた音だってわかって嬉しくなる。
「ごめんなさい。だって加州さんあまりにも必死だから。そんな顔初めて見ました。」
くすくすと笑う声がすごく可愛く聞こえる。
「あ、……ってこれじゃ投げられない。」
「え?なに今スパチャ投げようとしたの?」
「…………」
「あはは。いいよ。今日は特別だから。これは俺からあんたへのプレゼント。今日あんたが来てくれてこうやって応えてくれたこと、ほんとうれしいから。」
「…………すっごいリップサービス……だから加州さんのリスナーさんてみんな高額スパチャなんですね。私……いつもごめんなさい。」
喜ばせようと思ったはずが一気に沈んでしまった声に慌てて画面の向こうに手を伸ばしかける。
まって切らないで引かないでお願い。
「だから違うって、ほんと、個人的にお話するのあんたが初めて!」
うそ、って小さな声と溜息。
「嘘じゃない。信じて。ごめん。今俺、舞い上がってて。いつもスパチャしてくれるのになにも返せてないあんたと話せて、舞い上がってる……んだと思う。」
「思う、ってなんですか。」
「……っ」
問い詰められて今度はこっちがひやりとしてしまう。このリスナーさん、いつもスパチャしてくれるけど、そこまで高額じゃない。俺のリスナーさんは高額課金者が多い方だと、思う。課金額に応じて色も表示される時間も違うから額が違うこの人のスパチャは目につくんだ。一回の配信に一回だけ。メッセージもないし終了間際が多いから反応なんてしてあげられない。でも気になってたのはほんとだし、いつかちゃんとこの人にもなにかしてあげたい、なにか返したいって思ってたんだ。
どうやったら伝わるんだろう。どうやったら信じてもらえるんだろう。声しかない相手に。配信でもこんなに考えながら会話したことないのに俺は必死になってる。
「ふふ。ほんといつもの加州さんじゃないみたい。○○の時だってこんなに表情豊かじゃないのに。」
「…………え?」
その言葉に目を見開く。彼女から発せられたのは俺が持つもうひとつのアカウントネームだ。
そう、俺はもうひとつ配信アカウントを持っている。そっちはなんというか、健全な配信をするアカウントで、朝のモーニングルーティンとか新作化粧品の紹介とか、メイク動画とか、たまにリスナーさんのファッションチェックしたりとか、そんないわゆる普通のアカウント。
「ちょっと待って。あんた、あっちの俺とこっちの俺がおんなじ『加州清光』だって、気づいてたの?」
でも別名義でアカウントも違う。確かにそっちにもこの人がスパチャをくれているの、俺は把握してたけれどこの人は色んな配信者に同じようなことをしているだけだって思っていた。
だって『加州清光』の配信なんて、俺だけじゃない。他の本丸の加州清光や別の男士だって配信してる。おんなじ顔、おんなじ声の男士を見分けるなんて審神者にだって簡単なことじゃないのに。まして画面越しの配信で。
そりゃ映り込む背景とか、会話の内容で察することもあるかもしれないけど、俺はそこはすごく気をつけてた。特に『裏』の配信は。普段から背景は映らないように、表の内容は話さないように。
「はい。わかりますよ、そりゃ。」
当然と言わんばかりの返事に頬が熱い。
咄嗟に両手で顔を覆ってカメラから顔を逸らす。
「……どっちの俺も、俺だとわかって見てくれてたって、こと?」
「はい。」
心臓がドクドクする。顔がどうしようもなく熱くて、頭がぐるぐるして考えがまとまらない。
俺を、俺だってちゃんとわかってくれてる人がいた。
表の俺も、裏の俺も。
主だって知らない俺のこと。全部見て、それでもこうやってちゃんと俺のこと見て話してくれて。そんな人間がいるなんて。しかもこんな最悪な日に出会えたなんて。
目頭が熱くなってしまって思わずカメラの画角から自分を外す。
「ごめん、ちょっと今見せらんない顔してる。」
すると耳元からクスクスとかわいらしい笑い声がして続いて、「加州さん、かわいいです」という言葉。
その言葉がうれしくて悔しい。
なにか伝えたいのに言葉が詰まって出てこない。配信者なのに、俺。いくら私的な通話だって言ったって情けない。うれしい。
少しだけ時間をもらって心を落ち着かせる。目元は少し赤いかもしれない。でもこの人になら見られてもいいかな。
「……気づいてくれて、ありがとね。でもそれはあんたの心の中に仕舞っておいて?お願い。」
顔の前で両手を合わせてそうお願いする。あんた一人が気づいてくれてればいいよ。そう思った。どっちのアカウントにも面倒なファンっているし、あまり大っぴらにはしたくないんだ。
「わかりました。誰にも言いません。というか私がそういう配信見てるなんて誰に言うっていうんですか?」
「はは。あんたっておもしろいね。信じるね。あんたはそう言うこと言いふらす子じゃないって。」
ネットとかそっちでもって話なんだけど、そんな気配が全くなくて拍子抜けしてしまう。もしかしてこの子ほとんど交流しない子なのかも。
でもいちおう釘だけは刺すと、画面の向こうで「はい」と元気な声が聞こえた。ちょっと会話しただけではほんとピュアで素直そうな子に感じるのになんで俺の裏垢まで見てくれてんだろう。それは少し不思議。でもお陰でこうやって話せて出会えたからまあいいや。それに俺の裏も表も全部知ってくれてるならちょっと意地悪?それとも良いこと?しても良いよね。許されるよね。
俺、もっとこの子の色んな声聞きたくなっちゃったんだから。
この寂しいを埋めてほしい。ほんとはちゃんと会って顔見て、話して、触れ合いたいなって思った。
今、この本丸のどっかの部屋で恋刀と触れ合ってる主みたいに。二人きりで。
でもできないから。せめて画面越しで教えてほしい。俺のこと見てるって、好きって思ってくれてるってわからせて。
「ねえ、せっかくだからあんたのお願いごと聞きたいな。前から気になってたんだよね。スパチャのお礼。あんたにはできてないなって。」
「お礼?ですか?」
戸惑うような声。
「そ。俺にしてほしいことある?それとも見たいとことか。」
「そんな……全然……お礼とかは。加州さんの姿、声、見れるだけでうれしいから。」
「……ッ……は?なにそれ。告白?」
「!?!?っちがっ」
「あはは。」
今日何度目だろうこんな気持ち。きっと相手は無意識に発してる言葉。なのに心がくすぐったい。また頬が熱い。
「じゃあさ、どっか俺の身体の部位で好きなとこある?」
なかなかしてほしいことが出てこない彼女のそう聞いてみる。
配信中のコメントにはかわいいとか、かっこいいとか、もっと見せてーなんてコメントがつくこともあるから、そういうとこを見せてあげるのもお礼になるかなって思うんだよね。
「どこでもいいよ?もちろんこっちの方でも」
揶揄うようにそう言ってカメラを下に向けて下腹部を映し出す。
「ッッちょ、いきなりっ……」
慌てた彼女がおもしろい。なに?普段そういうの見にきてるくせに。
「あはは。教えてくんないならあんたの好きなとこ勝手にここだと思っちゃおうかなぁ……」
「待って、まって!待ってください言うから。」
慌てふためく彼女が面白い。
ほんとあんたにならどこ見せてもいいよ。だって今日という最悪な日に俺のこと気にしててくれた。気づいてくれた。こうやって反応してくれた。それがすっごくうれしいから。いつものスパチャの、ううん、高額スパチャしてくれる子たちの何倍も感謝してる。
「じゃあ、あの……」
「ん。どこ?」
「くび、すじ、で。」
「えー、そんなんでいいの首筋って。」
もっと際どいとこ指定してくれても良いのに、二人きりなんだから。なのにそんないつでも映るようなとこだなんてほんと笑っちゃう。でも本人のご希望だからね。
「オッケー。じゃあちゃんと見て?俺のこと。」
その願いを叶えるべくカメラの位置を調整してなるべく近づける。耳のラインもイヤリングも、首筋も、ちゃんと見て。抱きしめてやる時みたいに。本当はその身体を抱き寄せて、首筋に寄せてやりたい。俺はあんたの髪に顔埋めて、その香りを知りたい。
そんなことを考えてたら良いことを思いついた。
「ねえあんたって今スピーカー状態?それともイヤホンとかヘッドフォンしてる?」
「え?今はスピーカーです。」
「じゃあさヘッドホンとかイヤホンにしてよ。」
「はあ、いいですけど。」
そういうと少しだけゴソゴソ音がして、たぶん切り替えてくれたんだなってのがわかる。
「しました。今ワイヤレスイヤフォン。」
「ありがと。ねえ、どうこっちの方が近くで喋ってる感ない?」
「まあ、確かにそうですね。」
俺の言うことちゃんと聞いてくれる子でよかった。だからもうちょっとわがまま言っていい?
「じゃあさ、もう一個、お願い。」
「はい。なんですか?」
「もしだいじょうぶだったら、あんたの首筋、映して?顔じゃないならいいでしょ?ダメ?」
カメラオンのお願い。最初からオフにしたいって言うくらいだからたぶん余程の恥ずかしがり屋か事情があるんだと思う。でも顔は見ないから。ただ少しだけ彼女が本当にいる人間なんだってもっと感じたくなっちゃったんだ。
「ダメ?」
もう一押しとカメラに向かって小首を傾げる。顔の前で両手を合わせる仕草も忘れずに。
すると「はずかしい」という小さな声が聞こえた後、画面が切り替わった。表情のない無機質なイラストからカラフルな画面。
小花柄のパジャマの襟?だろうか。
アップで映された白い首筋。降ろされた髪が微かに首にかかってるのが色っぽい。
「ん、おっけー。あんたのかわいいとこ、ちゃんと映ってる。」
言いながら画面に少しだけ顔を近づけ、カメラに向かってキスしてやる。もちろんリップ音付き。
「ひゃっ。」
すると耳元で小さな悲鳴が上がって、映っていた首筋を手が覆った。
「ふふ、キスされたみたいだった?」
そういうとプチンとカメラがまた真っ暗になってしまい、同時にはぁぁぁっと大きな吐息が吐き出された。
「ダメです。そんなの。心臓、もたない。やっぱカメラはNGです。」
蹲ってしまったのかさっきよりくぐもった声。思わずわらって「残念」と告げる。
ほんの少しだけの時間だったけど、ちゃんといる子だってなんだか安心する。そりゃいるに決まってるんだけど、なんか現実感?って大事じゃん。
真っ暗になってしまったカメラの向こうの彼女のことを想像する。顔を赤くして、顔を覆う姿。かわいくていじめたくなる。
「ねえ、いつも裏垢も見てくれてるってことはさ、あんたも好きなんでしょ?」
「…………なに、を?」
動揺が出ている声。たぶん俺の言いたいことは伝わってる。
「……えっちな配信」
直接的なことばで囁いてやるとこくりと唾を飲む音がした。
「ねえ、今日は俺とあんた、ふたりでシよ?」
「え……?」
俺とあんた以外誰も見ても聞いてもいない通話アプリ。記録だって残らない。だから全部あんたのためにしてあげる。
「あんたはカメラオフでいいよ。声だけ、聞かせて?」
こくりと息を飲む音がする。それからハッと溢れた吐息。
「あんたの声、もっと聞いてたい。」
「ッ……ずるい」
囁くように告げてやると、小さな声で返ってくる。
そうだよ。俺、ずるい男なの。自分のためならどんな奴も演出できる。でもそんな俺も好きでしょ?いつも見てくれてるあんたは。
「俺の姿も声も、今日はあんたのためだから。俺にもちょっとだけご褒美、ちょうだい?」
うぅっと唸る声がする。
もう一押しかな。
「スパチャの代わり、って思ってくれてもいいから。」
そういえば観念したとばかりにふかーいふかーい溜息が聞こえて、
「そう言われたら、断れないじゃないですか……加州さん、ほんと、ずるい……」
「あは。ありがと、大好き。」
加州さん、そう呼んでくれた瞬間に背中をゾワゾワしたものが駆け上がった。名前を呼んでくれたことがこんなにもうれしいなんて。だからカメラをぎゅっとするみたいに近づいて「大好き」って囁いてやったら向こうでたぶん崩れ落ちた音がした。